第24話

 家に着いた大志は驚く父に車ではなく

ヨットで旅をすることになったと告げ、

旅に必要な物を積み込み再び高速道路に乗る。


 大志たちが4時前にハーバーへ着くと、

既にヨットはドック前に浮かんでいた。


「城中さん、こんにちは」

新田が笑顔でヨットの上から大志たちを迎えてくれた。

「こんにちは。お世話になりました」

大志とさくらはヨットの横で頭を下げる。


「船底はまだ綺麗でしたが軽くサイディングをして、

ハル(船体)はワックスがけをしておきました。

燃料タンクと清水タンクも綺麗でしたが、

念のため両方のタンクとも内部清掃を済ませています。


その他の点検整備も全て終了していて、

後は燃料と清水を入れればいいだけになっています」



「それは、ありがとうございます」

大志とさくらは笑顔で新田に挨拶をして

ヨットに乗り込み、

大志はエンジンを掛けるための点検などを済ませて

エンジンを掛け簡単な点検を行う。


そして大志がラット(ハンドル)を持ち、

ガススタンドがある場所へ移動しようとギャーを入れると、


(えっ!この子、此処は初めてでは?……)

「あ!私が移動させましょうか!」新田が言うが、

「あ!ありがとうございます。でも大丈夫です。

ガススタンドの場所は分かりますから」


大志は笑顔で言うとガススタンドに移動させ

燃料や清水を満タンにすると、

再び狭い水路を愛姫のバースに向け

右に左にと操船をして行く。


(う~ん……うまい!離岸はともかく着岸は難しい……

此処を初めて操船のはずなのだが、

まるで自分の船をいつもの場所へ持って行っている

と言う風に見える。

うちのスタッフでもここまで上手く操れない……)


新田は、モーターボートやヨットが乱立しているので

愛姫のバースは何処にあるのか判りにくいと思うのだが、


離着岸を簡単にこなし

迷いもなく愛姫のバースへ操船して行く大志に舌を巻く。

(だが、愛姫のバースへのアプローチは難しいぞ……)


愛姫のバースはクラブハウスから一番近い入り口ゲートの前だ。

嫌な波も入らず荷物の積み下ろしなど便利がいい反面、

マリーナの一番奥にある為に狭い水路を進まなければいけないし

当然アプローチにも時間が掛かる。


しかもフローティングショーが終わったばかりで、

まだ引き取られていない船が2艇あり

愛姫のバース前はいつもより狭くなっている。

新田はこの子が、この局面をどう裁くのか興味津々だ。


「まだフローティングショー後の船が

バース前に有りましたので此処で回しておきますね」

大志は事無げに言うと回頭を始めた。


(えっ!この狭い此処でか!!!

このスピードでの回頭は無理だ!?

一歩間違えると周りの船を巻き込むぞ!)

新田は目を丸くしている。


しかし新田の驚いている間に大志はパワースライドスピンで

一気に180度回転させてバックで水路を進む。

(うお~~!あの狭い場所でパワースライドスピンか!……


広い場所ならともかく、

水路が十字に交差した部分で一時的に広くはなるが

愛姫は船の長さが37フィート有る。


前後1メートル合わせて2メートル程しか余裕のない

あの場所でのパワースライドスピンは、

この船の癖を熟知していて船を信頼し

腕と度胸が無ければ無理だ!……


道英社長の得意技だが、俺には出来ない……

国内でも、この狭い水路内であれが出来る者は限られるだろう……


道英社長が亡くなられたのでもう見ることは出来ないと思っていたが

久しぶりに見た……大学生だよな?この子……道英社長の一番弟子か……


これからこちらへ顔を出してくれると言う事なので

これからはいつでも会えると言う事だな……

これは、これからここに来て

この子と話をするのが楽しみになったぞ……


そうだ!回航の矢野さんがもう年だと言っていたから

この子に回航を頼むこともできるかもしれないな……)


