第25話

 瀬戸内海は潮の流れを味方にしなければ

快適な旅は期待出来ない。


大志は潮の流れを計算して停泊や出発時間を決め、

さくらにヨットを進める方向を指示すると、

さくらは指示された方向へ楽しそうに操船していく。


「あ!そうそう。愛媛県の松山市にある

三津浜と言う所でヨットに燃料を入れるのですが、

お孫さんたちを五島列島への旅へ誘ってみては如何でしょうか」


「えっ!喜ぶとは思いますけれど、

急ですし、長期間の旅は難しいと思います。

帰りに松山へは寄られないのですか?」

「いえ。帰りに再び松山へ寄って燃料を入れますけど……」


「あ!それではお土産を買って、帰りに娘や孫達に渡します」

「あ!それは良いですね」


 さくらは都会の騒音や人の波から離れ、

聞こえるのは船首で波を切り開く波の音だけの、

風の力で静かに走るヨットは夢心地で気持ちがいい。


そして大きな客船と違い、

ヨットの船尾にある海へ出入りするための梯子を使い、

少し手を延ばすと手のひらにキラキラと輝く

冷たい海水を手に取る事が出来るし、

足を海水に着けるとまるで人魚になった様な気がしている。


風を受けている時は勿論音もなく静かに走るのだが、

エンジンを掛けても意外と静かに走る

この素晴らしい夢のようなヨットの世界が大好きになった。


そして何よりも二人だけの時間が

止まっている様な感じがしてとても気に入る。


行きかう他の船や島々の説明を受けながら

時間を気にせずに眺めるヨットでの旅に、

さくらは夢心地だ。


抜ける様に青い海や緑豊かな島、

そして夕焼けや朝焼けを眺めながら

色々な島での食事や停泊。


時間を忘れて大志さんと世間話をすると言う

こんな素敵な旅が出来るなんて、

今までの私の人生は何だったのだろう……。


さくらは忙しく子育てをして来た人生を振り返っている。

それはそれで充実した人生ではあったのだけど、

全く違う新しく素敵な人生を見つけた様な気がしている。


やがてヨットは針尾瀬戸と雰囲気が似ている

花栗瀬戸を抜け松山へと向かう。   


 そして松山の三津浜へは15時に着いた。

連絡を入れるとタンカーがやって来て

燃料を入れてくれて静かな松山での夜を迎える。


 さくらはこの頃になると、

ヨットの着岸の為のフェンダー(防舷材)の付け外しや

舫いの取り方、セールの調整方法も覚えて来たし、

多くの時間ラットも握る事が出来て毎日がとても楽しい。


 関門海峡を抜け福岡や呼子など素敵な場所で

食事や温泉に浸かりながら、本命の五島列島の奈良尾へ着く。


五島列島は大きな島や小さな島が入り乱れ、

島と島の間の瀬戸と呼ばれる狭い運河が多い。


 大志は島の間を縫う様にとさくらに言うと

さくらは狭い運河に沿ってヨットを走らせ、

色々な島の湾奥深くまでヨットを進める。


 特に入江奥での静かな場所でのアンカーリング、

(錨を海底に落としてヨットが動かないようにして泊まる)は、

桟橋とヨットが接触する音や、

浮き桟橋の可動部分のキイキイと言うキシミ音も無く、

静かに昼寝や停泊が出来てさくらの1番の停泊スタイルとなった。 


 五島列島には沢山の小さくて可愛い教会があり

野崎島では可愛い小鹿も多くいるし、丘の上の教会では

丁度大学生たちが遊びに来ていて備え付けのオルガンを弾いている。

さくらはその女の子たちと直ぐに仲良くなり話が尽きない。


 大志は緑豊かな地で大の字になり

抜けるように青い空を突きさす様に建っている教会を見ながら、

隠れキリシタンの人たちの事を思い出している。


日本は自然に守られ沢山の神様により生かされていると説く。

木を切れば植林をして自然を守り

その人が幸せだと思うのであれば

流派を問わないと言う考えの元、他の宗教をも容認した。


しかしキリスト教伝道師の本当の目的、

日本を植民地化すると言う事から

日本を守るためとは言え

本当に悲しい出来事だと大志は心を痛めている。


しかしさくらは本当に綺麗な空と海

可愛い教会を見て夢心地の様だ。


さくらもこの事実は知っていると思う。

さくらは過去の歴史は忘れないが

素直に前を見て進もうとしているのだろう。


楽しそうな笑顔のさくらを見て

自分も今ある幸せをかみしめようと思う。


 そして色々な漁港で

多くの人たちからの支援を受けたり、

お土産を交換し合ったり世間話をすると言う

夢のような五島列島の旅はあっと言う間に終了し

