監禁生活16日目 ドロー
次に目覚めると、橙華さんの姿はなかった。
時間は翌日の昼を過ぎており、どうやら俺は一日以上気を失っていたらしい。
そんな俺の枕元に、橙華さんが書いたと思わしき手紙が一つ。
『マジメンゴ♪ あすみんが可愛い過ぎてイタズラし過ぎちゃった♪ 昨夜のこと、皆にはナイショにしてね♪』
当然、俺は診察に来た葵衣ちゃんに全てを話した。
というか、話さざるを得なかった。
少し前まで体調が安定していたのに、何があったのかとジト目で問い詰められたのだ。
まあ、俺は悪くない。
予想通り、葵衣ちゃんはいつものジト目ながら、鋭い目で橙華さんに電話をしていた。
ご愁傷さまです、橙華さん。
「というわけで、今日はママのターンよ!!」
ご愁傷さまです、俺。
「ねぇ、空澄ちゃん。ママは思うの」
「な、何がですか?」
「空澄ちゃんがここに来てからもう二週間、そろそろキスをしても良い頃じゃない?」
「じゃないです。キスをしても良い頃ってなんですか」
俺は全力で拒否するが、茜音さんはうっとりした表情でずいっと顔を近づけてくる。
ほ、本気なのか……。
「遠慮しなくても良いのよ!! ママも初めてだけど、エッチな動画で沢山勉強したから!!」
「ちょ、ま、絵面が!! 絵面が完璧に犯罪者ですよ!!」
「何を言っているの? もともと監禁してるんだから犯罪よ?」
「言われてみればそうですけどね!!」
もう少しで茜音さんの唇が俺の唇に届きそうになった時、不意に茜音さんのスマホが鳴った。
どうやら会社からの電話らしい。
「あら? ごめんなさいね、空澄ちゃん。……もしもし? 私よ」
茜音さんの顔つきが変わる。
下心丸出しの性欲モンスターではなく、キリッとしたキャリアウーマンのような表情だった。
「……そう。分かったわ。すぐに向かうから、待ってて」
「何かあったんですか?」
「そうなの。会社でトラブルがあったみたいで……。せっかく空澄ちゃんとラブラブキッスができそうだったのに」
「早く会社に行ってください」
「そうしたいけれど、困ったわね。今はうちに誰もいないの。葵衣ちゃんは研究室に籠もってるし……」
お? 脱走のチャンスか? そう思ったのだが。
「話は聞いたよ、茜音姉さん」
「あら? 黄鈴ちゃん?」
扉の前に、いつの間にか黄鈴先輩が優雅に立っていた。
「黄鈴ちゃん、今日はお稽古じゃなかったの?」
「実は劇団員の一人が親が危篤で来られなかったもので。その子がヒロイン役で、主役がいなければ練習もできない、ということでお休みになりまして」
「そうなの……。ならちょうど良かったわ。空澄ちゃんのこと、見ててくれる?」
「ええ、任せてください」
茜音さんが俺と黄鈴先輩を置いて、部屋を出て行く。
先日の看病のこともあり、少し会話に困るなぁ。
まあ、それは置いといて。
俺は単刀直入に言うことにした。
「黄鈴先輩、ですよね。あの手紙を書いたのは」
「ん?」
俺の言葉に対し、黄鈴先輩が首を傾げる。
「俺が紫希ちゃんとお風呂に入っている時、俺のロッカーにあの紙切れを入れたのは」
「……」
黄鈴先輩は何も言わない。
しかし、俺は確信している。
紫希ちゃんは俺と一緒にお風呂に入っていたから白だ。
藍奈ちゃんと葵衣ちゃんは文字を見て違うと分かったし、翠理とは長い付き合いだから筆跡を知っている。
あとは橙華さんと茜音さんだが、手紙から筆跡が違うのが分かった。
つまり、もう消去法でXの正体は一人しかいないのだ。
「……なるほど。その通りだよ、たしかにあの手紙を君のロッカーに入れたのは私だ。そこは正解だよ」
「?」
黄鈴先輩が妙な言い回しをする。
「でも残念。正解と言ってあげたいけど、あれを書いたのは私ではないし、君を外に出したいという提案をしたのも私ではないんだ」
「え?」
「君は、本当に全員の筆跡を見たのかな?」
「……あっ」
いや、待て待て。そんなことって、ある?
でも、え? そういうことか?
「……も、もしかして……Xの正体は、紫希ちゃん?」
「正解。というわけで、そろそろ出てきなさい、紫希」
「はーい!!」
唐突に、紫希ちゃんが俺の部屋に入ってきた。
誰もいないんじゃなかったんかい。
いや、それよりも……。
「ま、まじ……?」
「大マジなの!! 空澄お兄ちゃん、残念!!」
ガクッと、俺は膝をついた。
いや、たしかに紫希ちゃんを初めからXの容疑者として見ていなかったのは俺だが、まさかXが二人いるなんて思わんでしょ!!
く、悔しい。
悔しいが、負けは負けだ。
まあ? 地下の穴は順調に掘り進めているし、この勝負は「あわよくば」という感覚でやっていたこと。
気にする必要は……。
「ぐっ、悔しい!!」
「……しかし、共犯である私を見抜いたのは事実だ」
「え?」
「約束は半分、果たす必要がある」
黄鈴先輩が楽しそうに頷く。
え? どゆこと?
「えっと、黄鈴先輩? それはどういう……?」
「つまり、君は今回の勝負に半分は勝った。ドローということだ」
「黄鈴お姉ちゃん、難しい言葉を使わずにハッキリ言おうよ。空澄お兄ちゃん!!」
紫希ちゃんが満面の笑みで、俺に言った。
「お外でデートするの!! あっ、逃げようとか考えちゃ駄目だよ? お兄ちゃんは私たちとずーっと一緒なんだから!!」
「っ、ま、まさか……」
こ、この幼女、わざわざ外でデートするために、こんなことをしたのか!?
最初から全て想定して!?
な、なんて幼稚園児だ……。
「お、恐ろしい……」
「そこは私も同感かな」
戦々恐々とする俺の隣で、黄鈴先輩がもう一度大きく頷いた。
――――――――――――――――――――――
あとがき
次回、お外でデート編
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