「城中さん、初めての場所だと思うのですが、とてもお上手ですね」

新田は狭くなっている愛姫のバースへも

簡単に入れてしまった大志に驚きを隠せないでいる。


「いえいえ。社長さんから操船は色々と教えて頂きましたので……。

後は私が済ませておきますので本日はありがとうございました」

大志は頭を掻き謙遜しながら新田にお礼を済ませると、


「さくら、ヨットの上では裸足の方も多いですが

私は足のケガなどを防ぐ為にも靴を履くことをお勧めしています。


チークデッキ専用の靴や濡れても直ぐに乾く服や、

下着などを購入しに行きましょう。

ヨットの中にある私の服や靴もサイズが合わないので

買い替えなくてはです……」


大志は笑顔でさくらをクラブハウス内にある用品店へと誘う。

「あ!そうなのですね」さくらも嬉しそうに大志の後に続く。


 二人で靴や洋服などを手に入れヨットに帰り着くと、

「お荷物をお持ちしました」

4人ほどの配達員が箱を抱えヨットの傍へやって来た。


「あ!ありがとうございます。

そこへ置いて頂ければ後はこちらで積み込みますから」

大志がそう言ったものの、

食料や飲み物などが次から次へと運ばれてくる。


(えっ!道夫は一体何日分注文した!?

この量は1カ月では食べきれないし飲み切れないぞ!)

その量に驚くが運ばれてきたものは仕方が無い。

さくらと手分けしてヨットの中へと運び込む。


「こんなに沢山!?」

さくらも運び込まれる食料や飲み物の多さに笑顔で驚いて見せる。


「地方の港では食料調達が難しい場面が多いから

道夫なりの思いやりだろうね」大志はおどけて言うが、

(しかしそれにしても量が多くないか?道夫……)


「ほんと!食べ物と飲み物には困りそうにはないわね。

道夫さんって本当に優しい方ね」

両肩をすぼめ道夫の思いやりに笑顔で感謝して

さくらは道夫の思いをヨットに詰め込んでいく。


「やれやれやっと積み込みが終わりましたね。さくら」

「はい。積み込みは大変でしたが

食べ物や飲み物が沢山あると言うのは素敵な事ですよね。


それに私、

今までヨットにエンジンが付いているなんて知りませんでした。

シャワーもあるしトイレも有って家の中みたいなのですね。

木目も綺麗でヨットの中がこんなに広くて素敵だとは知りませんでした」


さくらはヨットと言えば、オリンピックに出て来る

二人で動かす屋根のないカヌーのような物しか知らなかった。


さくらは素敵な動く別荘の中で暮らすような気がしているし、

沢山の食べ物や飲み物を目の前にして満足そうだ。

 

「ヨットと言っても色々な種類が有りますからね。

このヨットを気に入って頂けて私も嬉しいです」


大志はさくらが、

この新しい環境に直ぐ馴染んでくれたことに喜びを感じ

心から嬉しく思っている。


「少し早いですが、

積み込みも終了しましたので、家に帰りましょうか。

二人を待たせる訳にはいきませんから」

「はい。そうですね」

さくらも帰りがあまり遅くなっては二人に迷惑になると思う。


 大志は帰りの車の中で、

「ヨットでの旅となりましたので北ではなく西へ向かって、

瀬戸内海の小さな島々の港へ寄って美味しいものを食べたり、

色々な景色を眺めたりしながら瀬戸内海を抜けて

五島列島へ行くと言うのは如何ですか?


瀬戸内海や五島列島の海や景色は最高に綺麗で素敵ですよ」


「瀬戸内海の小さな島巡りと五島列島ですか!

私、瀬戸内海の島々や五島列島には行ったことが無いの!

