第28話
ショッピングを済ませ道夫の自宅で大志は、
「今日、道夫さんの会社の社員と接触している
目つきの鋭い男を見ましたが何故か嫌な予感がします。
それで社長さんから聞いたのですが
社長さんの友人の秋山衛二さんの所へ行ってみましょう。
私一人で行っても逢ってはくれないと思いますので
道夫さん、
これから私と一緒に秋山さんの所へ行って頂けますか」
道夫は城中が何を言っているのか良く解らないが、
最近会社の周りの動きが気になっていた道夫は
城中の強い申し出に秋山衛二と言う人物の所へ行ってみる事にする。
「私も行きます」と、みどりが言うので
みどりもさくらも一緒に連れて行くことにした。
車の中で大志は、
「私がいきなり話に行っても門前払いだと思いますので
道英の息子だと言ってください。
そうすれば逢ってくれると思いますから。その後は私が話します」
「その秋山衛二と言う方は何者なのですか?」
道夫は聞いたことも無いその名前に戸惑いを隠せない。
「わが社は表向きの製薬会社で作っている商品は
特許を取っていますよね。
しかし、裏会社で防衛省が求める特殊合金を作る為に
製鉄所が必要とする薬品の特許は取っていないでしょ。
その特許を取らないようにと勧めてくれたのが
秋山衛二と言う人物なのです」
「えっ!!!父はそのような話まで!
それと何故秋山さんは特許を取らない事を父に勧めたのですか?……」
「すみません……
お父様はいつか伝えなければいけないと思われていたのですが、
今、開発中の薬品が完成してからにしようと思われていたのだと思います。
秋山と言う人物は
以前自分の経営する会社で特許を取って商品を作っていましたが、
ある国に無断でコピーされ
安い値段で商品を売り出されてしまい会社を潰されました。
特許を取ると言う事は
作り方を公表することになりますよね。
常識のある国は特許と言うものを理解しますが
そうではない国は簡単にコピーをして
自分の国が作ったと言います。
ですが特許を取らなければ合金の性能をアップ出来る
そのような薬品があること自体誰も知らなくて、
合金は金属と金属を混ぜ合わせただけで
出来る物だとほとんどの方が思っていますよね。
製鉄所に薬品を直接納品しないで
防衛省へ極秘で納品しているのもその為です。
もしも、薬品の存在に気が付いても
化学反応に次ぐ化学反応で温度管理が非常に難しいこの薬品は、
特許の書類が有ってもまず作れないとは思いますが念のためです。
例えば開発するのに20年掛かった商品があるとします。
特許の書類で作り方を確認すると
半年もたたないうちにコピー商品が世の中に出る事になりますよね。
それが国防力に関わる事ならなおさらです。
お父様と衛二さんはその事を心配して特許を取らない事にしたのです」
「そ、そうだったのですか……」
道夫はまたもや自分の知らなかった事を城中に告げられ
ショックを隠せないでいるが、みどりも大志が夫も知らない
会社の内事情を知っていたことに驚いている。
しかし、さくらは
大志さんは道英さんなので当然だと思うが
道夫さんやみどりさんの心中を察すると
内心穏やかではなかった。
そして秋山の会社に着いた大志は
道夫たちと一緒に応接室へ招かれる。
「初めまして。城中大志と申します。
以前、道英さんに秋山さんの事を聞きましたので
お話があり来ました」
「ん!?道英が君に私の事を言っただって!?
それは嘘だ!そんな話は信じられない。帰ってくれ!」
秋山は激怒して4人を追い返そうとする。
「いえ、帰りません。国益と私の会社を守るために
特許を取らない様に勧めてくれたのは衛二さん、
貴方でしたよね」
「はあ?君が何故そんなことを知っている?
それに私の会社だと?」衛二は大志に疑惑の目を向けた。
「あっ!全て社長さんが話してくれました。
以前、貴方の会社がやられたと言う産業スパイの後ろに
目つきの鋭い男が写っていたと思うのですが、
あの写真もう一度見せて頂けますか?」
「何だって!君はあの写真を見たように言うが何故だ?」
「あ!いえ……社長さんが以前、名前は忘れましたが
映画に出て来る人物に例えて言われたので
かすかに記憶が有ります。
あの写真を見れば判るのではないかと……」
大志は苦しい言い訳をする。
「解った……道英に見せたその時の写真を見せよう」
そう言って衛二は1枚の写真を取り出し大志に見せる。
「あ!こいつだ!この男の後ろに写っているこいつだ!
