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  • 参加したのが途中からで、なかなか追いつけない間に!

    こちらはぼちぼち追わせていただいて、新しいエッセイの一から参加させていただきますね。

    作者からの返信

    小椋夏己様、

    コメントをして頂きありがとうございます。

    現在は読み専ですが、又何か書き始めたら、宜しくお願いします。

  • あー、それ分かりますー!
    もっと勇気を持て、自信を持て!と今更ながら思いますね。

    作者からの返信

    青山 翠雲様、

    コメントをして頂きありがとうございます。

    振られたって、人生終わりじゃないんだと言ってやりたいです。

    その上、昭和の男子はヘタレが基本でした。中学時代は、多くの同級生の女子からは、未熟で、野蛮な男、いや、子供だと思われていたと思います。高校になっても、ようやく、中学生レベルだったのでしょう。大体、女子からの興味があると言うサインが分かりませんでした(笑)。米国から一時帰国した際に、男の同級生から、高校時代のあるクラスメイト(女子)が、私に誘って欲しかったと言われました。全く気付きませんでした。

    編集済
  • コメント失礼します。

    日本にずっと住んでいると殆ど気にかけもしないようなことが、視点が変わるとこんなにもトゲのついた行為に見えるとは……。

    自分がその店員の立場にいたら──とも考えさせられるエッセイでした。

    作者からの返信

    コメントをして頂きありがとうございます。

    自分も思い出して、反省しています。日本では、常に接客が丁寧で、こんな態度(無口で指差すだけの)この対応はある意味で、米国ではありありなものでした。そこで、この青年が何らかの精神的な問題でも抱えていた可能性などをも考慮した大人な対応ができていなかったな、今では思っています。30代なのに、10代の悪ガキの対応でした。

  • ブラックマンバ。
    確か、世界最強の毒蛇ランキングで上位だったような……
    イタズラにしてもたちが悪いですね。
    でも、怪我人が出なくて幸いでした。(*´ω`*)

    作者からの返信

    花京院 依道様、

    コメントをして頂きありがとうございます。

    ブラックマンバ、毒も強く、移動速度も馬並みとかいう評判です。

    こういうイタズラをやってしまうのもエリート大学の生徒に違いないと思われています。

  • 前略→後略
    このセンス、好きですよ〜♪

    作者からの返信

    花京院 依道様、

    コメントをありがとうございます。

    私はシンプルマインド(単純)なのです。そして、世間知らず。

  • 犯人は逮捕されて、盗品も全て返ってきたんですね。良かったです!
    でも、犯人らしき人物を見かけて速攻で突撃は、やはり危険ですよ〜。
    お怪我がなくて良かったです。

    作者からの返信

    花京院 依道様、

    おはようございます。お返事が遅くなり、申し訳ありません。

    今は、攻撃できる体力もありません。お陰で、行動には気をつける必要があると自覚しています。

  • ふみやさん こんにちは
    興味深く読ませて頂きました。

    立場が逆のようにも思えます……、また、奥様はきっと、そのように予防をしながら御自分を守っていらした方なのかもしれません。
    我が家の次女は、バスに乗った時に空席はたくさんあるのに、隣に座って、足をくっつけてきたおじさんがいたそうで、それ以来、バスに乗る時は丈の長いキュロットを上から履いて予防をしています。(目的地に行ったら脱いで鞄にしまえる薄手のものを使用)
    露出を考えて服装を選ばないと、被害に遭う確率は上がってしまい嫌な気持ちに遭うのは女性、なのかもです。

    作者からの返信

    松下友香様、

    コメントをして頂きありがとうございます。

    幼い頃の妻は、一歳歳上の兄にくっついて男まさりに育ったのですが、若者になってもその癖が抜けなかったのも、一つに理由ではないかと思っています。

    もう一つは、大人になって自立したり、ボーイフレンドができるの避けたかった母親の影響だったと思います。

    日本にも変態はいますよね。妻は目立つので、時たま、変なのが寄ってきていました。私が夫とも知らずに、ちょっかいを出しに寄って来たのは、脅してやりましたが。今ならスタンガンでも持たせるかと思います。(躾と言って私が使われそうですが(笑)。)

    編集済
  • 自分に自信を持たせず、独立できない様に育ててきた

    これは日本でもものすごく今問題になっています。
    ものすごく、です。
    奥様、ご立派だと思います。ふみや様も。(何か変な日本語になってしまって申し訳ありません。)

    貴重なお話を拝読させていただきました。ありがとうございました。m(_ _)m

    作者からの返信

    しゃもこ様、

    コメントをして頂き、ありがとうございます。とても嬉しいです。

    妻は未だに、心の中に残る蟠りがあり、脱出してはいないのですが、私にだけはきつい女です(笑)。

  • オカン様のページからお邪魔いたしました。オカン様のページで、お名前は時々お見かけしていたのですが、今回初めてお邪魔させていただきました。


    奥様、サバイバーでいらっしゃったのですね。米国も含めた欧米圏で白人の方が、私たちのような有色人種と結婚する決断は、

    その人がよほど魅力的でない限りはなかなかしないと、昔大学の先生に言われたことがあります。

    その時はかなりむっとしましたが、でも、きっとそうなのだろうなぁとやはり18歳の私が思ったのを、今思い出しました。

    それが本当かどうか分かりませんが、ふみや57様がとても魅力的な方だったのだと思います。

    長々と失礼いたしました。この辺り非常に気になっていたので読ませていただきました。

    今日のアップルクリスプとても美味しそうでした。

    作者からの返信

    しゃもこ様、

    初めまして。コメントをして頂きありがとうございます。

    私もオカン様などのところで、お名前を伺っておりましたので、こちらへいらして頂き、とても嬉しいです。

    欧米、特に米国では、毒親から逃げるために、若くても結婚するケースは比較的多いと思います。若い間に結婚する、一番の理由、セックスする為に結婚することだと思います。宗教的に、未婚で性交するのがタブーなカップルがこうなります。後、デキ婚も比較的多いです。ですから、その大学の先生の話は理想的な話だと思います。ただ、親に言われて見合い結婚というのは余り聞きません。

    これからも宜しくお願いします。

  • ひえぇ、怖い……
    お怪我がなくて本当に良かったです。
    あまり無茶はなさらないよう、お気をつけくださいね。

    作者からの返信

    花京院 依道様、

    コメントをして頂きありがとうございます。

    もう若くないので、無理はしません。ちょうど、オーストラリアで起きた乱射事件で、犯人の一人から、ライフルをもぎ取って怪我をしてしまった八百屋の男性ニュースを見て、この話を思い出していました。

  • とても面白く拝読させていただきました。
    何と言うか、大きな時の流れを感じるエッセイでした。
    むしろこれは伝記だと思います。

    とても一言では表しきれない感銘を与えていただいたこと、感謝と共にお疲れ様の気持ちを送らせていただきます。

    他の日記やエッセイを楽しみにお待ちしています。
    ありがとうございました。

    作者からの返信

    夏井涼様、

    コメントをありがとうございます。完読して頂き、大変感謝しています。

    戦後、約10年後に、日本の大田舎で生まれた私が、米国に住む様になるとは想像もしていませんでしたし、日本の国立大学の教官になるとも思っていませんでした。国際結婚もです。しかし、曽祖父は、鎖国が終わって50年ほどで、米国へ渡っていたことを考えると、私以上の冒険をしたのかもしれません。曽祖父の米国での生活については、幼い頃から、少しは聞いており、祖母がカリフォルニア生まれだという事実も、よく知っていました。これらの事実が、脳裏に焼き付けられていたのでしょうか?

    私の拙作など、夏井様の大作には及びません。あれだけの登場人物を追っていけるだけでも泥機ですし、他国語でもかける勢いなのがすごいですよね。多大な努力を注ぎ込まれているのがわかります。これからも、楽しみに読ませて頂きたいと思いますので、よろしくお願いします。

  • ロスアンジェルス――これが本場のカタカナ語かーとか思ったりして
    キャフェテリアとかも、日本でも言う事あるけどなんだか、カッコよく思えてしまう

    作者からの返信

    🕰️イニシ様、

    今日もコメントをありがとうございます。

    「マックでダイエットコーラ、特にダイエットコークをオーダー」とかも殆どカタカナしか使わない例ですね。

    確かにキャフェテリアは食堂というのとは違う様にも思えます。


    ロスアンジェルスは、明治時代には、漢字で羅府(らふ)と書いていたそうです。

    サンフランシスコは「桑港」または「旧金山」、サクラメントは「桜都」とか「都府」だったそうです。これは、カタカナ化の逆ですね。

  • ふみや57様
    ホストファミリーが受け入れる生徒を選ぶ際の参考資料として使われた英作文には、きっとふみや57様の誠実さが滲み出ていたのでしょうね。生徒会や、交換留学に選ばれるなどの御活躍から、チャレンジに溢れるお人柄が浮かんできます。
    奇しくも、今、大学生の長女が短期留学に行っています。これは、国際学部の学生全員が送り出されるものなのですが……。若い頃の海外の体験はかけがえのないものですね。続きを楽しみに読ませて頂きます。(プロフとタイトルから奥様との出会いに触れられているお話かと推察されます)

    拙記事にお寄りくださってありがとうございます。

    作者からの返信

    松下友香様、

    コメントをして頂きありがとうございます。

    実は、いい加減な男なのですが、米国ではノリの良い生徒と捉えられた様です。

    海外経験は目を開かせてくれる経験になると思います。私は米国の高校生の自立心に驚かされました。

    実は、妻との巡り会いの話がなかなか出てこないとお叱りを受けました。90話位にならないと出てこないんです。申し訳ありません。

  • ダブルスタンダード店員w

    作者からの返信

    七七七ひろゑ様、

    コメントをありがとうございます。星での評価もありがとうございました。

    今考えてみると、そのスーパーのルールだったのかもしれません。そして、彼はコミュ障だったのかもしれません。もっと大人の対応をするべきでした。30代でしたが、高校生並みの精神状態だったのでしょう(ただの米国の30代の大人の状態だったかも?)。

    編集済
  •  出ました『橋の下』ッ。私も言われました…っていうことは、それはどのご家庭でも、割と定番のフレーズだったのかも知れませんねw

    作者からの返信

    七七七ひろゑ様、

    コメントをして頂き、ありがとうございます。

    「橋の下」定番だったのでしょうね。

    現在の米国にはホームレスが多くいますが、橋の下の住むホームレスは実際にいる様です。私がこの町に住んで20年くらいになりますが、鉄砲水のような洪水で、橋の下で寝ていたホームレスが流されて、溺れ死んだとうニュースを3度くらい見たことがあります。サイクリングをしていた頃には、大きな高速の橋の下では、何人ものホームレスが焚き火をして暖をとっているのを見かけました。

  •  なんと出所してから繁盛していたんですか! 
     近所でも、お兄さん、よっぽど評判悪かったんですね。。

     なんか短編に出来そうだな。そのうちパクらせて頂きますw

     今日も面白かったです。
     また来ますね!

