第4話

その頃、

道英たちを見送った小さくて可愛い赤鬼は、


「お二人共無事に三途の川を渡り切られたようです」と、

見張り小屋の横に立ち、見張り台の上で見張っている

先輩青鬼と先ほどの赤鬼に報告をしていた。


「そうか。お前も上がれ」

赤鬼の言葉に小さくて可愛い赤鬼が見張り台に上がると、

赤鬼は小さくて可愛い赤鬼を抱き上げ、

自分と青鬼の間になるように塀の屋根の上に座らせた。


二人の間に座らされた小さくて可愛い赤鬼は、

「本当に手を繋ぐ事が出来るなんて……始めて見ました」と、

赤鬼と青鬼にと顔を左右に振りながら驚きの顔で言う。


「おいおい、先輩でも初めてなのに、

此処に来てまだ100年程のお前が見ている訳がないだろ!」

青鬼は小さくて可愛い赤鬼の頭を人差し指で軽く突く。


 そして先輩赤鬼は前方の行列を見据えたまま、

「お前たちに以前言ったが、俺が此処に来た時、先輩から

我々の仕事は人間界で仏の教えを守って来られたお方は

後光を放っておられるので、そのお方を

竜の道へとご案内することだと聞いたと言ったよな」


「はい」

「はい」


「その先輩たちと一緒に、

こうやって後光を放たれているお方を待つのだが、

そのような方はめったに来られないので

俺が退屈そうにしていると、


先輩たちが退屈そうにしている俺の為に色々な面白い話をしてくれて、

その話の中に後光を放っているお方同士は手を繋ぐ事も出来る。

と言う話をしてくれたと話したよな」


「はい。覚えています」

「はい。面白いお話でした」


「その時、相槌を打ちながらも、

俺は先輩の言うような事はまず無いだろうと思っていた。


多分、何もすることも無く退屈をしている俺に

少しでも楽しんでもらおうと冗談話をしてくれているのだと……


 人間界は我と欲望の“るつぼ”だ。

今、俺たちの前を通り過ぎて行く者たちは

死んでしまった事を嘆き悲しみながら、


これから自分の犯して来た罪により、

三途の川の何処を渡ることになるのだろうか……


無事に三途の川を渡り切り閻魔大王様にお会いしても、

閻魔大王様に地獄へ落とされるのだろうか……

それとも極楽へと行けるのか……


 どちらへ裁かれるのかと気になって、

他人の事などに関わっている余裕などは無い筈だ。


今、俺たちの前を通り過ぎている者たちは

人間の姿はしているが実は虚像で、

実態は身体を離れた記憶のみの魂だよな。


 魂と話をして捕まえる事などが出来るのは

閻魔大王様からその力を授かった俺たちだけの筈だ……

たとえ仏の教えを守って来られたお方でも同じ記憶のみの魂だろ。


 そんな身体を持たない記憶だけの魂で、お互いに手を繋げると思うか?……

無理だ!不可能だ……しかも笑うだと…実際400年程此処で務めているが、

手を繋いでと言うようなお方に会ったことなど無いし、

お互いに笑うなど見たことも無い。


 しかし今日初めて、手を繋げるお方は本当に居らっしゃるのだと実感した。

なぜ手を繋ぎ笑う事が出来るのかその理由は俺には分からないが、

多分、仏の教えを守って来られたお方は死を受け入れられているのだろう。


 人間界への未練が無いので心に迷いもなく素直な気持ちで前へ進み、

迷いが無いので閻魔大王様から今更俺たちの様に力を授けて頂かなくても、

お互いに手を繋ぐ事が出来て、

笑いながら話も出来ると言う事なのではないのだろうか……


おそらくあの方たちは菩薩となられるお方たちだろう。

これは素晴らしい事だよな。今日は良いものを見せて頂いた。


菩薩となられるお方の生前の姿を見る事が出来たし、お話をする事も出来た。

俺はこれからもこの仕事を頑張れるぜ」それを聞いた青鬼たちも、


「私たちも此処でそのようなお方のお出迎えをする事が出来ると言う事に

やりがいを感じてとても元気が出ました」

「はい。私も同じ気持ちです」無気力だった二人は元気に返事をするのだった。


 そしてその頃、道英はあの赤鬼の言ってくれた、

あなた方は仏の教えを守って来たと言う言葉に、

もしかしたら私たちは極楽へ行けるかもしれない……

父や母そして友人たちにも逢えるかもしれない。と言う期待を強く抱いていた。


その思いは良子も同じで、死んでしまった事に対して後悔などなく、

あの赤鬼の言葉に、ひょっとしたらお互いに極楽へ行けるかもしれない。

本当に行く事が出来たら父や母そして友人たちにも逢えるかもしれない……

と思っていた。


「私達、極楽へ行けますよね」良子は道英の目を見つめながら訴える様に言う。

「ええ。あの赤鬼さんがお互いに仏の教えを守って来た。と、

言ってくれていましたので、まず間違いなく極楽へ行けると思います。

私は私の両親や友人たちに逢えるかもしれないと思うと心ウキウキしています」


(極楽へ行けると言うのは希望であって確信は無いが、

閻魔大王に会うまででも安心をしていて欲しい)と、

良子の瞳を見ながら言う。


「あ!私も同じことを考えていました。

私の両親や友人たちにも逢えるかもしれないなんて……」

良子も道英と同じ考えだと答え嬉しそうにほほ笑む。


(道英さんは、嘘はつかずに人身攻撃もしない素敵な人なのよね…

生きている間に逢いたかった……)

良子はあの赤鬼の言葉を思い出し、次第に心優しい道英に思いを寄せて行く。


そして再び桜並木を歩き始めるとテレビのチャンネルを変える様に、

あの竜門と同じ門が突然現れ二人は顔を見合わせ驚くが、

それと同時に門が大きく開かれ、

今度は道英たちと同じような大きさの赤鬼が二人笑顔で道英たちを迎えてくれた。


「お疲れ様でした。

これより閻魔大王様の元へご案内いたしますのでこちらへどうぞ」

一人の赤鬼が二人を門の中へと誘うので、

赤鬼の後に付いて両脇を屋根付きの高い塀に囲まれた狭い通路を暫く進むと、


「此処で暫くお待ちください」

赤鬼は二人を通路に待機させると目の前の角を曲がり立ち去る。


「私達これからどうなるのかしら?道英さんと離れ離れになるのは怖いわ」

「ええ。それは私も同じ気持ちです。

お互いに悪いようにはならないと思うのですが……」 


二人が不安そうに話をしていると直ぐに先ほどの赤鬼がやって来て、

「あなた方の順番を次に入れました。

閻魔大王様に呼ばれ次第お呼び致しますので暫くお待ちください」

赤鬼はそう言うと道英たちに背を向け通路の先を見つめている。




           続く

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