この写真の顔は若いが、この鋭い目つきは間違いない。
道夫さん、野中さんに接触していたのはこいつですよ!
野中さんは“もう少し待ってください”と言っていました。
何をもう少し待ってと言っていたのかは
判らなかったですが、困惑していたのは間違いない」
「なんだって!
こいつが道英の会社の社員と接触していただって!
お宅の会社は狙われているぞ!」
「大丈夫。衛ちゃん……後は私が何とかする。
今日は本当にありがとう。
また君に私の会社を助けてもらった……」
「えっ!衛ちゃん!私の会社だと!?
また言ったな……そんなこと言うのは道英だけだが!
一体君は何者だ!?」
衛二は思いがけなく懐かしい言葉に驚きながらも
更に大志への疑惑の目を向ける。
「あっ!申し訳の無い事です。
貴方の事を衛ちゃんと呼んでいたと聞きましたので
社長さんが生きておられましたら
多分、こう言われるだろうと考えて居たら
本当に口に出してしまいました……」
大志は本当に心からそう思ってしまい
そのまま口にしてしまったのだが
本当に苦しい言い訳だった。
しかしさくらは
大志の気待ちが痛いほど良く解り頷いている。
だが、道夫とみどりは
大志に一瞬父を見たような気がするが、
まさか父が目の前にいるとは思わず
衛二と共に大志の言葉に納得をしてしまう。
衛二の元を離れ帰りの車の中で、
「とにかく野中さんに事の次第を聞いてみましょう。
あの場面にいた私が聞けば逃げようも無いので
何か喋って頂けるかもしれません」
「そうですね。最近会社のセキュリティを強化したのですが、
その際に野中さんに少しおかしな動きがあると気付きました……」
道夫も、まさか表の製薬会社から
裏会社の情報を抜き取ろうと思っているとは想像もしていなくて、
完全に裏をかかれた状態だ。
そして大志たちは会社の応接室で野中の話を聞く。
野中の話では、息子が交通事故を起こし
その相手が最初は大丈夫だと言っていたが
後日後遺症が出たので賠償金が欲しいと言ってきた。
事故から日にちが経っているので
警察も受け付けてくれず保険も使えないし、
交通事故を起こしたと言えば息子の仕事に差し支える。
そこで道夫の会社の新薬の製造法を手に入れれば、
今回の事はなかったことにすると言われたとの話を聞きだした。
「道夫さん、これはもう新薬の書類を渡しましょう」
「えっ!城中さん!何を言っているのですか!?」
道夫は驚くが、
勿論、みどりもさくらも大志の考えが解らない。
「詳しくは後でお話しいたします。
まずは野中さんにはお引き取り願いましょう」
大志はそう言うと野中を自宅に返し
道夫たちを連れて別棟にある裏会社の個室へと誘う。
「城中さん!何故ここに個室が有ると知っているのですか!」
道夫もみどりも驚くが、
「裏会社の事は全て社長さんから詳しく聞いています」
(えっ!このような事まで父が他人に言うだろうか?……
まさか!本当は城中さんこそが産業スパイだと言う事は無いのか?)
道夫は大志を信頼しているだけに混乱している。
そして4人で個室に入ると、
「先ほどの続きですが、勿論
裏会社の薬品の製造法を明かす訳にはいきませんので
表会社で作っている薬品の少し古い書類を渡しましょう。
会社の第3倉庫に保管してあるAZ466と言う書類には、
表に開発コードしか書いてありませんし
内容も本当に大切な部分は書いていません。
閲覧禁止㊙と、もっともらしく表紙に書きましょう」
「えっ!そんな事まで知っているのですか!」
(第3倉庫にはそんな物が保管されているのか!)