    作者からの返信

    小田島匠様、

    コメントをありがとうございます。

    あの殺人事件は、弟を虐待していた兄を止められなかった親族や近所の人達は後めたい気持ちがあったのだろうと思います。

    どんな話になるか楽しみです。

  •  あはは、フミヤさん、いじめっこをぶっとばすなら、正義の味方じゃないですか。まあ、ぶっとばさないで説得したらもっと偉かったんでしょうけれど。
     フミヤさんのおかげで助けられた子も沢山いると思いますよ。

    作者からの返信

    小田島匠様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    自分は正義の味方だと思っていても、相手はえらい迷惑じゃと思っていたかも知れません。イジメが陰湿になったりして。

    説得?「口で言うより手の方が早い。」美空ひばりの柔からの名言です。私の母は、両方出て来ました。説得ではなく、「バカたれ!」とかですが。

    編集済
  • 第42話 結婚詐欺と母の涙への応援コメント

     あはは、わたくしも料理大好きですよ。自分の食べたいものが作れますからね。
     ボディビルのコンテストの前は、減量食になるので、女房の作ったもの(ハンバーグとか)は食べられませんから、わたくしが作る割合が多くなりますが、鶏肉ばっかりになるので(それも胸肉)、あんまり評判は良くないですw

    作者からの返信

    小田島匠様、

    米国では鶏胸肉が一番人気のある肉だと思います。日本では人気のない肉だと聞きました。米国では、他の部位よりも割高です。

  • ふみや57さん

    先程は、『サイエン スー』に応援ハートをありがとうございました😊♪

    ただ、

    『サイレン ス―』
    ※紛らわしいタイトルあるので要注意

    と書いていたのですが、

    『サイエン スー』から読んでしまわれましたかね?😅😭

    これ、『スー三部作』なので、順番があったのです。。。

    まぁ、実はよくいらっしゃるんですわ、逆から読んじゃう方が😆🤣😅。これで多分10人目くらい😄。

    『サイレンスー』は1分で読めるので、正き順序で読んでみてくださいませ(笑)。
    一応、面白さのクレッシェンドというやつを計算してこちらも書いております😊♪

    作者からの返信

    青山 翠雲様、

    順番を間違ってしまい、申し訳ありませんでした。

    次は他のに作へ伺ってみます。

  • 太宰府天満宮の梅ヶ枝餅は大ファンになりまして、往路で一つ、復路で一つ食べ、空港でさらにお土産で買って帰りました。


    先程は、フォローしてくださってありがとうございました😊♪

    もし私の作品を何か読んでいただけるのだとしましたら、下記のようなところから読んでいただくと、比較的短くて、読みやすいかもしれません。

    『サイレン ス―』
    ※紛らわしいタイトルあるので要注意

    『量子と精神』
    ※人気No.1短編小説

    のどちらかを読んでみて、「面白い🤣」と思っていただけましたなら、ご連絡ください。どれを読んだかで、次に読むといいものをお伝えさせていただきますね。

    それでは、これを機会に今後ともご交誼のほど、よろしくお願い申し上げます。

  • はじめまして。

    先程は、私の『小説 エキベン』に星をつけてくださり、ありがとうございました😊♪

    作者からの返信

    青山 翠雲様、

    ご挨拶ありがとうございました。

    面白かったので、星で評価させて頂きました。これからも宜しくお願いします。

  • 第42話 結婚詐欺と母の涙への応援コメント

    奥さんはお菓子系が上手いと言う事は料理が上手いはずなので嘘ではなかったですねw
    文章が上手いのもあると思いますが、私の中で絵が出て来て、前にも言いましたが、映画や小説を読んでいるような話でとても楽しいです。

    全てのキャラが面白いです!

    あとは、奥さんにふみや57さんの事を書いてもらったりしたら最高かも――と勝手に想像してますよw

    作者からの返信

    🕰️イニシ原様、

    今日もコメントをして頂きありがとうございます。

    妻が料理が上手いという表現は、どうもしっくりこないです。ただ、オーブンでするベイキングは好きですし、上手だと思います。煮る・焼く・蒸す・揚げるという基本はあまり得意ではないと思います。結局はケーキとかパンです。

    妻が私について書くと、とんでもないことになりそうで、頼めません。(笑)。ここに、1990年頃の家族写真がありますが、彼女は、この頃は、まだ通いわい妻を演じていたのでした。
    https://kakuyomu.jp/users/fumiya57/news/16818093090417494402

  • いつも楽しいストーリーどうもです。
    これは、ふみや57さんが息子さんに禁止ワードを教えていたのかな?
    つまり犯人は……

    作者からの返信

    🕰️イニシ原様、

    コメントをありがとうございます。

    鋭いですね。研究室で実験する様になってから、ボキャブラリーが増えましたが、良くない言葉の割合も増えた様に思います(笑)。

  • コソコソ……「ブトムシ」がいたけど、内緒にしておこう……

    作者からの返信

    いつもありがとうございます。

    ブトもカブトムシも同じレベルの我が家です(笑)。

  •  完結、お疲れ様でした。

     これからも楽しいお話を沢山聞かせて下さいね。

    作者からの返信

    @Teturo様、

    今日もコメントをありがとうございます。

    @Teturoさんのコメントには、興味深いご自身の体験談も含まれていることが多く、読むのが楽しみでした。

    これからもよろしくお願いします。

  • ふみやさんの人生、ご家族、なればこその感覚や価値観を知ることができて、面白くためになりました!!

    作者からの返信

    かつたけい様、

    今日もコメントをありがとうございます。

    もう潮時だと思い、完結させました。この連載は、200話を超えた大作の「めかまじょ」には及びませんでした。

    次は何を書くかは決めていませんが、気長にいこうと思っています。

    これからもよろしくお願いします。

  • 海外の生活には憧れもあり、その日常を知る機会になり楽しかったです。
    『日系3世』のお話 ちゃうって
    完結おめでとうございます。💐

    次のお話も楽しみです。

    作者からの返信

    オカン🐷様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    オカン様のレシピ日記は長続きしてますが、私のは流石に長過ぎると認識しました。

    これからも宜しくお願いします。

  • 福岡の高校で友人の家がダムの下に沈んでいると言うのを訊き、このダムの下に町があるのかと複雑な思いをしたことがあります。

    作者からの返信

    オカン様、

    この章にもコメントして頂き、大変ありがとうございます。

    私の生家はダムの水位が低い時には、未だに跡地が確認できる位置なので、この夏も、息子が写真を撮って送ってくれました。進化を信じる私でもこの変化は受け入れたくないのが本当の心情です。

    編集済
  • ふみや先生、お疲れさまでした。また、日記・エッセイを心よりお待ちしています!

    作者からの返信

    加福 博様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    長くお付き合いいただき大変感謝しています。

    次はどうなるか分かりませんが、これからも宜しくお願いします。

  • 完結お疲れ様でした。
    まだ全てを拝読させて頂いた訳ではないので、少しずつ読ませて頂きますね。
    奥様との出会いからご結婚に至るまで、ドラマチックで素敵です。

    新しい日記・エッセイを楽しみにしております。

    作者からの返信

    時輪めぐる様、

    こんばんは。いつもコメントをありがとうございます。

    長く続き過ぎた、こんな駄作を読んで頂きありがとうございます。

    新しいエッセイ/日記話気ままに書いていこうと思いますので、宜しくお願いします。

  • 完結。お疲れ様でした。
    次のエッセイもとても楽しみにしております。

    作者からの返信

    雨 杜和様、

    いつも優しいコメントをして頂き、大変ありがとうございます。次のエッセイはゆっくり頑張っていこうと思いますので、これからも宜しくお願いします。

  • 完結お疲れ様でした!新しいエッセイも楽しみにしてます!近況も楽しく読ませていただいてます(*^^*)

    作者からの返信

    カエデネコ様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    このエッセイ、長く引っ張り過ぎて申し訳ないとも思っています。

    これからも、カクヨム仲間として宜しくお願いします。

  • ふみや57さま

    こんにちは。
    ついにエッセイ完結ということで、一区切りつけられるのですね。少年時代から渡米しての高校生時代、奥さまとの出会い、大学生から研究者へと、当時の日本を体現するかのようないきおいのある人生をドラマのように見せていただきました。生きる上で大切なことも諸所で諭していただいたように感じています。
    これからまた新たなエッセイがスタートするのを楽しみにしています。
    完結おめでとうございました!

    作者からの返信

    佐藤宇佳子様、

    いつもこの駄作にコメントをして頂きありがとうございました。同じ理系の方からの意見も嬉しかったです。

    これからも宜しくお願いします。

  • 博士🎓、終わり?!
    まだ、全部は読んで無いんですけど、研究室の人間関係とか国際的で面白かったです。
    奥さんとの出会いもびっくり‼️でした。
    これは残してくださいね。

    また、新たなカキカキ楽しみ😊にしてまーす。

    作者からの返信

    菜の花のおしたし様、

    いつも楽しいコメントをありがとうございました。

    おしたしさんは、お一人で二人のお子さんを育てられ、その上、看護師という難職をこなしてこられた方として、大変尊敬しております。私の暴言もしれっとこなされてしまうのは、流石ですし。

    お互い、孫のことも、励まし合って(愚痴りながら)、カクヨムを楽しんでいきましょう。

  • おつかれさまでした
    私がお付き合いしたのはほんの最近、少しだけでした
    それでも、アメリカの生活、日本とそちらとの違いなど、ふみやさんのいろいろな話のなかに垣間見えるものが多くてそれがすっごく好きでした
    また最初から読ませていただくこともあるかもしれませんが
    次の話も楽しみにしております!
    こちらこそ、これからもよろしくお願いします

