#7/20 #甘くない #なす

 昼休み、やっちゃんは部活の用事ということで、久しぶりに自分の席で食べる。お弁当のなすの揚げ浸しを口に入れた。揚げて、薄めためんつゆにつけるだけだから、わたしでもできる一品ひとしな叔母千晴ちゃんにばかり頼ってばかりも悪いもんね。コンビニもさすがに飽きてきたし。

 一人で食べていると背中に声をかけられる。


「今日、弁当なんだ」


 顔だけ振りかえると音無くんは食べ終えた空袋を捨てに行くようだ。

 手で口の中を隠して答える。


「昨日のあまりもの詰めてきた」

「自分で作ったん?」


 口の中のものを飲み込んで、うん、と

頷く。

 音無くんが真顔でまじまじと見つめてくるから、すんごく居心地が悪い。おしゃれでも、おいしそうでも……なくはないとは思うけど、ふつうのお弁当をそんなにじっくり見なくてもいいんじゃないかな。しかも、ミニトマトとご飯が一口残ったものを。


「ほしい」

「え」


 二人して固まった。音無くんも瞬き忘れて口まで隠しとる。

 周りがすごく静かに思えるんだけど、なんでだろ。

 視線を落として、赤い存在に気がついた。話しやすいように横向きに座りなおし、弁当を差し出す。


「ミニトマト、好きなん? いる?」

「……いらん。夏海、トマト好きやろ」

「……す……そう、だけど、食べていいよ?」


 言おうとした言葉が妙にはずかしくて、口を閉じてごまかした。

 ゆるく頭をふった音無くんの髪が揺れる。ふわりと広がって、元の形におさまった。そのまま何も言わずにゴミを捨てに行く。

 食べようか食べまいか悩んでいると音無くんが帰ってきた。

 がたりとなった後ろの席から視線を感じる。たぶん、気のせいじゃない。

 これ、食べるまで待たれるやつやん。気を使わせちゃったかな。

 仕方なくミニトマトを箸でつまんで口にほうり込む。はじけた味は甘くなくて、すっぱい気がした。



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7月20日(木)


誕生花:なす

花言葉:優美


 野菜にも花言葉があるんだ、と感心した。もしかして、かぼちゃやきゅうり、トマトにも……音無くん、トマト、好きだったのかなぁ。


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