「はい。色々なお話を社長さんから伺っています。
でもそのお話は後回しにして今は対策の方を急ぎましょう。
あの書類であれば産業スパイが見ても
何の薬品の製造法なのか解らないと思います。
野中さんには、新薬の製造法が書いてある
書類の置いてある場所が判った。
でも自分が取ってくるのはチェックが厳しくて
無理だと言って頂きましょう。
当然盗みに入った所で捕まえますけれどね。
もし取り逃がしても動画は撮りますし、
書類の内容は断片的で使い物にならないので
実害はないと思います」
道夫は大志のアイデアに乗る事にして早速罠を仕掛け
産業スパイが盗みに来る日を待った。
そして産業スパイを無事逮捕する事が出来て
野中の事故は仕組まれたものだった事が判り
書類もそのまま残すことに成功する。
防衛省と会社の周りで起きている不審な動きは
探偵の野田の動きなのだが、
道夫と大志は裏会社の新薬の製造法を産業スパイが
狙っているのだと勘違いをしていた。
だが、その事が結果的に
会社のセキュリティを強化させる事となり、
偶然にも産業スパイの行動を発見する事となる。
そしてその後の調べで、産業スパイは表会社で新しく売り出した
新薬の詳しい製造方法が欲しかったとの事が判り、道夫達は
裏会社の事が漏れていたのではなかったのだと安堵する。
野中はこのまま会社に居てもらう訳にはいかないが、
自分の会社へ就職したために
被害に遭ってしまったのだと考えた道夫は、
1年分の給料と慰謝料を野中に支払い、役場には
野中の再就職先を紹介してくれるようにと伝える。
その後大志は、第1第2第3倉庫に
どのような物が保管されているのか、
いつかは道夫に伝えなくてはいけないのだが。と、
引継ぎし残していた事柄をヨットに乗っている間に
色々と教えてくれましたと告げて、その内容を伝える。
(えっ!そんなことが有るのか?!
父がそれほど重要な事を第三者にしゃべる筈がない。
やはり、この城中さんこそが父に上手く言い寄って
裏会社で作っている薬品の製造法を盗み出すために
潜り込んだスパイではないのか……
と、一瞬脳裏をかすめるが、
いや!そんな筈はない。
これはおそらく城中さんへの嫉妬心から来るものだろう……)
と、直ぐに自分の考えを否定した。
そして夜になってベッドに入り
みどりと二人で大志の事を話し合っている。
「みどり、第1第2第3倉庫に
何が保管されているのか全く知らされていなかった……
そして父から聞いたことも無い
会社の内容を何故城中さんが知っている?
この城中さんこそが産業スパイではないのか?
と、一瞬、城中さんを疑ってしまった……」
大志を心から信頼していた道夫は
心の動揺を隠せずみどりに打ち明ける。
「はい。私も最初城中さんは
会社の事を知りすぎていると思いました。
でも、産業スパイにしては全く会社には寄り付かないし、
いつも城中さんのお話は私も知らなくて、
本当にお父様から直接聞いていないと話せない様な事ばかりで、
私にとって懐かしく楽しく素敵なお話ばかりでした。
マスターも城中さんは素敵な人だし、
誰よりも愛姫の細かい所まで本当によく知り尽くしている。
お父様と長い間一緒にクルージングしていたと言うのは
本当でしょう。と、おっしゃっていました。
お父様は本当に城中さんを信頼なさっていて
心を許されたのだと思います……
私にはそうとしか考えられません……
これで城中さんが
産業スパイだったなんて事になったら
私は何を信じて生きて行けばいいのか分からないわ……」
みどりは大志を信じ切っていて悲しそうに言う。
「みどり、私も城中さんは父を上手く騙して潜り込んだ
産業スパイではないのかと一瞬思ったけれど、
色々と城中さんの事を思い出してみると
本当にみどりの言う通りだと思う。
父が私たちの会社を守るために
用意していてくれたのかもしれないね……」
「そうですよね……私も何故こんなに会社の内容を
詳しく知っているのか不思議でしたが、
城中さんの事を考えれば考える程、
色々な面で私たちの味方だったような気がします。
お父様は将来城中さんが大学を卒業されたら、
私たちの会社へ招き入れようと
されていらっしゃったのかもしれないですね……」
「そうだね……
これから会社の為に色々なことを覚えてもらって
会社の力となってもらおうか」道夫が笑顔で言うと、
「それはこれからがとても楽しみですこと」
みどりは道夫に身体を寄せ
手を握り心から安堵して笑顔を見せた。
その頃
大志も生きている間に出来なかった会社の引継ぎを
無事終える事が出来てさくらと二人で安堵していた。
そして月日が経ち、大志とさくらは
新田からの依頼でヨットやモーターボートなどの回航をしながら
お互いに身体を寄せ、今お腹に居るこの子が生まれたら
3人でロングクルージングに行こうと話し合っている。
その二人の姿を見て、すみれとつぼみは心から祝福し安堵しているが、
大志とさくらはこれから訪れる地獄のような出来事を
順風満帆の中で、何も想像できていない。
続く
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