    作者からの返信

    歩様、

    こんばんは。いつも私のエッセイや近居にコメントをして頂きありがとうございます。以前にも書きましたが、歩様のコメントは丁寧で、お人柄が想像できます。

    散歩仲間(私は屋内ですが)としても、これからも宜しくお願いします。

  • なんか「母だ毛でなく」毛がありました……けど、そのままの方がいいかもです。


    ちょっと前に気づいたんですが……150話あるだと!
    まっ面白いので過ごしずつ見させてもらいますー


    無償の愛。考えた事もありませんが何か?w

    作者からの返信

    🕰️イニシ原様、

    コメントをありがとうございます。

    日本語能力が退化していますから、誤字や文法の間違いも多くあると思います。ご指摘ありがとうございます。後で、しれっと直しておきます。

    カクヨム経験ゼロで描き始めたので、長くなりすぎると、一旦終了させて新たな作品に映ると言う手法も知りませんでした。最近、ネタ切れです(笑)。

  • 日本も、毎年のように九州が可哀そうなことになってますが、日本だけじゃないんですね。

    作者からの返信

    かつたけい様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    世界中で、異常気象が通常になってしまっています。

    もう、温暖化を防ぐとかのレベルではなく、豪雨や今まで担い台風や豪雪でも凌げる都市に変わって行く必要があると思います。

    そして、日本は地震にも注意です。

  • 昭和47年といえば、私はまだ生まれていません
    兄が生まれた年ではありますが

    そんなことを思いつつ、水害の大変さはいつの時代でも同じとか、それで何かしらの運命のようなものが動くのだとか、皆さんと同じような感想を抱きました

    あとはやはり地球温暖化のこと
    日本は水害のリスクが今でも高いですし、さらに今年はまた竜巻被害など、例年にはないリスクも出てしまいました
    そのため温暖化には敏感ではあるとは思うのですが
    私自身を考えても、まだまだ備えという意味では無頓着なところあります💦 そこは改めて考えさせられました

    作者からの返信

    歩様、

    おはようございます。こちらへもコメントして頂きありがとうございます。

    年齢を暴露すると、驚かれる歳になっています。

    温暖化の影響は、平均温度の上昇の他に、気象が不安定になる事だと、私は理解しています。冬になると、大寒波も起こりやすくなるので、温暖化はどうなったと皮肉を言っている米国人に出会うこともよくあります。気温についても、不安定化するということは、どの振れ幅が大きくなり、熱波も寒波も起こりやすくなると説明するも、納得しません。

    災害への準備、重要だと思います。

  • おはようございます

    大変なご経験をなさいましたね。しかし、人間万事塞翁が馬、何がどう転ぶか分かりません。ふみや57様は、それが転機となられたということで、人生分かりませんね。

    作者からの返信

    時輪めぐる様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    米国でも、こう言った洪水には出会わないだろうと思って引っ越した場所だったのに、1000年に一度の洪水が起きてしまい、水害にあったと言う様な話をニュースでよく聞きます。温暖化の影響は明らかですが、それを認めない米国人も多いです。

    私の両親と祖母は戦争を体験した世代でしたから、災害に臨む態度も、しっかりしたものだったのだと思います。

    この災害の後の好景気とダムのための移転で得られた災害起きにくい環境。あの頃は思いもよりませんでした。

  • 豪雨被害の経験は、あまりしたくないものですが、それを経験として昇華できるメンタルは、とても素晴らしいなって思います。
    子供の頃は親たちに守られていましたので、あまり何も考えていなかったのですが、実際に、いろいろ経験してきて、不安を多く感じるようにもなりました。ともかく、気象が激しくなりましたよね。

    作者からの返信

    雨 杜和様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    親として子供を守る責任は重要ですよね。お陰で、心配事が倍増するのも理解できます。私も息子が幼い頃、出張で飛行機に乗っている時に、ここで飛行機が事故路起こして自分がぢんだ、息子はどうなるんだと思ってしまったことを覚えています。

  • ふみや57さま

    こんにちは。
    子供のころに水害にあわれていたのですね。私は九州で育ちましたが、子供のころは、梅雨の末期に九州北部の集中豪雨による水害のニュースを聞くのが恒例だったように記憶しています。
    最近の豪雨はレベルが変わってきましたね。河川の水位上昇も恐ろしく短時間で起きるし、豪雨も一時間に100ミリ超がもはや当たり前のように聞かれるようになりました。気候が変わっているなら、対応を変えるしかありません。ダム建設に反対していた方々が水害のあと考えを変えたということ、それにそれから50年の間に何が起きたかというところから、私たちは学ぶ必要がありそうです。

    作者からの返信

    佐藤宇佳子様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    未だに温暖化は人工の災難だと認めない人間もいますが、温暖化による異常気象が起こっていると認めても、それに対応する準備をしていない人も多いのではないかと思います。

    昔のような、台風でも豪雨でも出勤するという態度は直ぐに止めるべきでしょう。今では在宅勤務もできる環境は整ている勤務先も多いし、学校も同じです。これもコロナパンデミックと言う大災害のおかげとも言えることですが。

    九州といえばえ、鹿児島や宮崎出身の学生達は、豪雨などの災害に強いメンタルを持っていた様に思えました。帰省したら実家の周りは水没していたので膝まである水の中を歩いて帰ってとか言う話を思い出します。

  • ChatGPT、すごいですね。
    日本語も英語もお手の物! 
    ちょっと平坦すぎる気もしますが、すごく分かりやすいです。

    大変な経験をされましたね。
    でも、その洪水でご実家が豊かになったのは、人生何が起こるか分からないものですね。

    ちなみに、奥様のお家に近かった『三次警察署』って警察署の出先機関みたいのものでしょうかね?
    ちょっと調べたら、広島にも同じ名前漢字のみよし警察署ってのがあるみたいですw

    作者からの返信

    こばやしあき様、

    コメントをして頂き、ありがとうございます。

    ChatGPT ができて、Google AIにはできないと知って驚きました。妻はChatGPTが好きでいつも使っています。

    この広島県の三次が私の故郷なのです。私は旧市内ではなく、江の川支流に面した郡部の生まれで、ここは平成の大合併で三次市となりました。市内の三次警察署(現在も十日市町の昔と同じ場所にあると思います)の近くに住んで、下宿を営んでいたのは、私の祖母の妹の大叔母でした。大叔母も祖母と同じく、戦争未亡人でしたが、長男だった夫が戦死してため義家族に離縁されました。祖母は実家を継いでいたので、その様な問題はありませんでした。(ご存知かは分かりませんが、私の妻は米国人で、米国南部のアラバマ州で生まれています。)

    編集済
  • 大変な経験をされていたのですね。ご無事でよかったです。災害では今まで気づかなかったこと教えられますね。その時は最悪だったとしても、後からいい方向に行くこともあって、人生ってわからないものだなぁと思います。私も涙したけれども、今の生活がなければなかったであろう人との出会いや良いこともありました。本当に未来の形っていろいろあるのだなぁと今はしみじみ思います。

    作者からの返信

    カエデネコ様、

    コメントをありがとうございます。

    最近、日本でも米国でも(世界中で)起こるゲリラ豪雨のニュースを耳にします。何十年も住んでいるが、こんなの初めてだという様なインタビューもよく見ます。50年前と常識が違ってきているのは確かです。誰もが、いつ災害に出くわすか知れないと’自覚して生活することは重要だと思います。

    実は、この災害のせいで、ダム建設反対運動が終わり、治水目的と言う理由を信じて住民たちはダム建設を受けいる形になっていきました。おかげで、私の実家は、ダムの上へ移住しました。豪雨には比較的安全な場所なので、少しだけ安心してニュースが見られます。

    編集済

  • 編集済

    先生、奥さんの初デートに行く前に彼女のご両親の許しを得るなんて、なかなかできないですよね。その辺の先生の強さには、感服させられます。

    私は、ボストンで大和魂を忘れており、白人の女の子に声がかけられず、台湾人の金食いガールフレンドができてしまい、後の人生を大きく踏み外すことになったんです。トホホ。

    作者からの返信

    まだ18歳でなかった少女でしたから。高校の留学生時代に、ホストファミリーの弟が、16歳の少女との初デートの前に、彼女の両親(父親は校長先生)に許可をもらいに行ったのを見ていました。おかげで、これが米国の常識だと思っていました。

    日本の常識は、まず付き合って、真剣に結婚を意識する様になってから両親への挨拶ですよね?

  • わたくしの弁護士の師匠も、東大受験出来なくて一橋に入ったそうです。ゴルフ部に入るくらいで、ノンポリかと思いきや、左翼系弁護士になりました。あの頃は、それがカッコよかったようです。時代は変わるものです

    作者からの返信

    小田島匠様、

    コメントをありがとうございます。

    左翼系弁護士、カッコ良さそうです。憧れます。

    私が日本の大学にいた頃は、旧帝大を始めとする大学の教授の先生達は、昔、学生運動をやっていた方達も多くおられました。名大出身の物理学教授の父を持つ院生が、親父は今では核融合に関する研究を海外の学会で頻繁に発表しているが、その昔は、名大の紛争で暴れていたと言ってました。私が、凄い、尊敬すると言ったら、白い目で見られました(笑)。

  •  巨星墜つですねぇ。

     オズボーンさんとの出会いは、聖飢魔IIからでした。凄く良く似た曲があると聞き(聖飢魔IIがパクっていたんですけどね)、調べてみたのが始まりです。

     メタルというかお化け屋敷のご主人様みたいで、驚いた記憶があります。英語が分かりませんので、歌詞は理解できませんでしたが、メロディーはしっかりとしていて大好きでした。

    作者からの返信

    @ Teturo様、

    私は日本の音楽から離れているので、聖飢魔IIについては知りませんでした。

    オジー、若い頃からちょっとボケていた様でしたが、これは「天然」と言うやつですよね?コウモリの頭を齧り取ったのも、オモチャだと勘違いしてやったと言っていました。そのコンサートのファンは皆、本気でやったと思っていた様ですが。

    この系統のメタルバンドの音楽は、歌詞なんて分からなくても、充分楽しめると思います。

    コメントをありがとうございました。

  • > "It's like going to bed in a black and white world and walking up and it turned into colour."

