音無くんの溺愛はつたない #文披31題

かこ

#7/1 #傘 #松葉菊

 委員会終わりのわたしに突きつけられたのは、どしゃぶりの雨だ。昼間の暑さはどこにいったんやろ。


「帰らんの」


 聞き覚えのない声に驚いた。顔を上げた先には音無おとなしくん。クールな顔つきなのに、だるさが抜けきれない彼はすこし、いや、だいぶ近寄りがたい。だから、席が近くになってもきちんと話したことはなかった。

 道端で猫に出くわしたように胸がドキドキする。まともに声を聞いたん初めてかも。


「雨、降ってるけ」


 もごもごと帰れんと付け足した。

 無気力な顔がわずかに口を開く。


「傘、入る?」


 入る? まさか二人で? え?

 真っ直ぐに向けられていた殺風景な顔がそっぽを向く。


「無理か。傘ないし」

「な、何なん、頼りにならん」

「その言い方ないわぁ、ヘコむわぁ」


 めっちゃくちゃ棒読みだ。全くヘコんでない顔で、わたしの後ろの席に座った。

 話すことも思い付かんくて校庭を眺める。薄暗い土の所々に朝顔みたいな傘が咲いている。

 一番前の席なんてハズレだと思ってたけど、窓際なのは当たりだったかも。死ぬほど暑いんだけどね。


「雨、はよ止まんかなぁ」


 ぽつりと呟いたのに、用事?と横から聞こえて驚いた。音無くんのこと忘れてた、なんて言えるわけないから、言葉を探す。


「まぁ、家、の」


 ほれ、と折り畳み傘が出された。

 音無くんの顔を確かめても、何を考えているのか全然わからない。


「傘、ないって」

「ないよ」

「あるやん」

夏海なつみが入れそうな傘はないって言っただけやし」

「うっわ、屁理屈言いよった」

「貸しちゃる。感謝せぇよ」

「音無くんは」

「まぁ、用事ないし」

「悪いよ」

「夏海が帰らんなら帰らん」

「なに、そのわがまま。わかった、一緒に帰ろ」

「相合い傘、イヤなのに?」


 彼が面白そうに笑ったのはきっと錯覚だ。瞬き一つで、お面みたいな顔とすり変わったから。


「残念。雨、上がりそう」


 きっと、錯覚だ。



𓈒𓐍𓈒◌𓈒𓐍𓈒○𓈒𓐍𓈒◌𓈒𓐍𓈒○𓈒𓐍𓈒◌𓈒𓐍𓈒


7月1日(土)


誕生花:松葉菊

花言葉:広い愛情


 そこでペンを止めた。いつも着けている日記には『誕生花』と『花言葉』を書いている。単純に花を覚えたいと思ったからだ。辞典を開いて覚えるわけがないので、コツコツやってみようかな、と。覚えられてる自信はないけど、達成感はある。


「広い愛情だよね、たぶん」


 ぽつりと呟いても、今度は誰も答えなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る