綺麗な海もみたいわ。それはとても楽しみです」


さくらは夢のような景色を想像して

両手を胸に当て瞳を輝かせている。


「それは良かった。きっと素敵な思い出になると思いますよ」

大志はさくらが本当に楽しそうに言うので嬉しい。


「はい。間違いなく私の最高に素敵な思い出になると思います」

さくらは大志の申し出に子供の様に心躍らせ今夜は眠れそうもない。


 そしてその夜。

大志はヨットの旅となったので、行先を変更して

瀬戸内海を抜け五島列島へ行く事にしたと報告をすると


道夫とみどりは自分の事の様に喜び

五島列島行きに大賛成をしてくれた。


 そして朝、食事を済ませると道夫とみどりが

大志たちをハーバーまで送ってくれて道夫が、

「城中さん。これを受け取ってください」

と、封筒を手渡す。


「えっ!これはなんでしょう?」

大志が中身を見ると200万円入っている。

「えっ!これは……」


「そのお金は城中さんの就職祝い金と支度金の100万円と、

一応1か月分のヨットの燃料代や経費として

100万円を入れてあります。


途中でお金が不足しましたら

連絡を頂ければ送金しますので遠慮なくどうぞ。


もしお金が残りましても返金の必要などはありません。

それと、途中で大きな修理費などが発生しましたら

連絡をください。


もしも修理金額が少額で立て替えなどして頂けましたら

領収証を保管されてください、後ほどお支払いいたしますので」


「いえいえ。そこまでしていただく訳には……」

大志は自分の船なので何がどうなっているのか

全てを把握しているし、


旅の途中で何か問題が発生しても

自分たちで何とかしようと思っている。


「いえ、今回の旅は社の一環として城中さん達が、

私の父も一緒に連れて行ってくださっているのだと思っています。


それと、ヨットの修復歴は全て記録をしていますので、

よろしくお願いいたします」道夫とみどりは深々と頭を下げる。


「お心遣い本当にありがとうございます。

道夫さんとみどりさんの思いやりにお父様も深く感謝していると思います。

ありがとうございました。このお金も有難く使わせていただきます」


大志は道夫が、

思いやりのある人間として育っていてくれた事を本当に嬉しく思っている。


 そしてマスターや道夫たちの見送りを受け

バースを離れハーバーを後にする。


「道夫さんは本当に優しくて

思いやりがあって素敵な人ですね」

さくらは大志たちの話のやり取りを聞いて感動していた。


「はい。いい子に育ってくれたと思っています。

みどりも本当によく気が付く素敵な子ですし、

その他の子供たちも皆明るくて仲が良いのが何より嬉しいですね」


「ほんと!ご家族全員仲が良いと言うのは

見ていて気持ちが良いですよね」


「それとこの就職祝い金と支度金は独身者であれば50万円、

世帯者であれば100万円と社の規定で決まっているのですが、

道夫達は私たちを世帯者として対応したようですね」


「えっ!そうなのですか!」

「はい。ですので、これからお金の管理は

さくらに任せますのでよろしくお願いいたします」


そう言って大志はお金の入った封筒を

頭を下げながらさくらに手渡す。


「はい。こちらこそよろしくお願いいたします」

さくらも頭を下げながら両手で受け取ると

大切そうにバッグの中へ仕舞う。


「いよいよ旅の始まりね」

「はい。まずは明石大橋を目指しますね。


いい風が吹いていますのでメインセールと呼ばれる

真ん中の大きい帆と、ジブセールと呼ばれる

ヨットの前側にある帆を広げようと思います。


さくら、このラットを握って

このままヨットを進めてくれますか」

大志はオートパイロット(自動操舵)にして作業するよりも

さくらに操船の楽しさを体験してもらいたいと思う。


「はい」

さくらはラットを握り操船すると言う

初めての体験にワクワクドキドキしている。


大志はさくらにラットを任せ、

メインセールを電動スイッチを押して展開し

続いてジブセールも電動スイッチを押して展開する。


そしてエンジンを止め、さくらの横に座ると

さくらはラットを握ったまま大志にそっと身体を預けた。


             続く。

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