     この部分は "... and waking up and it turned into colour." の方がおさまりがいいような気がします。
    「起きたらカラーだった」みたいに。

     オジー・オズボーンは名前しか知らないので、ちょっと聴いてみようと思います。


    作者からの返信

    hekisei先生、

    コメントをありがとうございます。

    スペルチェックしないで、コピペしてました。実はこの文は、掲示板で見つけたものでしたが、リンクは別のものです。論文だったら、問題になる誤りです。

    さすがですね。ご指摘ありがとうございます。直しておきます。

  • ふみや57さま

    こんにちは。
    私もオジー・オズボーンはお名前しか知りません。どの時代にあろうと、常に人が亡くなり、新たに生まれているわけですが、自分が幼少期に馴染んだ文化の担い手というのは強烈に記憶に焼き付いていますね。俳優、声優、小説家、芸術家、いろんな方々の訃報を聞くたびに、自分の覚悟を試されているような気持ちになってきます。

    作者からの返信

    佐藤宇佳子様、

    こんばんは。いつもコメントをありがとうございます。

    実は、オジーは、昔から、ボケている様な行動や発言が多かったのですが、皆、ドラッグのやりすぎだったのだろうと思っていました。実はパーキンソン病だったのでした。それでも、彼のビートルズに関する発言は、かなり的を得ていると、多くの音楽ファンは思っているでしょう(私を含めて)。ビートルズに出会った瞬間、世界が変わった、私もそんな経験の持ち主ですから。

    科学の分野では、アインシュタインの相対性理論の発表に似た様な現象だったのではないでしょうか?(他にも、ダーウインとか、量子力学とかも似た様なケースなのかもしれませんが。)


  • 編集済

    リンク先から再びこちらに

    オジーオズボーンも私は知りませんでした
    たぶん、曲を聴けばわかるとは思うのですが、名前を知っている程度で、亡くなったというのもニュースで知ったか知らなかったか

    それでもふみやさんがしんみりされるお気持ちは分かります
    最近、日本でも「昭和の人」が亡くなっていっているので
    なじみは薄くても、それでも
    青春時代に影響を受けた人が亡くなったニュースに触れるとさらに、ですよね
    曲やドラマや映画、「あの頃」がよみがえってきて

    作者からの返信

    歩様、

    おはようございます。いつもコメントをありがとうございます。

    この話題となっているビートルズもメンバー二人は早く亡くなっていますし。現在、オジー・オズボーンを知っていない日本人が過半数を超えていルのでしょうね?

    私の歳になると、亡くなる有名人のニュースが、私よりも年下であるケースがどんどんと増えています。私の伯父・叔父達は全て亡くなり、母の姉、妹が健在だけになっています。戦前の経験のある親族は、義理の叔母二人を含め5人だけです。


    編集済
  • 最新のエピソードからまいりました

    私の頃はもうビートルズは悲惨な事件のあとでしたからそれほど話題にはなっていませんでした
    ただ、兄が洋楽よく聴いていて(一種の、今でいう中二病でしょうが)その影響で私もビートルズは聴いていました
    もっとも耳に残っている程度で、人生観に影響を与えたほどではないですが💦
    という、思い出を引き出してもらえたエピソードです

    ちなみに、毎回いうことですけど、やはりそちらと日本のカルチャーの違いには驚かされます
    同じようなもの、ラジオの隆盛とか、こちらで音楽のそれといえば優先だったかなとか、共通もありつつ、アメリカはやはり広いなあ、地域によっても違うなということも
    学ぶというよりも、単純に「へえ」と世界が広がった気がします

    作者からの返信

    歩様、

    おはようございます。こちらにもコメントして頂きありがとうございます。

    アメリカは確かに広いので、地域差はあります。ビートルズが大人気の間にも、南部を中心にした、不買運動が、福音派クリスチャンの間で広まっていた時期がありました。ただし、どこの国にも言えるかも知れませんが、テレビの普及で、全米のカルチャーにまとまりができたのは確かだと思います。現在、それがどうなっているのか私は知りません。若い人(学生)達とそういう会話がないので。

  • 博士🎓。
    私の高校時代の女友達は銀行に就職したりしてましたが、控室のロッカーが年齢が高くなると出入り口にされるし、窓口から裏方へ変えられるって言ってたです。正月の年初め勤務は晴れ着が
    暗黙の了解だったし。

    天下のトヨタくらいなら、受付はロボットでいいかもしれませんね。
    女装したロボット、、。

    作者からの返信

    菜の花のおしたし様、

    おはようございます。ここにもコメントを頂きありがとうございます。

    こう言う、セクハラは、米国ではすぐに訴えられます。日本ももう少し弁護士と、訴えられ易い環境が必要かも知れませんね。女性の価値を年齢で評価するなんて許されるべきではありません。そもそも、女性が管理職にいないからでしょうね。

    日本の受付は、会社の顔として扱っているのでしょうね。米国は、契約社員が多いと思います。若い女性が多かったですが、最近は、どう見ても退官した警察官か軍人の様な男性の時もあります。銃を持ってそうです。

  • オジーオズボーンが亡くなられたのは悲しいニュースでした。彼のビートルズに関する素晴らしい発言は共感しかありません。今のロック、ポピュラーミュージックは彼らのおかげでここまで彩り豊かに発展したのだと思います。
    若い方達がビートルズやメタルを知らなくても、音楽から、ドキュメンタリーから間接的に何かを感じてとってくれるのなら、オジーも天国で納得し苦笑いしていると思います。ご冥福をお祈りします。

    作者からの返信

    🍇三杉令様、

    こんばんは。

    オジーだけでなく、現在のポピュラーミュージックは、多かれ少なかれビートルズの影響を受けているか、ビートルズから始まったルーツを引き継いでいると言って良いと思います。そのビートルズも、黒人音楽にルーツはあるという説も間違ってはいないと思いますが、彼らが、黒人音楽をただ真似ていた問い訳ではなく、オリジナリティーに富んだミュージックにしていたのが大人気の秘密だと思います。

    コメントをしていただきありがとうございます。

  • メタル界は、わたしもよく知らなくて。でも、このお名前は聞いたことがありますけれど。
    どんな音楽だったのか、あとで、ググってみたくなりました。

    作者からの返信

    雨 杜和様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    彼は、ライブコンサートで、コウモリの頭を齧り取ってしまったのでかなり名前が知られてしまいました。本人は、コウモリのおもちゃをだと思ってやったと言っていたそうです。

    ブラックサバスの一番有名な曲は「パラノイド」という曲だと思います。

  • お久ぶりです。いつも私の近況ノートにライクを頂き、ありがとうございます。外国、特にアメリカに行く人は、何かしら日本が住みにくいと思っている人が多いと聞いたことがあります。ふみや先生も何か思い当たる節はあるのでしょうか?あと、アメリカに行って、日本に帰国(ふみや先生は一時帰国されていますが)しない人は特に優秀な人が多いとも聞きましたが、どうお考えでしょうか?

    作者からの返信

    加福 博様、

    コメントをありがとうございます。

    外国へ移り住む人達の中には、日本が住みにくいと思う人も多くいるかもしれんませんが、私の個人的な意見では、外国の方がオポチュニティがあると思っている人が行くのではないかと思います。日本が嫌だかとといって、そんなに簡単に移住できるわけではありませんし。東南アジアにはそんな国もあるのかも知れませんが。

    帰国しない日本人がとくに優秀とは言えないとも思いますが、ただし、私の標準はかなり高いのかも知れません。

  •  私もマカロニウェスタン好きですよ。 
     ジュリアーノ・ジェンマと、チャールズ・ブロンソンが好きですね。
     荒野の用心棒だったかで、ジェンマが浅い皿に赤い豆盛って(チリビーンズって言うんですか?)食べるシーンが印象的でした。子供心に、「あれ、おいしそうだなー」って思っていましたが、実際に食べてみると全然美味しくないのw

    作者からの返信

    小田島匠様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    そうですね。チリービーンズは美味しくないですね。しかし、米国では、テックス・メックスと言われる、テキサス州で白人化したメキシコ料理は割と人気です。メキシコ料理にはこのビーンズを潰したリフライドビーンズがよくついてきます。私はメキシコ料理を馬鹿にしてましたが、妻が好きなので、食べていたら、好きなものありました。

  •  従弟の方、5階から飛び降りてよく無事でしたねー。子供だから体重が軽かったのもよかったのかな?
     エッフェル塔から飛び降りた、フランツ・ライヘルトを思い出しました。あの人も、フワリと地面に降り立てると思っていたのでしょうかね。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%84%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%92%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%88

     ボンジョビのYouTubeよかったですよ。かっこいい。

    作者からの返信

     小田島匠様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    従弟は軽かったので、少しは傘パラシュートの効果があったのかもしれません。砂場に落ちたのもよかったのでしょう。あれを目撃した叔母は、「死んだ」と思ったそうです。足首は捻挫していたそうですが。

    フランツ・ライヘルト、詳しくは知りませんでしたが、パラシュートで飛び降りて無くなったのですよね?日本にも風船おじさんとか呼ばれた方がいたと思いますが、彼のチャレンジャーでした。最近では、地球は平らだと証明すると、自作のロケットの乗って打ち上げた末、墜落して亡くなったアホもいました。

    編集済
  • すごい確率で一緒になったご夫婦!
    赤い糸は海を越えて繋がっていたとしか思えません。
    ドラマ仕立てにしたら素敵な物語が出来そうです。

    作者からの返信

    オカン🐷様、

    コメントをして頂きありがとうございます。

    残念ながら、日本国内には、糸の繋がりはなかったようで、私、日本人女性とキスしたこともありません。これって、今年の大発見です(笑)。日本人として生まれたのに、この結果です(涙)。因みにに男もないので、勘違いがないように、一応書いておきます。

  • わたしも、何歳であろうと結婚して妊娠したなら生むべきという考えです。
    反対に、もし妊娠したら降ろすだろうという考えであるのに結婚することが考えられない (あくまでわたしは、です)。

    結婚する確率、子供ができる確率、それがいかに奇跡かを唱えていたら、「これだけ無限にいれば誰かとは会うわけで奇跡ではない」なんて水を差されたことありますが、やっぱりそこ含めて「あなたと結婚した」「あなたが生まれてきた」は奇跡ですよ。その奇跡を大切にしたいですね。

    作者からの返信

    かつたけい様、

    いつもコメントをいただき、ありがとうございます。

    これに関しては、私の未熟さが醜く現れてしまいました。若すぎる女性が妊娠したら、中絶というチョイスも当たり前だと思っていました。妻の華奢な体への負担と、子供が子供を産んで、育てられるかの不安もありました。子供を授かる可能性まで考えてからの結婚ではなかったのでした(私には)。その点、どちらかと言うと、今でも頼りない妻ですが、出産に関しては、私よりも遥かにしっかりしていた妻でした。

  • よくテレビで「納豆に砂糖」とか、なかった組み合わせを聞いて観客が「えーーーーー!」と、驚きの声を上げるシーンがありますが、わたしは、疑わずすぐにやってみます。
    だって、美味しいからそういう食べ方があるわけだから。好みそれぞれとはいえ。

