第5話

「もう直ぐなのね……息が苦しいわ」

良子は道英の左腕を両手で自分の胸元に握り締めている。


「はい。私は胃が痛いです」

二人の心臓は鋼の様に硬くそして“ドキン、ドキン”と

胸から飛び出してくるのではないのかと思えるほど

大きな音を立て激しく鼓動している。


 「閻魔大王様がお呼びです。こちらへどうぞ」

赤鬼が振り向き二人を角の先へと勧める。


その言葉に二人共、ドキン!と息が止まるかと思う程緊張しながらも、

恐る恐る鬼の後に続き直ぐ傍にある角を曲がると、

閻魔大王が台座の上にあぐらをかきこちらを見ている。


「うわっ!」

「えっ!」

二人は奈良の大仏ほどの大きさのある閻魔大王の大きさに度肝を抜かれ、

立ち止まり思わず声を上げてしまった。

(なんて大きさだ!閻魔大王はこんなに大きいのか!)


道英は飲み込まれそうなその大きさに恐怖を覚え言葉も出ない。

それは良子も同じで、道英の左腕を更にギュッと強く握り締めて抱え込み

道英の後ろに隠れるようにして、恐る恐る閻魔大王を見ている。

道英はそんな良子の手を上からそっと優しく押さえた。


 閻魔大王は二人を見据えたまま、

「巻物を持て」と記録室長に言うが、

記録室長は身体を寄せ手を繋いでいる二人の姿を見て驚き、

二つの巻物を持ったまま身体を震わせて動けないでいる。


「どうした!早くしろ!」閻魔大王が記録室長を叱咤すると、

「は、はい。何故か巻物が二つになっております」

記録室長はガクガクと小刻みに膝を震わせ立ちすくんでいる。


「なに!巻物が二つあるだと!二人は夫婦ではないか、

何故一つに合筆されていない」

閻魔大王が記録室長に強い口調で問いただすと、

記録室長はさらに激しくガタガタと身体全体を震わせ目は泳ぎ今にも倒れそうだ。


 成り行きを見ていた道英は閻魔大王に恐る恐る声を掛ける。

「恐れながら申し上げます」

「ん!?」

「閻魔大王様は今、私たちの事を夫婦だと言われましたが、

私たちは夫婦ではありませんけれど……」と、恐る恐る閻魔大王に伝えた。


「なに!夫婦ではないと!ならば何故お前達は手を繋ぐ事が出来ている。

夫婦でなければ、お互いに手を繋ごうとしても手を繋ぐ事など出来ない筈だ!」


(何故だ!

竜の道から来た者が嘘をつく訳がないし、嘘をつく理由も無い…………)

閻魔大王は手を繋ぐ事が出来ているにもかかわらず、

夫婦ではないと言う道英の申し出に驚き、

腕を組むと目を閉じ考え込んでしまった。


 道英たちはどうすればいいのか判らず閻魔大王を見ているが、

記録室長は自分たちがとんでもない記録違いをしてしまったのかと、

震えながら事の成り行きに戸惑いを隠せない。


 長い沈黙の後。

「おそらくあなた方二人は人間界で夫婦に成る筈だったのでしょう。

手は繋いでいるが巻物が二つあると言う事が、

夫婦ではなかったと言う何よりの証拠です。


何かの原因で、あなた達は夫婦となれなかったのでしょう」

閻魔大王はそう結論付け今度は優しく告げた。


 それを聞いた記録室長は自分たちが

記録間違いをしたのではなかった!と、

安堵したのか放心状態となり、


「う~ん……」と、うなり声をあげ卒倒してしまう。

「あっ!室長様!」副室長が記録室長を抱えるが

記録室長は白目になったまま気絶していて動かない。


「なんだ!気絶したのか!情けない……

それとあなた方にお願いがあります。

あなた方は夫婦とならなくてはいけなかったのです。


申し訳ないのですが、

もう一度人間界へ降りて、お互いに人生をやり直してください。

そして私の為にも元気な子供を頼みます」

閻魔大王は二人を見ながら優しく告げた。


「えっ!」二人は同時に驚きの声を上げ、

(人間界へ降りて人生をやり直す?極楽へ行けるはずでは?……)

極楽を楽しみにしていた道英と良子は閻魔大王の言葉に戸惑っている。


 そんな二人の思いとは裏腹に閻魔大王は、

「副室長!お二人にもう一度人間界へ戻って頂くように。

そして次は間違いなく夫婦となれる様取り計らう事。

それと二人の巻物は破棄せずにそのまま続けて使用する事」と、告げた。


 「えっ!お互いに夫婦に成る?そう言えば元気な子供を、って……」

道英が良子を見ると、

「はい。閻魔大王さまは私の為にとも、おっしゃっていましたね……」

良子も驚き、二人は目を見合わせて首をかしげた。


 「はい。解りました仰せの通りに」副室長は、そう返事をして

閻魔大王の指示に従い色々な場所へ案内をするために待機している

二十歳くらいの複数の女性の内、紫地にさくらの花をあしらった振袖を着ている

女優の黒木瞳によく似た小柄な女性に引継ぎを依頼する。


「すみれ様、お聞きの様に、この方たちにもう一度人間界へ戻って頂き、

次は間違いなく夫婦と成れるように取り計らって頂けますか」

「はい解りました。それではお二人共私に付いて来て頂けますか」

すみれは笑顔で優しく言う。


 道英たちは事の成り行きに混乱しながらも、

その女性に付いて行こうとしたその時、


 「あ!副室長さま。お二人を人間界へ戻すのは最初からにしましょうか?

それとも何処か途中に割り込ませましょうか?」と同時に閻魔大王が、

「次!」と催促をする。


しかし記録室長が気絶したままなので、

副室長は事の成り行きに混乱していて、

「それはすみれ様にお任せします。私は行かないと」

そう言い残すと急いで次の巻物を持ち閻魔大王の元へ行ってしまう。


 「あら!仕方がないわね……それでは行きましょうか」

すみれは二人を連れ建物の間にある路地を進むが、道英は歩きながら、

「あの……すみれ様」

「はい。何でしょう?」すみれは振り向き笑顔で道英の目を見た。


「つかぬ事をお尋ね致しますが、

私たちはこれから人間界へ戻りお互いに夫婦と成れ。

と、言われたのですが、

お互いに若かった頃に戻ると言う事なのでしょうか?……」


                  続く

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