第6話

「いえ、時間を遡る事は出来ませんので、

あなた方はこれから人間界に

もう一度赤ちゃんとして生まれ変わって頂きます。


その際、あなた方の今の記憶は私があなた達に残しておきますから、

お互いに出会って夫婦と成られて下さいね」

すみれは歩きながら笑顔のまま優しい口調で答えた。


「あ!そうなのですね」二人は納得をするが、

道英は自分たちと同じ人間の姿で

“すみれ様”と呼ばれている振袖を着た女性がとても気になる。


「もう一つお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか?」

「はい。何でしょう?」すみれは歩きながら笑顔で振り向き道英を見る。


「私たちは今まで鬼さんたちとばかりお会いしてきました。

しかしすみれ様は私達人間と同じ姿をされていますよね……

それはどうしてなのでしょうか?」


すみれは歩きながら、

「それは私が此処の世界とは別の世界から来ているからです。

私は皆さまを閻魔大王様の言われる場所へ案内をするのが今の私の仕事なのです」


すみれは、竜の道から来る事が出来た者は

閻魔大王様に地獄へ落とされると言う事は無く、

鬼ではなく間違いなく私たちに

仏の世界へお連れするように。と、言われることは決まっている。


しかしその際、少数ではあるが神や菩薩となるように言われる者も居る。

本来であれば極楽か、それ以上へ行けたはず。

そう思うと今回人間界へ戻される事になってしまったこの二人が、

余りにも不憫で、聞かれたことにだけを簡素に伝えた。


「あ!そうなのですね……」二人は深く考えず、その言葉に納得している。

と、その時、

「あ!そうだ!」すみれは立ち止まり大きな声を出して道英たちの方を向き、


「お二人を受胎所と呼ばれる、

赤ちゃんたちが人間界へ降りるのを待って居る場所へ

お連れしようと思っていたのですが、

それよりも良い所が有りますのでそちらにしましょう。こちらへどうぞ」


すみれは二人を受胎所へ連れて行って、

いつものように受胎を待つ赤ちゃんの列の最後尾に並ばせるのか、

それとも少しでも早く人間界へ戻れるように列の途中へ割り込ませるのか

思案していたが、それよりも良い所を思い付いた。


 すみれは二人を連れ、

少し引き返すと路地を曲がり更に移動して小さな工房の前で立ち止まる。


「直ぐに戻りますので此処で待って居て下さい」

そう笑顔で優しく告げ工房の中に入るが、

直ぐにすみれは大切そうに二本のロウソクを手に出てきて

二人を連れ工房を後にした。


  再び高い塀に囲まれた路地を抜けると広場になり、

鬼が二人で門番をしている門をくぐり

高い塀に囲まれた路地を進み橋を渡る。


「先ほどの門と、あちらにある門の間にあるこの空間は

どちらにも属さない世界です。

そしてこの橋の先にあるあの門からまた世界が変わり、

その先は死神の居る世界となります」と、橋を渡りながら説明をした。


「えっ!死神の世界ですか!」二人は死神と聞いて驚きを隠せない。


死神と聞いて驚く二人にすみれは微笑みながら、

「死神と言っても、こちらの世界では

あなた方の思っている様な怖いと言う事は無くて、

同じ仕事仲間なのですけどね……


あ!同じ仕事仲間と言っても

私達菩薩は双方の行き来は自由なのですが、

死神は私たちの世界には入れないのですけれどね……」


「えっ!すみれ様は菩薩様だったのですか!」

二人はすみれが菩薩だったのか!と顔を見合わせ驚いていると、

「あ!菩薩と言っても私はまだ菩薩の修行中と言うか、見習いですから……」

すみれは謙遜するが、


「いえいえ。修行中でも見習いでも菩薩様であることには変わりは無いと思います」道英がそう言うと良子も横で頷いている。

その言葉に、すみれは謙遜しながらも、

満更でもない気持ちになり、嬉しそうに笑顔を見せながら建物の間を進む。


 暫く進むと、その死神の住む世界の入り口にある門まで来たが、

門番も誰も居なくて簡単に中に入る事が出来た。


「つぼみ、来たよ~」すみれはすみれと同い年で

人間の姿をしている同期の女性に声を掛けた。

「は~い。あら!すみれ!今日はお客さんが一緒なの?」

つぼみは、いつも一人で遊びに来るすみれが

二人も連れて来ているので驚いて二人を見ている。


「そうなの、今日はこのお二人を人間界へ戻すの」

「へぇ~そうなの……初めての事ね」

「そうね。こんな事は初めて。でも大丈夫よ。やり方は解っているから」

すみれは肩をすくめながら言う。


「そうそうつぼみ、昨日話していたあの大学生の男の子と

高校生の女の子、もうそろそろだったわよね」

「うん。でも女の子は先ほど死んじゃったけれどね」


つぼみが手を延ばすとロウソク台がフッと手元に現れ、

そのロウソク台をすみれの目の前の棚に置き、肩をすぼめた。


「えっ死んじゃった!先ほどっていつ!」

「今さっき」

その言葉にすみれは驚き、

女の子の寿命とされるロウソクが燃え尽き無くなっているロウソク台を触ると

まだ温かい。(まだ間に合う……)


「男の子の方はどうなの?」

「男の子はまだ少し時間があるわね」

つぼみはまだ火の点いている男の子のロウソクも手元に寄せると、

女の子のロウソク台の横へ置いた。


「つぼみ、女の子はまだ間に合うと思うから行くわ」

すみれは、そう言うと持ってきた引継ぎ用のロウソクを

消えたロウソク台の上に立てながら、


「貴方は此処で待っていてください直ぐに帰りますから。

貴女は私とこれから人間界へ行くわよ!時間が無いから急いで!」

と、良子を反対側にある崖へと急がせた。


 崖の淵に立ち、

「後ろで私の帯をしっかりと握って!」すみれは良子にそう言うと、

(え~っと、何処だったっけ……)

すみれは両腕を差し出し崖下にある濃い霧をかき分けるような仕草をして

女の子の居場所を探す。


そして霧の隙間から直ぐに女の子を見つけ、その場所を特定したすみれは、

「今から1,2,3で人間界へ飛び降ります。私の帯を絶対に離さないように、

もしも途中で私と離れてしまうと

貴女は次元の狭間で永遠にさまよう事になりますよ」


「はい」良子は飛び降りると言う言葉に驚きながらも、

しっかりとすみれの帯を掴んでいる。

「行くわよ」

「はい」その返事を聞くとすみれは、

「1、2、3」と声を掛けて崖から人間界へと飛び降りた。


すみれは目を守るように両腕を顔の前に置き、

その両腕の隙間から女の子の居る場所を外さない様に見つめながら落下していく。


良子はドキドキしながらも目を閉じ、しっかりと帯を掴むことに集中している。


              続く

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