    作者からの返信

    かつたけい様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    相変わらず挑戦者ですね。そういうチャレンジャースピリット、とても良いと思います。

  • 小中学校なんかでも、騒いでばかりのダメなクラスも原因は数人なんですよねー。自浄作用がないんだからダメクラスでしょとか言われても困る。

    作者からの返信

    かつたけい様、

    いつもコメントをして頂き、ありがとうございます。

    私、一人で、クラスの秩序を乱していた時期もありました。さすがに、進学校だった高校では、学内では比較的大人しくしてましたが。

    教師がしっかりしていないと、1-2%でもダメになるのは想像がつきます。

  • 私の伯母の夫がアメリカに移住していて、戦時中に収容所にいたそうです。
    何度かその話を聞いたことがあるんですが、そんなに悲壮な話ではなく、逆にわくわくするような話を聞かせてくれていたなあと思い出します。

    伯母とは年齢も離れていて、私が子どもの頃にもうおじいさんという感じの方だったんですが、アメリカナイズされたハイカラな方だったと思い出します。

    作者からの返信

    小椋夏己様、

    コメントをありがとうございます。

    私の曽祖父が一人息子でなかったら、そのまま、米国へ移住していたと思います。そうなると、勿論、私の家族は、収容所に入れられていたでしょう。米国で、収容所に入っていた経験のある何人かの日系人の方達と出会った事がありますが、幼かった方達は、キャンプに行っていた様な感じだったと言っていた人が多かったです。これは、大人が、子ども達が不自由にしない様に努めていた方だったのだろうと察しています。

    伯父様も、悲しい出来事は話されなかったのではないでしょうか?


  • 編集済

    ほんとだ、ロール逆転してる。。
    さすがに今は日本でも女性が悪いというのは、ごく少数派かと思います。この5年くらいでジェンダーの社会意識ははっきりと変わりましたね。
    昔は、挨拶とスカートは短い方がいい、なんてスピーチで言われたものですが、いまなら総スカンでしょう。

    面白かった。また来ます。

    作者からの返信

    小田島匠様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    日本も変わって来ているのですね。今、私が日本へ帰って生活すると、時代遅れと言われるでしょうか?

    米国にも、保守的で、男尊女卑が当たり前と思っている人間も、男女共に、未だ一定数います。

  • あはは、このエピソードは盛りだくさんでしたね。カルチャーショックとその後の馴染みぶりが微笑ましいです。
    金髪ビキニ美女が突如現れたら、そりゃ目立つ事でしょう。
    しかし、朝食3万円って、どんだけ食べたんです? 帝国ホテルだって多分当時3000円くらいのものだったと思いますよ。

    作者からの返信

    小田島匠様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    私達は、米国で普通にデニーズの様な
    ファミレス系の朝食屋(パンケーキハウスとか)で朝飯を食べる様な感じで、あれとこれとこれって感じで、一品料理店として、各自好きな物をいっぱい注文してしまったのでした。そして、米国なら飲み放題のオレンジジュース、リンゴジュース、トマトジュースに、ティーにコーヒーもお代わりしてました。それが一杯ずつ加算されているとは知らずに(ここのジュースは米国のものの1/3ほどの量しかなかったです)。

  • フミヤさん。積読に埋もれてて、ようやく辿り着きました。。
    高校の時の英語の先生が、ネイティブと話したらまるで通じなかったと言う話しを思い出しました。話すと言うのは、座学では、やっぱり難しいのですね。
    西さんの漢字の話しも面白かったです。

    作者からの返信

    小田島匠様、

    ここにもコメントをありがとうございます。

    順番逆にお返事させて頂いていますが、実はこれが最初のコメントなのですね。

    英語社会で暮らしていると、会話が1番楽になると思います。通常、日本では逆ですから、英会話が苦手な人は多のでしょう。

  • ものすごい体験をしていることに凄い衝撃を受けてます……

    作者からの返信

    ユウキ・アカツキ様、

    コメントをして頂きありがとうございます。

    最近、思い返してみたのですが、確かに普通の日本人らしくない人生を送って来ました。これも、両親から、祖母、そして、出会った方達のおかげでもある事は確かです。

  • 聞いてみました
    日本はちょっと前の歌謡曲が定番として流れますけどそんな軽いのよりも、よっぽどこういう方がいいですね。

    わたしは、クリスマスは現代の暦でいうと24日の夕方から25日の日没までなんて聞いたことがありますー

    作者からの返信

    かつたけい様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    プロテスタントの間では、クリスマスは25日で、翌日の26日はもう終わっているという感じでです。米国はプロテスタントが建国に関与しているので、この雰囲気が強いです。26日から仕事を始めるところも多いです。国が広いので、家族と共に過ごす人達が帰還するのに時間はかかるので、休む人も多いのですが。銀行や郵便局は普通に絵業しています。

    24日は、25日が大イベントなので、その為の準備が必要という理由で、大学も昔は半日の休みでした。今では、皆好きに休暇を取るので、もっと早くからそういう雰囲気です。その夜、サンタさんがやって来るのも子供のいる家では大きなイベントなのですが。

    カトリックや正教会では、クリスマス12日は重要なのだそうですが、高校のプロテスタントのホストファミリーに始まり、妻と親族全てがプロテスタントなので、それ以外は経験がありません。但し、カトリックであっても、クリスマスという理由で、12間休むというような人は出会ったことがないです。教会へ行ってミサや礼拝に参加していても、普通に仕事しているのだと思います。

  • 魚を切って刺身にするのは調理のうちに入らない

    言い分は非常によく分かります。
    職人芸により美味しさを引き出せたら調理と言えるかも知れませんが、本来は上手だろうと下手だろうと調理は調理ですよね。思考がぐるぐる回ります。

    作者からの返信

    かつたけい様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    私もそこまで考えたことはなかったのですが、妻との会話で、そう言う事を考える様になりました。サラダの為に野菜を切ったり千切ったりするのがりょうりなら、刺身を切るのは料理です。

  • @fumiya57さま

    こんにちは。

    > 後で、あの時降ろそうと言い出した白状な夫だと、いじられることがあるが、もう反論できません。

    ああ、残念ながらこれは素直に当時の知識不足を謝るしかないですね。奥さまの育った社会では、とんでもないこと、だったでしょうから。
    どの時代の、あるいはどんな集団の知識や常識が「正しい」のかなんて誰にもわかりませんが、生物学的には二十歳代の妊娠が推奨されるようですね(日本生殖医学会)。
    ただ母体の成熟には個人がありそうです。あまりに細く、未成熟と考えられるなら、母体への負荷を考えて、妊娠・出産は止めさせたい、そう思うのもわからないではないです。
    ロミーちゃん、現在、日本滞在中なのですね? 日本の保育園を楽しんでいるのでしょうか?

    作者からの返信

    佐藤宇佳子様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    もう、これは謝るしかないですよね。こちらでは、カトリックと福音派は、妊娠中絶に絶対反対です。妻は今では、福音派のバプテストを嫌っていますが、育ちはバプテストです。米国南部では、未だに妊娠中絶を認めない風潮です。妻は私と別れても、産む決心だったと思います。しかし、他人にそれを強要派しません。自分の子供が生まれるのを目撃したことは、私にとっても、人生最大の感激でした。

    ロミーは元気でした。食べ物に好き嫌いがあるので、給食をいっぱい食べる日もあれば、拒否する日もあるそうです。実は、二つの保育所へ通っています。

  • 出来た子供を産むのが当然で、おろすなんてことは考えられない奥さま、ここでも私と考えは一緒のようですね。
    40代の頃、知り合いの女性から子供をおろしたいから病院を紹介して欲しいと頼まれました。
    堕胎に賛成できない私でしたので、どんな理由からそうしたいのか尋ねました。
    もう男女一人ずついるから子供は3人も要らないし、身体的に出産はきついから、とのことでした。
    でも命に関わるほどの身体状態ではないし、経済的にも豊かだったので、決断は彼女に委ねましたが私は生むことを懸命におしました。

    それからずいぶん時が経って、日本はバブルがはじけて経済状態も悪くなりました。
    不況で自営だった彼女の家庭も苦しくなりましたがそんな中、おろしたいと相談されたあの子(次男)が経営する会社が時代の流れに合って好景気で、彼女の家庭の大きな柱となっています。(上の二人は??ですが3人目の彼は成績も優秀でした)
    命が無駄にならず(表現が可笑しいですかね)更には親の助けになれたのですから、簡単におろさなくって良かったね、と私は密かに思っています(感想は聞いたことありませんが・・)

    作者からの返信

    @88chama AKAローバ様、

    いつも心のこもったコメントをしていただきありがとうございます。

    先週末、孫のロミーとビデオで対面した後、この話を妻にして、あの時、私の言うことを聞かないでくれたことに感謝しました。息子が生まれなかったら、孫には会えなかっただろうという流れでした。正直、あの時、息子が生まれなかったら、我々は、生涯、子供がいなかったかもしれません。

    お知り合いのお話もそうですが、人生何が起こるかわからないですね。


  • 編集済

    奥様推しの私は正しかった!と胸を張っている私です。
    私は異性の話を浮ついた気持ちで話す人はどうも苦手です。
    ちょっと心に秘めた思いの男の子の名前を、仲良しさんとお互いにこっそり打ち明けて喜んでいる程度の単純な私と奥さまは同じような感覚の乙女だったように思えます。

    ホームステイして性格がすっかり分かっていますから、奔放な次女さんにつかまらなくって本当に良かったですね。
    確率がゼロに近いと思われる奥様とは、やはり結ばれる運命と決まっていたんですね。とってもロマンチックないいお話です。
    今では奥様の尻に敷かれているようなことばかり仰っていますが・・私には「のろけ」としか聞こえませんが・・・ね。

    作者からの返信

    @88chama AKAローバ様、

    またもやコメントをありがとうございます。

    あの頃の妻の消極的な態度が、日本人である私にはちょうどよかったのでしょうかね?次女は、米国人の友人達が引いてしまうような女性でした。ここれじゃ彼女の母の影響がかなり起きかったと思います。

    尻に敷かれて、抜け出す希望もありません。今朝も、トイレの水を流す、フラッパー弁を新調したら、水のかがれる量が気に入らないと言われ、直せと言われたので、彼女が起きる前に、調整してました。起きてきて、その代わりに気づき、「やればできるだろう」的な発言してました(笑)。

