第23話
「大志さん、とても素敵なお話だと思います。お受けしましょうよ」
さくらは今、大志が返答を渋っているのは
私が記憶を戻した時と同じ気持ちだと理解している。
そしてあの時、大志さんが
私の背中を押してくれていなければ今の私は無かった。
今度は自分が大志さんの背中を押す番だと思っている。
「では、もしもそちらへ就職をして、
このヨットの管理を引き受けたとします。
でもこのヨットもいつまでも使える訳ではありませんよね。
買い替えと言う事も有るかもしれませんが、
いつかは売却処分と言う事になると思います。
もしもヨットの管理が無くなった時、
私の仕事はどうなるのでしょうか?」
「そうですねぇ~……」
そこまでの答えを考えていなかった道夫は返答しかねている。
「あなたの会社で引き続き
掃除か何か雑用ででも使って頂けるのでしょうか?」
「そうですね。万が一ヨットでの仕事が無くなった場合は、
私の会社で働けるように配慮致します」
「良かったわね。大志さん」
さくらは早く決めろと言う様に押してくる。
と、その時、
「あ!そうだ!貴方達、車で旅をされていらっしゃるのよね。
車ではなくこのヨットで旅をされたら如何ですか!
海の上は涼しいし、渋滞も無くて快適よ。ねえ貴方」
みどりは大志に勧め道夫に同意を求める。
「ええ。お二人さえよければ、このヨットを使ってください。
その方がヨットの為にも良いと思います」
道夫もみどりの意見に笑顔で賛成をする。
「えっ!こんな素敵なヨットで旅が出来るの!嬉しい!
大志さん、お二人の厚意を喜んでお受けしましょうよ」
さくらは大志の全ての不安を吹き飛ばすような勢いで言う。
大志もさくらに嬉しそうに言われては断る訳には行かない。
「ありがとうございます。では、大学を卒業後
そちらへ就職すると言う事でよろしくお願いします。
そして、お言葉に甘えましてヨットをお借り致します」
「あ!城中さん、城中さんは船舶免許はお持ちでしょうか?」
「はい。1級小型船舶免許を持っています」
「それは良かった。それと無線の免許はどうでしょうか?」
「国際VHFを持っています」
「あ!そうですか!それは良かったです。
それと、もしよろしければこの後、
我が家へご招待したいのですが、来ていただけますか?」
大志がさくらを見ると行きますと言う様に
首を縦に振っている。
「はい。それではお言葉に甘えまして」
大志はそう言うとエンジンを止め、
スイッチやバルブなどを全て元通りにして
ヨットを降り道夫達の車の後に続く。
「さくら、先ほどは気を使ってくれて本当にありがとう。
さくらが私の為に気を使い、後押しをしてくれたのは良く解った。
お陰で心残りだった会社の引継ぎや
愛姫を可愛がることが出来るようになりました。
さくら、本当にありがとう」
「いえいえ。こちらこそ出しゃばったマネをして失礼を致しました。
申し訳ありません」
さくらは一方的に話を進めた事を気にしていたのだが、
大志の言葉に安堵する。
「いえいえ。さくらが居なくて私だけだったら
多分重い気持ちを引きずったまま別れていたと思う。
本当にありがとう。
それと今度は車ではなくてヨットでの旅となりますが
大丈夫ですか?」
「ええ。私なら大丈夫です。海は好きですし、
何よりもあんなに素敵なヨットで旅が出来るなんて
本当にワクワクしています。
大志さんがヨットの免許をお持ちで良かったですね」
さくらは思いがけない予定変更に心躍らせている。
「ヨットの旅を喜んでいただいて良かったです。
ヨットの免許ですが、
私がヨットなども操船できる船の免許を見つけた時に
大志君のお兄さんから
大志君が大学1年の時に大志君の友人から船の免許を取らないか。
と誘われて2級小型船舶免許そして1級小型船舶免許と取得され
無線の免許もその時に取得されたと聞きました」
「あら!そうだったのですね。」
「まさかヨットでの旅になるとは思わず、
船の免許証や無線機などを家に置いたままなので