再び松山の三津浜港へ帰り着く。


此処でヨットへ燃料を入れ、

さくらの娘さんやお孫さんたちにお土産を渡すと皆大喜びで

ヨットの上は大宴会となった。


 朝が来て再び瀬戸内海の島々を訪ね進み

二十四の瞳で有名な小豆島へ着く。

小豆島で丸1日観光し終えた二人は

ヨットの中でシャワーを浴びてベッドの中へ潜り込むと、


「明日は朝の9時に此処を出ますね。

途中明石で一泊してハーバーへは

明後日の15時頃に帰り着くと思います」

と、いつもの次の日の予定を言う大志の言葉にさくらは、


「今日まで沢山の港に寄って

色々な方にとても優しく親切にして頂きました。

私はこの御恩をどうやって返せばいいのかしら……」


さくらは大志の顔を見ながら、色々な思い出と共に

多くの人たちへの恩返しも出来ないままに

別れてしまった事を悔やんでいる。


「さくら、そんなに考え込まなくてもいいと思いますよ。

旅先で出会った方々は見返りを求めて私たちの手助けや

お土産を渡されていらっしゃるのではないそうです。


そうではなく、私たちの手助けをすることで

旅に参加されていらっしゃるのだと聞いたことが有ります。

ですから、この御恩は私たちが旅のお話をしたり、

いつの日か出逢う人たちを助けたり

思いやる事で果たされると思います」


大志は同じ気持ちになったことが有り、

さくらの気持ちは良く解かる。


大志は以前、四国八十八ケ所巡りをしている

お遍路さんを接待している人から聞いた話を

さくらの目を見ながら優しく伝えた。


「ほんと!そうですね!」

さくらは吹っ切れたように明るく言う。

「それと、夏休みって本当に魔法の様に

一瞬で、あっと言う間に終わるのね……」


さくらは、楽しい時間は本当に短く感じて

胸が締め付けられる感じがしている。


「本当に楽しい時間はあっと言う間ですよね……」

大志もこの素敵な時間が

もう終わってしまうのかと思うと寂しくなっている。


「大志さん、大志さんはこの旅が終わった後は

どうなされるのですか?」

さくらは寂しそうに大志を見つめながら言う。


「そうですね……

私の夏休みは9月いっぱい有りますのでさくらを家に送った後、

再びハーバーへ戻りヨットの手入れをしようと思います」


「………………」さくらは長い沈黙の後、

「私、高校を中退しようと思うの」

「えっ!どうしてですか?」

大志はさくらの言葉に身体を起こす。


「私思ったの、お互いに一度は全うした命だったでしょ」

「はい」

「それを閻魔大王様に夫婦になる様にと言われて

再び命を頂きましたよね」

「はい」


「勿論、大学へは行きませんが、

高校も何故行くの?なんて思うのね。

このまま大志さんと一緒に暮らしたい……」


「ええ……そう言われればそうですよね……

私もさくらと一緒に暮らせるのなら嬉しいです。

私の就職先も決まった今、

大学へ行き続ける必要があるのかと思ったりしています……」


「えっ!では高校を中退して

大志さんと一緒に暮らしてもいいかしら!」

さくらも上半身を起こし、嬉しそうに大志を見つめている。


「ええ。でも、さくらのお父様とお母様にお話しをして

許可を頂けたらですが……」

「はい。さくらさんのお父様とお母様は私が説得します」


さくらは説得する自信があるのか明るく言う。

大志も自分の両親も説得しなければいけないが、

就職先が決まったと言えば何とかなるかもと思う。


「そうそうさくら、

ハーバーマスターのご両親が住まれている家を

売却すると言う話を聞いています。


ハーバーから歩いて20分程の所なのですが、

まだ売却されていなくて値段が合えば、

その家を私たちの家として買うと言うのはどうですか」


「まあ!素敵なお話ですこと。

私は大志さんの後に付いていきます。

大志さんの思う様にされてください」

さくらは大志の目を見つめ嬉しそうに言う。


「では、まだ家が売りに出ているのかどうか

帰ったらマスターに聞いてみますね」

「はい」さくらはいよいよ新しい生活が始まるのだと期待する。


しかし肝心の子供を儲けると言う事については、

お互いに自分からどう見ても

孫のようにしか見えない相手に、

どうしてもその気になれないでいる。


                続く

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