  • 博士の奥様との「純愛物語」のお話はいつ聞いてもいいもので私は大好き、感動物語でもあります。
    私は古い時代の両親に育てられました。母は特に私がおませな子になったら嫌だと思ったのでしょう、気を使っていました。
    そのせいか私は恋愛に関してはボーっとした女の子でしたし奥手でもありました。
    なので博士の奥手な男の子の話に共感をおぼえます。
    (ま、そうは言ってもいつまでも奥手でいられる訳でもないですけどねぇ、エヘヘのウフフ、ってとこで笑っちゃいますね)

    作者からの返信

    @88chama AKA ローバさま、

    いつもコメントをありがとうございます。

    私の妻の母親も、妻に対して同じ様な態度だったと思います。お陰で、妻は、ホストファミリーの娘達と比べると、恋愛には消極的でした。その姉妹は、誰々がカッコ良いとかいつも話題にしていました。

    正直、今になっては、もっとガッツリでも良かったのではとも思っていますが、幼い頃、近所に同年齢がいないで育ったので、遅れていたのでしょう。元々、このホストファミリーを紹介されたのが、消極的過ぎて、振られたからでしたし。妻が、友人姉妹の様な性格だったら、逆に飽きられて捨てられたでしょう(笑)。

  • 縁は異なものとはよく言ったもんだな、とつくづく思います。
    北海道の人と九州の人が結ばれると、ずいぶん遠く離れていた人が、って縁の不思議を感じますが広いアメリカではもっともっとですよね。

    昔「アラバマ物語」や「ロング ウォーク ホーム」を怒りながら涙しながら観たことを思い出しました。
    ずいぶん昔の出来事の話でしたが、今でもまだ差別的な所は変わらないのでしょうか。

    作者からの返信

    @88chama AKA ローバ様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    今でも根津用差別は残っています。ゲットーと呼ばれる地域も多くあります。数年前、差別、その時の引き金は、警察による黒人虐待(逮捕中に殺される)でした、に抗議してデモが頻繁に起こっていました。お陰で、色々と対策も取られました。しかし、それに不満を持つ白人も多くいて、去年の大統領選の結果となりました。今の大統領は、今までの平等化の結果を書き換えようとしています。この先、どうなることやらです。

  • 嫌味な人だなって思える人が意外と良い人で、その人のお蔭で自分の人生が良いスタートを切れたというのですから、本当にドラマチックではありませんか。
    ついてる人ってどこまでもついてるんですよねぇ。
    もちろん博士はご自身の実力で、彼女の力添えがなくとも、希望通りに進むことは可能だったでしょう。
    けれど、後に振り返ってみるとそれがどんなにありがたかったことかと思えることがあるんですよねぇ。

    お母さまに猛烈に勉強させられたことも、留学なさったことも、そして奥様と出会ったことも、それら全てが現在の素晴らしい博士に繋がっていたということなんですね、これってもう感動のドラマと言えるでしょう!!



    作者からの返信

    @88chama AKA ローバ様、

    コメントをしていただき、ありがとうございました。褒め過ぎですが。

    人生、何があるか分かりませんよね?私の周りには、個性的な人が多かったと思いますが、個性的だからこそ思い出になっているのかもしれません。逆に、私が知らないうちに、お世話になっていた人達もいたでしょう。それを思うと、今出会っている人達に出来るだけ親切にしていくことの重要性を感じます。

  • 先生、その後、妊娠なさらなかったとは。結婚よりも、そのご出産のほうが奇跡な気がします。
    本当によかったですね。

    日本男性と結婚する欧米女性の離婚確率は多そうだと思います。今はすかっり変わりましたが、家と結婚という意識が強い場所が、とくに九州などはかなり強いように思え、それに耐えられるのは難しいかもしれないですね。先生のように、米国拠点なら、問題はないと。
    逆に米国は、嫁姑争いはなく、婿姑争いで離婚するケースが多いと聞いたことがあります。

    作者からの返信

    雨 杜和様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    今日、日本の実家にいる孫とフェイスタイムができたのですが、孫が産まれた事は、本当に奇跡に近いかもと思っています。

    確かに、国際結婚は離婚率は高いと思います。妻には、もう1人、日本人男性と、やはり、九州の男ですが、結婚していた友人がいましたが、彼女も離婚しました。しかし、彼女の再婚相手は日本人でした。

    米国の離婚は本人同士のトラブルが第一の問題です。親が余計なことをして助長するケースもあるのはあります。mommy’s boy (母親離れできない夫)も結構います。

    編集済
  • おはようございます
    何億分の一的な確率で出会われ、もしかしたら、中絶されていたかもしれない息子さんを育て上げ、お孫さんが生まれる。
    よくよく考えると、すごい確率の組み合わせなのかもしれませんね。
    奥様と末永く、お幸せに!

    作者からの返信

    時輪めぐる様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    今日、日本の実家にいる孫とフェイスタイムでビデオ会話できました。私達が米国にいる時間が長く、そんなに長い時間を一緒に過ごすことができなかった母が、この2ヶ月ほど、ひ孫と一緒に暮らすことができて、嬉しいですね。

    ご激励に沿って、妻に捨てられない様に努力をして行きます。ありがとうございました。


  • 編集済

    結婚もそれぞれですが、出会いもそれぞれですし、それぞれになにかこう、運命的な、あるいはドラマもあるのですね
    日本のお見合いはアレですけれども(私の両親はお見合いです)
    戦前の話になると親同士で決められてとちょっと別になってきますけど(私の両親はそれではないです)
    fumiyaさんのお話聞いていると、そちらでも、こちらでもでしょうが、やっぱり人生いろいろだなと思わずにはいられません
    恋愛して、結婚に至っても、続くか続かないかもいろいろ本人たちだけではない事情もありますしね

    人に歴史ありで、それを経ていま、奥さまに感謝を述べられるfumiyaさんは素敵です❤

    作者からの返信

    歩様、

    こんばんは。今日は、保育所へ行く前の孫の姿をビデオ会話で見ることができて、嬉しかったです。妻との出会い、結婚、妊娠、出産の全てがなかったら、この孫との会話母はなかったなのだと思うと、人生色々ですが、運命的なことも感じます。そして、息子を連れて、日本へ暫く移住してなかったら、息子も孫を連れて、私の実家で長居する事もなかったと思います。

    私の両親も、戦前生まれで、結婚は戦後でしたが、お見合いでした。戦後のお見合いは、カップルを合わせることが第一で、本人達が合意して婚約となったのだと思います。戦前の様に、ノーと言えないものではなかったです。私の弟も、いっぱいお見合いさせられましたが、ついに15歳も若い嫁さんにお見合いで出会い結婚しました。私の義妹はカレセンだと思います(笑)。

  • この話を読んでて、初めて「赤い糸」を信じる気になりました。
    だいたい、恋人とかになるとすぐに赤い糸で結ばれてるとか言うんですよ。
    しかしですよ、赤い糸がなーんで半径10キロくらいで繋がってると思うのかしら。
    赤い糸をたぐってみたら、マサイ族の戦士かもしれないのに。
    って天邪鬼な私は思ってました。
    博士🎓の場合、赤い糸?ってコレなのねんと思うわけ。
    つまり赤い糸の確立を意味してる数字でもあるわけですよ。

    作者からの返信

    菜の花のおしたし様、

    読んでくださってありがとうございました。赤い糸の指摘もありがとうございます。

    私達のは、1万2千キロ以上の長さの赤い糸でした。地球一周が約4万キロですから1/3近い距離になりますね。今日、実家にいる息子と孫とフェイスタイムで会いました。いまは地球の何処にいてもビデオなら顔えお併せらる時代で、インターネットを使ったマッチングアプリで、国際結婚も夢ではありません。おしたし様も、国際結婚を目指されてはいかがでしょうか?Japaneseワイフは世界一の妻であると、世界の憧れです。

  • 確かに。私も海外留学した経験で このお話に浸透してる部分よみがえるとこ
    多数あって、特に警察に問われるところとか
    そうなんだよね。 見た目判断されてしまうという。
    アジアの人間は弱くみられるのかしら?と SDJZ?関係ねえな。
    自由の国ではないな。って・・・・

    このお話 共感多感しております。

    作者からの返信

    伊藤 はじめ様、

    >アジアの人間は弱くみられるのかしら?

    パンデミックの間に、アジア人が襲われる事件が相次いでいましたが、大抵は、女性や年寄りに、体の小さい男性が標的でした。こういうことをやる奴らは卑怯者なんで、自分の方が体力があると思う相手しか襲いません。私は181cmで90キロ近い体格なので、そういう経験はありません。ただし、ドラッグでハイになっている奴らは何するかわかりません。

    >共感多感しております。

    こういう経験をされたことがあるのですね。留学には、そういうネガティブな体験も伴いますが、それも含めて、良い人生経験になりました。

    読んでくださって、ありがとうございました。

  • 私の住んでいる兵庫県には「兵庫県立粒子線医療センター」という医療機関があり、そこでは「重粒子線治療・陽子線治療」が行われています。
    その治療を行うために、すごく長い輪っかの中で電子だったか粒子だったかをぶつける施設が必要であると読んだことがあります。
    その研究をなさってるということなんですね、すごいです。

    作者からの返信

    小椋夏己様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    私の管理している装置は、主に、個体試料を分析するためのものなので、がん治療などは行っていません。

    >すごく長い輪っかの中で電子だったか粒子だったかをぶつける施設が必要であると読んだことがあります。

    兵庫県にはスプリング8という、世界最大のシンクロトロンがあるのは、科学者の間では有名です。患者さんを扱うがん治療はやっていませんが、がん治療に役立つ研究はやっています。

    陽電子と言えば、最近、福島やチェルノービルでの核汚染物の崩壊を、陽電子を使って数年以下に縮めることに成功したという報告が出ています。

    編集済
  • 輪姦ってねぇ。
    でも、とうもろこし畑に車🚙突っ込んで行けば怖いですよね。
    博士🎓の天然ぶりに笑いが止まりません。
    あはは😆ーーーっ。

    友達のお姉さんが出産した時、助産婦さんから「あんたのアソコは男の人を喜ばせるよ。」って
    言われたそうです。
    お姉さんはそれを自慢してました。

    作者からの返信

    菜の花のおしたし様、

    いつ読んで頂きありがとうございます。

    後で聞くまで、妻の心配は全く想像もしていませんでした。そう言う事もあり得ないとは言い切れない世界ですよね?自分に娘がいたらスタンガンと催涙スプレーくらいは持たせたいですね。迷走はGPSのない時代だったので、勘弁して下さい。

    助産婦さんに、そんな事を言う人がいるのですか?助産婦さんがどう言う根拠でそう言ったのかが気になりますが、聞く勇気はありません。

  • へえー。
    博士🎓も積極的だったんですね。

    奥さんがバイトに精を出してるのって親近感湧きます。
    私の親友もお母さんが浪費家で学費を稼いでましたから。
    ちなみに私も学費を稼ぎ、支払って欲しいと義母に渡すと使い込まれてました。
    卒業の時に担任から授業料の滞納を知り、叔母にまとめて払って貰い卒業できました。

    作者からの返信

    菜の花のおしたし様、

    コメントをありがとうございます。

    いつでも何処でも、毒親って大きなダメージを与えますよね。本当に顔を引っ叩いてやりたいです。逆に、足の引っ張り合いで、近所の気に入らないシンママを児童相談所的な所へ偽告発する(米国では匿名が保証されている)者もいるとか。

    義母さんは最低な女ですね。叔母様に感謝!