明日、船の免許証などを取りに岡山へ帰ろうと思います。
明日は出港準備もしなければいけませんので
少し慌ただしくなりますが大丈夫でしょうか?」
「はい。どんな素敵なことが起こるのか、とても楽しみです」
さくらはキラキラと輝く瞳を更に輝かせ大喜びをしている。
やがて車は大きな門のある家の前に着いた。
「此処が私の家でした……」
「雰囲気がとても素敵なお家ですね」
さくらはレンガ造りで3階建てなのだが、
威圧感は無く見ていて落ち着く感じがとても気に入る。
「さあ。どうぞ」道夫は二人を応接室へ招き飲み物を持ってくると、
「先ほど料理を注文しましたので届くまで少しお待ちください。
夕食をご一緒しましょう」
「あ!お気遣いされませんように」大志とさくらは恐縮するが、
「今日はこちらへ泊って下さいね」
みどりは父の話が聞けることを楽しみにしていて嬉しそうに言う。
「あ!はい。ありがとうございます」
さくらは大志の話の内容や、
家がどのような物なのか気になりワクワクしている。
やがて料理が配達されると全員で夕食が始まり、
大志たちはあっと言う間に打ち解け合い話が弾み夜は更けて行く。
食事を終え、お風呂を済ませた大志たちは
ゲストルームのツインダブルベッドに横になり、
「大志さん、道夫さん達はとても素敵な御夫婦ですね」
「ありがとう。
さくらが私に最高のプレゼントをしてくれたのだと思います。
今日は本当にありがとう」
大志は、これは本当にさくらのおかげだと深く心に刻む。
「いえいえ。私こそ最高のプレゼントをして頂き嬉しかったです」
さくらもそう言うと、
お互いにこれからの素敵な日々を思い夢の中へと入った。
一方、道夫たちもベッドに入り大志たちの話をしている。
「本当に素敵な方達ですね」
「うん。父が気に入っていたのが良く解った。
話し方や仕草まで父を思い出させる。
長く一緒に過ごすと性格まで似て来るのだろうね」
「ほんと!そうですね。
お父様とお話しているみたいでとても懐かしく、
楽しかったです」みどりも目を輝かせている
朝になり朝食を済ませると道夫が、
「私たちの提案で急に旅の変更をさせてしまって申し訳ありません」
「いえいえ。こちらこそ素敵な申し出をありがとうございます。
私たちにご配慮いただきとても嬉しいです。
今日は船の免許証などを取りに一度、岡山へ帰ろうと思います」
「あ!岡山でしたら夕方までには
こちらへ帰って来る事が出来ますよね」
「はい。夕方の4時までには
此処へ戻って来ることが出来ると思います」
「では、それまでにヨットの点検整備を済ませて、
飲み物や食料などは夕方5時頃に
ヨットまで配達する様にと手配しておきますので
受け取られてください」
「それは何から何までありがとうございます」
「それと、夕食はこちらで用意いたしますので
夕方7時頃までにお越しくださいね」
みどりは大志たちとの話を楽しみにして嬉しそうに言う。
「本当に申し訳の無い事です。お言葉に甘えさせていただきます」
「我が家だと思って気楽にされて下さいね」
深々と頭を下げる大志とさくらにみどりは嬉しそうだ。
そして大志たちは高速道路で岡山へと向かう。
「こんなに早く家に帰ったら
さくらのお父様とお母様は驚かれるでしょうから、
事前に連絡をしておいた方が良いかもしれないですね」
「ほんと!1カ月の予定が3日で帰って来たのでは
何が有ったの!?って、目を丸くするでしょうから
家には寄らなくて電話で、車で旅をする予定が船になった。
とだけ伝えますね」
さくらは顔を会わせて報告するよりも電話の方が良いと思い
電話で淡々と告げると、母は簡単に了解してくれた。
「お母様解りましたですって。良かった」
さくらは笑顔で大志を見る。
「やはり電話で、と言うのは正解だったようですね」
笑顔の大志に、
「うふふ」さくらは嬉しそうに大志を見つめている。
続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます