#7/23 #静かな毒 #ばら(絞り咲き)

「あっついねー!」


 まぶしい太陽を、今日はすがすがしく見ることができた。何千と空を見上げるひまわりのおかげかもしれない。

 ふぉん、と隣から風が吹く。びっくりして音無くんの方を見たら、携帯扇風機が向けられていた。

 天の助けとも思える風を両手でさえぎる。


「ええよ、音無くんも暑いやろ?」

「だいじょぶ。さやが、ひなちゃん、ぶっ倒れたらマジありえないから、て貸してくれたやつだし」


 関係ないけど、わたしの名前を呼ばれたことにどきりとした。音無くんは、さやちゃんの口ぶりを抑揚のない声で再現してくれただけなのに。

 余計に暑くなったような気がして、黙って風を受けることにする。

 よかったね、と音無くんが呟いた。

 意味がくみ取れなくて、彼に向けて首をかしげる。ちょっと固まった無表情としばし見つめ合った。

 ひまわり畑に視線を動かした音無くんはわずかに口を動かす。


「ひまわり畑、見れんかと思った」


 わたしも、と笑いがこぼれた。

 伯母千晴ちゃんが教えてくれなかったら、こんなに素敵な景色は見ることができなかったと思う。最寄から、四駅離れた先で巡回バスで乗るけど、思いの外、簡単に来ることができた。


「あ、音無くん。ジェラートだって」

「タコス食べよって言っとったろ」


  ぐっと呻けば、隣から空気が抜けるようなやさしい音がした。


「今、笑ったでしょ」

「かわいいなって思っただけ」


 口に手の甲をあてる音無くんは、声もなく笑っている。太陽の眩しさに負けないくらい楽しそうだった。


𓈒𓐍𓈒◌𓈒𓐍𓈒○𓈒𓐍𓈒◌𓈒𓐍𓈒○𓈒𓐍𓈒◌𓈒𓐍𓈒


7月23日(日)


誕生花:ばら(絞り咲き)

花言葉:満足


 音無くんの満足そうな笑顔はどんな劇薬よりも、一滴で殺せるような毒よりも、わたしの心を震えさせた。



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