    おしたしさんも、頑張って成長されましたね。頑張ると言う言葉は適切でないかも知れませんが、日本語能力に欠ける私には、他の単語が出てきません。英語ならpersevere とかendureなんですが。未だに完全には忘れる事は出来なくても、人様に目枠を掛けるどころか、人助けが積極的にできる大人になられているのは、ご自身の努力の賜物でしょう。この努力という単語もおかしいですかね?

    編集済
  • 興味深い話です。

    アラバマと言うとマリリンモンローの映画を思うのです。
    南部になるのですか?
    だから、差別に対して敏感なのでしょうか?

    作者からの返信

    菜の花のおしたし様、

    又もやのコメントありがとうございます。逆に読んでいるので、これが三つ目の返信となります。

    はい、アラバ州、やばいところです。

    アラバマ州は南部のど真ん中で、その中でも最も保守的な州と言えます。映画、フォレスト・ガンプのガンプの生まれた州でもありますし、黒人差別を扱った映画「アラバマ物語」の舞台でもあります。今でも、人種差別の激しい所です。

    そんな州なのですが、妻の父方の伯母の一人は、ご主人がアラバマ州で最初にホンダのディーラーを始めた人で、日本へ訪れた事もあったカップルでした。ですから、私への偏見はなかったようでした。ホンダ県警で出会った日本人は皆いい人だったと言っていました。アラバマ州は、黒人への強い偏見はあって黒人に対する差別は根強いかも知れませんが、日本に対するものはそれほどでもないのでしよう。現在はトヨタの工場もあるはずです。

    編集済
  • そうなのよね、外国 銃持参してる人本当居て。。。。
    こわいけど現実で
    だかrかな、
    日本のアクションで銃なんか使ってると

    どうよ。って感覚

    作者からの返信

    伊藤 はじめ様、

    コメントをありがとうございます。

    銃がなければ良いのですが、今では取り締まりなど夢の話です。古き良き時代は、今と同じ様に銃の所有率は高かくても、銃によってなくなる犠牲者の数は今ほどではありませんでした。銃の所有率の高い他の国と比べても、米国異常さがわかります。カナダの銃の所有率も高いのですが、米国ほどの銃による殺人も強盗も起こっていません。スイスの家には必ずと言っていいほど自動小銃があるのですが、米国の様なランアシャ事件は稀です。米国の問題は、もっと、複雑な問題です。

  • >彼女には私は、異世界の人間

     え? fumiya57さんって、オークだったんですか?

    作者からの返信

    @Teturo様、

    いつもコメントをありがとうございまづ。

    実世界では、ジャイアンだったので、異世界ではオークだったかも知れませんね(笑)。少なくとも、妻にはそう思われていた様でした。

  • @fumiya57さま

    こんにちは。
    当時は人種だけでなく、社会階級によっても、頑丈な壁で互いに隔離されていたのですね。
    大学に通うような社会階級の男性と一介の高校生である自分とでは釣り合わない、と真っ先に思ってしまった奥さまの気持ちはわかります。こういう時って、相手が自分よりも上だと感じた側が委縮することが多いのではないでしょうか。そんな状態でのトウモロコシ畑事件は……恐怖だったでしょう。

    作者からの返信

    佐藤宇佳子様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    妻が感じたのは、そう言う隔離よりも、それまでの両親による、屈辱的な嘲りのせいで、彼女の自己評価がかなり低かったためと言う理由の方が大きかったのかも知れません。そんな毒親から妻を逃がす為に結婚してしまったと言われても否定できないです。

    トウモロコシ畑の迷走は、本当に道に迷ってしまったのでしたが、彼女には悪い事をしたと思っています。しかし、今では笑い話です。

  • @fumiya57さま

    こんにちは。
    奥さまと初デートのためのご両親へのお伺いがうまくいったのにも、ホストファミリーの存在があったのですね。

    > ここまで書くと、私の方が積極的で、妻は、どちらかと言うと、控えめだった様に思われる人も多いかも知れない

    これ、ここまで読んでまさに感じていたことだったので、あまりのナイスタイミングに声を出して笑ってしまいました。そのとおり、だったのですね。

    作者からの返信

    佐藤宇佳子様、

    コメントをありがとうございます。そして、あそこで、笑って頂き、ありがとうございました。

    妻は、未だ私を完全に信用できていなかったのでした。それは自分への自信がなかったこと、今迄に予告もなく、親によって慣れ親しんでいた環境から連れ出された経験も何度かあり、そして、私と彼女の住んでいる世界が交わっていないとお思っていたからでした。そいう訳で、確率はゼロでした。そこから信用して貰えるまで、野良犬の餌付け作戦みたいにゆっくりと進めて行きました。それから、月日は経ち、いつのまにか、首輪の手綱を握っているのは妻になってました(笑)。


  • 編集済

    次女さんの話から入れば、なんていうか、変な偏見が入ったアメリカ人女性像そのものだったような気がします
    お話の中で出てくるような人がまさか実際にいらっしゃるとは
    それは誰だって引きますし、恋愛対象にはならないでしょう
    奥様が普通の感覚でしょう、異性に対しては
    やっぱりfumiyaさんの積極的なアプローチ、しかしゆっくりと心を溶かしと感じました❤

    作者からの返信

    歩様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    この娘は、両親の不倫疑惑があった間に物心がついてしまったので、性に関する考え方が暴走してしまったのではないかと思います。父親が牧師になると決めた頃には高学年の小学生だったのではないかと思います。早くから、世の中には、一晩だけの出会いを繰り返している大人がいる事を知っていたようでした。そして、一人の男に強く愛されることができずに、多くの男に一晩だけでも求められる選択をしたのでしょう。私達が結婚した後も、偶に遊びに来ていましたが、妻に、今までに寝た男の電話番号の載った彼女の秘密の手帳を見せて、名前の隣に付けた星の数が、セックスの上手さなんだと自慢していたと聞きました。カクヨムの星の評価を思い出すのは不謹慎でしょうね。そんな彼女にもっとガツンと、自分を大切にしろと言えなかったと、妻は後悔してました。それでも、宗教に目覚めた今は、良い母親をやってます。

    編集済

  • 編集済

    奥様、かわいいです! 高校生のころは自分の魅力を知らずに、ある程度大きくなってから(高三〜大学生くらい)パートナーの方や他の方々に言われることで気がつく、あるあるです。(僭越ながら私もそうでした。というか私の周りの女性はわりと皆そうだったな)

    ああ……70年代のウーマンリブが、奔放さにつながる悪しき例なのかな。またちょっと違うのでしょうか。
    私も帰国子女の友人で、リベラルな家庭で育った優秀な長女で、昭和の日本男性そのもののように仕事面ではとても立派に、生活面では最底辺で育った人を知っています。仕事と生活力、どちらもなければ生きていけないんだけどな。(もちろん、そのどちらかにブレる時期はあって全然いいと思います)

    作者からの返信

    蜂蜜の里様、

    コメントをありがとうございます。

    いつも米国滞在経験者としてのご意見やコメントありがとうございます。自分の魅力を知らないほうが高校生活は楽しめるかも知れませんね。後で、もっとデートとかしておけば良かったと後悔するかもしれませんが、実は恋愛ももっと成長してからの方が良いかもしれません。今では、日本でも中学生から本気に恋愛している若者も多くいるようですが。そこは、良い相手(女性の場合はボーイフレンド)が見つかるかどうかでしょう。妻の様に、後から、彼女に好意を寄せていた若者達がいたと知って驚くこともあったでしょうね。

    きっと御三姉妹、現地の男共には眩しく映っていたでしょう。

    編集済
  • ホストファミリーの次女、これは結婚したら、不幸まっしぐらだったでしょうね。奥様になられた方は、家庭環境の問題だけで、でも、自分で大学へ行く努力ができる女性で、素敵な方だと思います。

    作者からの返信

    雨 杜和様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    この次女、、まずは付き合ったとぢても、長続きはしなかったでしょう。直ぐに不倫されてますね。そういう割り切ったライフスタイルを受け入れられる人間でないと、彼女のパートナーは務まらないと思います。正直、彼女には、そういう10年が必要だったのでしょう。

    妻は自己評価がかなり低かったのですが、私の周りは、大学院が当たり前の者ばかりで、考え方もだんだん変わっていきました。

  • 専門家がするべきことは、核兵器の作り方ではなく、核兵器を使用した結果、人類が、地球上のありとあらゆる命を持つ物が、どのくらいの期間、悲惨な悲惨なことになるのかを正確の公表することだと思っています。

    作者からの返信

    たてのつくし様、

    コメントをありがとうございます。

    専門家の仕事は、社会への影響を考慮せず、ただ科学者として、謎解きをするという科学者もいます。正しい情報が一般の人達に伝達されているかを意識する事が大事であるのは、現在の米国での医療技術へのミストラスト(特に、ワクチンへの)を見ればよくわかります。

    ところで、最近、スイスの会社が陽電子を使って放射性物質を除去する技術を開発しました。通常では何千年以上かかる放射性物質の崩壊えお数年以下で成し遂げるという実験結果えおチェルノーブルで実証したそうです。福島での応用も期待されているとか。核燃料貯蔵問題にも貢献するかも知れません。こういう研究は本当にやりがいがあると思いますが、原子炉発電の普及に繋がる可能性も不定できません。

    編集済
  • おー、面白い。直接躾ける、躾けられる、という親子の関係は、いわばバトルで、ひと世代挟むと責任や緊張関係から脱して、癒やしを与え合う関係になるのかも知れませんね。フロイト先生あたりが言ってそう。
    だけと、ビール半分は、おばあちゃんやり過ぎ! ま、でも、そのおかげで身体デカくなったとか?

