第3話

「此処は竜の道への入り口ですから特別なのです。

普通の者は、もう少し川下にある場所を渡ることになります。


お二人共ご存じだとは思いますが、

罪深い者ほど川幅が狭くなっていて、

流れの激しい場所を渡る事となります。


 特に救いようのない者は、

岩が転げ落ちる程激しい濁流となっている場所を渡ることになり、


流れ落ちて来る岩と岩に挟まれて頭は割れ、

眼球は飛び出し皮膚や肉は剥げ落ち、

骨は折れ砕けて断末魔の苦しみを味わうこととなりますが、


既に死んでしまっているので更に死ぬことも出来ずに

もがき苦しみ続ける事となるのです。

救いようのない者の末路は出だしから哀れなものです」


 道英も良子も、お互いに幼い頃母親に聞かされてきた光景なのだが、

それはお話であり、言い伝えでもあるので漠然としたものだった。

しかし実際に目の前で鬼に言われると説得力がある。


しかし、いくら罪の報いだとは言え、酷いものだと顔を曇らせていると、

そんな心優しい二人を労わる様に赤鬼は、


「仏の教えに出逢う事が出来たにもかかわらず、

教えを実行しょうともせず我欲に走った者の自業自得なのです。

あなた方が気になさることではありません。


仏の教えを守って来たあなた方はこの場所を通る事。

と決められているのです。さあ、お二人共お渡りください」

赤鬼は二人に何の気兼ねも無くこの場所を渡るように勧めた。


 道英達は気持ちを入れ替え、改めて三途の川を見るが、

(対岸まで渡り切るには何時間掛かるのだろう?


しかも並んでいる飛び石と飛び石との間隔が少し広い……

足の悪い良子さんには、

この飛び石の間隔は少し広すぎて辛くはないだろうか?

はたして良子さんは最後まで無事に渡り切ることが出来るのだろうか?……)

と、心配をしている。


 勿論良子も、

「私、足が悪いから飛び石に上手く移れるかどうか心配だわ…

貴方に迷惑を掛けてしまいそう…」と渡る前から弱気だ。


 それを聞いた赤鬼は笑顔で良子に寄り添い優しく言う。

「ん?貴女の足はもう痛くも何とも無いと思いますよ」


「えっ!あっ!ほんと!足も腰も痛くも何ともないわ!」

「えっ!良子さん、それは本当によかったですね!」

「道英さんの腰も良くなりましたか?」

良子は道英の腰の事が気になり聞くが、


 道英は本当の事を言うべきかどうかと一瞬迷う。

(本当は腰など痛くは無かったのですが、

そう言えば良子さんが私と手を繋ぎやすいかと思って……。

などと恩着せがましい事を言う必要も無いだろう)と思う。


「え、ええ……どこも痛くなくて元気です」

「ああ、良かった……」

良子は道英の言葉を聞き、胸に両手を当て心から安堵するが、

道英はその姿に申し訳なく思っている。


「竜の門をくぐれば今までとは違う領域なので、

痛みや苦しみとは無縁なのです。さあ、お出かけください」

赤鬼はそう言うと再び三途の川を渡るように勧めた。


「ありがとうございました」二人がお礼の言葉を述べると、

赤鬼と小さくて可愛い赤鬼は笑顔を返す。


 そして二人はお互いに手を繋ぎ、飛び石に飛び移る。

「うわ~!道英さん見て!大きなお魚さんたち」

良子はそう言うと、

足元で優雅に泳いでいる綺麗な色をした魚たちに歓喜の声を上げ、

しゃがみ込んだ。


「お~綺麗なお魚さんたちですね~」

道英も良子の横にしゃがみ込み何気なく道英が振り返ると、

先ほど鬼たちと居た場所は跡形もなく消え去っている。


 そしてあれほど並んでいた飛び石も無くなり

大きな川の流れのみとなっていて、


赤鬼たちと別れた場所は遥か遠くに霞み、

あの小さくて可愛い赤鬼が、一人残って手を振っているのが

やっと確認できるほどになっている。


「えっ!飛び石を1個前に進んだだけなのに?……」

道英は立ち上がり小さくて可愛い赤鬼に手を振りながら、


「良子さん、今来た方を見てみてください」良子が振り向くと、

あの小さくて可愛い赤鬼が手を振っているのだが、

その場所は遠くに霞んでしまうほど離れていて、

飛び石も消え去っている事に気付く。


 良子も立ち上がり、小さくて可愛い赤鬼に別れの手を振りながら、

「えっ!これはどうなっているの?」

「どうやらこの場所は、私たちの感覚では理解できない場所のようですね。

もう後戻りはできないようなので、このまま前へ進みましょうか」


「はい」

良子は何がどうなっているのか全く理解できないので、

道英に全てを託そうと思う。


 そして二人が次の飛び石に移ると

先ほどの飛び石は消えてしまい、その代わりに対岸が現れた。

「えっ!?もう対岸まで来た……」

「あっと言う間なのね…」

「ほんと!あっと言う間に渡り切る事が出来ましたね」


そしてその対岸に有る幅5メートル程の道は、

両脇に延々と満開の桜の木が並ぶ桜のトンネルとなっていて、

道の上は桜舞い散る桜の花びらでピンクの絨毯となっている

夢のように素敵な場所だった。


「うわぁ~桜がとても綺麗!」良子は歓喜の声を上げた。

「ホント!桜が見事ですね。そして此処は今、春なのですね」


二人共に桜舞い散るこの素敵な場所がとても気に入り、

良子の足も腰ももう痛くも無くて支え合う必要はないのだが、

どちらからともなく手を繋ぎ、この素敵な桜を眺めながら歩いていたその時、


 良子が桜の木の間から見える景色に驚き、道英を見ながら言う。

「道英さん!遥か下に川が見えるのですけれど、

あれって先ほど渡って来た三途の川かしら?」


「えっ!遥か下に川が見える???」

道英が驚きながら良子の指さす方を見ると、細長い川が眼下に見える。


「これは!!!……………

はい。あの川は先ほど渡って来た三途の川だと思います。

私たちはお互いに平坦な道を歩いていたと思っていましたが、

いつの間にか、こんなに高い場所まで上がっていたのですね…


三途の川を渡った時の様に移動するたびに、

私たちの居る場所が大きく変化するようです。

この調子で行くと、

閻魔大王の元へたどり着くのは意外と早いかもしれないですね」


道英は最初、鬼があの山の頂上まで続く道が有りますよね。

と、言われ山頂までの道を見た時、


此処からあの山頂まで何日掛かるのだろう?と思っていたが、

意外と早く閻魔大王の元へ着くのでは……と、思い始めている。


            続く

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