    面白かったです。

    また来ます!

    作者からの返信

    小田島匠様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    ポツンと一軒家という番組をYouTubeで見た事がありますが、我が家は集落と集落の間にあった一軒家で、本当に幼い頃の私は、同年代の友人がいない状態で育ちました。おかげで、日本人には珍しく、我の強い少年として成長しました(妻には成長してなかったじゃないかと言われてますが)。躾、教育も、その辺の一般的なものではありませんでしたが、私にはそれで良かったと思っています。優しい祖母と、星一徹の様な母、どちらも私の原点です。

    我が家では、水と酒の区別がそんなになかったのでした(笑)。

  • こ、このへたれ! ちゃんと言わんかい!
    って思いますが、留学しちゃうんじゃ無責任に言えないですよね。仕方ない。でも、きっと幸せな結婚をされていた事でしょう。ただ、若いときにそう言う悩みを抱えていたのは、気の毒な事ですね。

    作者からの返信

    小田島匠様、

    かつを入れて頂きありがとうございます。50年ほど遅かったです。彼女は、背が高く割と綺麗な方だったので、私以外に彼女に惚れる男は多く、きっと結婚相手を見つけるには苦労しなかったと思います。若い頃から、そんな悩みを持って生きている未成年がいるというのはがショックでした。テレビドラマの中の様に思えました。それに比べて、私の人生の浅はかな事。

  • うーん。どれもこれも面白い。。
    確かに後略の方が論理的ですね。
    考えてみると、論理的でない日本語の組み合わせって、いっぱいありますよね。
    大人、の対義語は、子供、じゃなくて、小人だろう、とか、強力粉、の対義語は、薄力粉、じゃなくて、弱力粉だろう、とか。

    考え出すと、いろいろ興味は尽きませんね。

    作者からの返信

    小田島匠様、

    コメントをありがとうございます。

    これは、世界が論理的な人間だけで回っていない証拠でしょうね。文系人間が多すぎるのです(笑)。非論理的な妻に顎で使われている私ですが。


  • 編集済

    「実はそうだったのです」が最後に利いてますね♪
    fumiyaさんが積極的にというのは意外のような、そうでもないような?

    前回返信いただいたことも頭にありつつお読みした今回でしたが、日本でも事情ある子はいますけれど、そちらでは国自体が大きいだけにより複雑なような気がします
    そんな複雑なものを解きほぐすかのようなfumiyaさんの行動あればこそ、奥さんも、奥さんのご両親もfumiyaさんを信頼したのではないでしょうか?

    fumiyaさんの株が私のなかで爆上がりのなか、次回の「妻視点」を楽しみにしております(笑)

    作者からの返信

    歩様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    私が生徒だった頃よりも、日本の現在の複雑なバックグラウンドを持つ子供達の数は比べ物にならないほど増えていると思いますが、米国は既にそのレベルにあったかと思います。米国でのアルコール中毒が素となる家庭崩壊は元からあったのでしょうが、それに数々のドラッグが加わったのが、60年代以降だと思います。妻の家庭は、父親のアルコール中毒が原因で、崩壊しました。アル中のおかげで、飲むと、自分の息子達を虐待し始めた夫に耐えられず、母親が浮気相手を頼りに、子供を連れて逃げ出したのでした。逃げ出した後の生活も不安定なものでした。おかげで、妻は将来への希望とか考える余裕のない暮らしをしていたのでした。そんな彼女に取って、男からのお誘いは、真意を持ったものだと思えなかった様でした。その真意が伝わる様に頑張った私でした。

    妻に取っての私の株も上がるのですが、とんでもない奴という事もわかって来ます(急降下?笑)。将来、お互い、騙されたとも思う要素も出てきますが、他人が一緒になるのが結婚ですから、そういうのは、あって当たり前だと思います。

    全く親や親族からの愛情に疑いのない私は、

  • いろいろアメリカの複雑? いや、お国柄的なことが見え隠れするシリアスな後半でした
    とはいえ、それも含めて人と人との出会いは奇跡的なものが確かにありますね!

    私もご縁は大切に考えています
    人によって傷付けられた私ですけど、でも人によって助けられている、支えられて今は生きていられているので
    わりと大げさではなく

    作者からの返信

    歩様、

    いつもコメントして頂きありがとうございます。

    妻は、家族が複雑で、今でもそれに悩まされています。義父も義母も、なんでそんなになったと思わざるを得ない人達です。そして、継父。彼もとんでもない男でした。今では、義家族に対するハラスメントは、犯罪レベルでしたが、母の協力なしではなかっっと言う事実も、妻に余計に心の負担をかけています。米国の60年代、70年代は、ヒッピーや学生運動なふぉと、もっと自由に生きることを楽しむ若者が増えた時代でしたが、それと共に、社会の問題が複雑になってしまった時代だとも思えます。妻の家族はその落とし穴にハマってしまいました。未だに抜け出せない面も多くあります。

    私の妻の場合は、もっと若いうちから私が気づいて、カウンセリングをしておけばよかったと後悔しています。カウンセリングに通い始めたことは何度もあったのですが、カウンセラーが、深いところを突き始めると、辞めてしまっていました。今で思うと、もっと続ける様に促しておけばよかったと思っても、後の祭りです。

    歩様の心もお散歩やカクヨム等の活動で、できるだけ穏やかであることを祈っています。

  • @fumiya57さま

    こんにちは。
    奥さまと出会った確率がとんでもなく低いものだったというのも面白いですが、そのきっかけをくれた方々の生きざまも、興味深いです。

    「昔から、頭の隅にあった牧師になりたかったという欲望」という表現に、なかなか辛辣なだなあと思いましたが、読み進めるうちに、なるほど、とうなずきました。夫婦関係が荒れて家庭崩壊しかけた頃の彼と、牧師になろうとした彼、牧師として活動を始めた彼は、ほぼ変わっていないのですね。牧師になることは、言い方が悪いですが、免罪符のようなものなのかもしれないなあと思わされました。

    アラバマと言えば、「おおスザンナ」を思い出すのですが、この歌、実はあまり明るい歌じゃないかもしれないのですね。
    https://note.com/t16/n/n06991a56b4ad
    @fumiya57さまの「黒人に対する差別の激しかったアラバマ州」からもそれがうかがえます。

    作者からの返信

    佐藤宇佳子様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    この方のご主人は、本当に良い人です。南部で生まれ育った為、黒人に対する偏見を持っていましたが、牧師になってからは、人種差別は、神の教えに反していると、その思いを断ち切った様でした。奥さんの方は、ワイルドな性格を若者、特に学生の手助けをすることに方向を変えていました。一応、夫の教えは守っていましたが、若い頃の生活習慣は、娘達に影響を与え過ぎたのでしょう。それとも、人間、そう言う時期がある者もいると言うことでしょうか?

    この歌の作者は、フォスターですよね?もうひとつの曲、遥かなるスワニー川〜と言う曲のこの川は、ジョージア州から、フロリダ州の妻が育った街の割と近くを流れる川です。実は、生まれは北部のペンシルベニアだったとか。

  • 米国の歴史をみていくような気持ちになりました。
    奥様と出会えたのは、本当に薄い糸だったのですね。こうして拝読していますと、奇跡のようにも思います。

    作者からの返信

    雨 杜和 様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    このシリーズを書き始めたのは、先々週、私達がカップルになる確率は物凄く低かったと思ったことからでした。私が高校の留学生となり、その後、大学も米国へ行くこと。妻がこの街へ引っ越して来たこと。そして、二人が同じ家族にお世話になっていたために、出会ってしまった事実もかなり確率の低い話だと思います。


  • 編集済

    アラバマとアトランタ、ディープサウスもディープサウスですね。60年代の公民権運動は偉大ですが、住んでいる当事者の方々は暴力にさらされてしまうこともあったとは。
    我らがマーティン・ルーサー・キングJrも、アトランタとアラバマ出身のようですね!

    あ、あと、フィクションですがアラバマ物語のアティカスは、私の中で永遠のヒーローの一人です。

    作者からの返信

    蜂蜜の里様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    MLK Jr.と言えば、アトランタで生まれ育ったことは有名ですよね?彼の母校であるモリハウスカレッジは、今でも黒人学生の間では、一目置かれていると思います。そして、ボストン大学で博士号をとったあとに、最初に牧師として就任したのがアラバマ州モントゴメリー市の教会でした。後にも、アラバ州での人種差別への抗議では、何度も暴力沙汰になってしまいました。南部の州の中でも、アラバマ州が1番差別が激しかったと言えるでしょう。そんななかでも、妻の生まれたアラバマ州バーミンハム市は、差別が酷いことで有名でした。そんな彼女が、有色人種の私と結婚する可能性も低かったと思いますが、そんな事も余り考えてもいなかったのが私の妻です。

    編集済
  • 懐石料理、食べたことないんですけど、でもチマチマとした感じ、分かります。

    でも、外国の方がそういう日本料理、日本文化を好きになってくれるのって、ちょっと嬉しいです。

    作者からの返信

    かつたけい様、

    いつもコメントをありがとうございます。

    懐石は、器も楽しまなくてはならないと、叔父が言ってました。老舗では、一皿、何十万円もする器に乗って出てくるとも。少食の妻には、もってこいの食事だと思います。私は、器なんて見たかったら、博物館へ行けよという感じで、食べ物だけに興味があったのでした。お茶を飲むだけなのに、あれだけ作法を考える茶道も、似たようなものですが、外国人にも人気がある様ですね(実際に本気でやっている人は少ない)。

  • @fumiya57さま

    こんにちは。
    これまた、興味深いお話です。実は同級生のお母さんが大学側に根回ししてくれていたのだということを知ったときには、驚いたことでしょうね。
    そういう人の優しさは本当にありがたいですが、それを引き寄せるだけの人間性が@fumiya57さまにはあったのでしょうね。

    作者からの返信

    佐藤宇佳子 様、

    いつもコメントをして頂きありがとうございます。

    確かに、この村では、沢山の方達にお世話になりました。

    私のことは、ホストマザーの美容室の奥様方の間で、話題にはなっていた様ので、将来、私が物理学者になりたいと知っていた様でした。日本の田舎の進学校では、私の成績から、どこの大学なら受かるかくらいの情報しか入って来ていませんでした。あそこでは、フェルミ国立研究所や、。アルゴンヌ国立研究所へ連れて行ってもらったりもして、本物の研究者と話す機会もありました。シカゴに近かった事もラッキーでした。