第20話

一点を見つめ笑顔の無い男性を何故か気になった大志は

思い切って声を掛けてみる。

「こんにちは」

「こんにちは」

と、返事はしてくれるが、その男性に笑顔はない。

「すみません。チョット教えて頂けますか?」

「ん!何だね?」男性は無表情のままだ。


「私の胸には白いバラの花が付いていますが、

あちらの方たちはピンクのバラだったり

赤いバラだったりしますよね。


貴方様の胸にはバラの花が付いていないのですが、

バラの花の色などに何か意味はあるのでしょうか?」

大志は疑問に思っていた事を聞いてみた。


「うん。それは白いバラは飛び込みのお客、

ピンクのバラは一応船を買う見込みのある招待客、

赤いバラは既に船を所有している客、


僕は最近船を購入したばかりなので、

営業の見込みは無いと言う所だな」

そう言うと男性は少し笑みを浮かべた。


「へぇ~……そう言う事だったのですね……。

でもそれって営業的には失敗かもですよね。

船を買ったばかりの方でも、

いざ乗ってみると、あ!何かイメージと違う?……


実際に使ってみないと解らない事も有ったり、

やはり、こちらではなくあちらの船が良かったかも……。

なんて内心考えていらっしゃったりして


上手く営業すると買い換えて頂けるかもしれませんのに、

無視するのは勿体ないですよね」

大志は男性に笑顔が無いので話題を提供してみた。


「ん!君は若いのに面白い事を言うな。

気に入った!君は社会人かな?」

「いえ。大学4年生で最後の夏休みとなりますので

車中泊をしながら旅の途中です」


「大学4年生か……

今度僕の船で船上パーティーをするので

招待してあげるから来なさい。


それと、そちらの可愛いお嬢ちゃんは?」

「私は大地さくらと申します」さくらは笑顔で頭を下げる。

「おう!さくらちゃんか!さくらちゃんも一緒に来るように」


そう言って男性は、

「こちらの方の連絡先を聞いておくように」

後ろにいる秘書に命じる。


「誠に申し訳ございません。もしお差支えなければ、

連絡先をお教えいただけますでしょうか……。

今年の10月頃に船上パーティーを予定しております。

詳しい日程が決まり次第連絡を差し上げたいと思いますので」


大志は、出会いと言うものは偶然に訪れる物ではなく作り出すものであり、

相手の考え方や動作で良い所が有れば取り入れる事が、

自分の人生を豊かにしてくれると思っているし、その思いはさくらも同じだ。


大志は秘書の差し出す名刺を受け取ると自分の連絡先を教えた。

「それでは失礼をしますよ」

社長はそう言うと、その場を離れ歩き始める。


「誠にありがとうございます。後日出来る事であれば

船上パーティーで、お逢い出来ることを

私たち一同楽しみにしています。それでは私たちも失礼いたします」

二人の秘書は大志たちに丁寧にお辞儀をして

移動している社長の後を追う。


 そしてそのやり取りを船の上から見ていたセールスマンが、

「貴方!凄いですね!あの郷田社長様と直にお話をするなんて!」

セールスマンは興奮しながら大志に話かけて来た。


「えっ!私のような者が

気安く声を掛けてはいけないお方だったのでしょうか?」

「いえいえ。そう言う訳ではないのですが、

郷田連合の郷田社長様には市長や県知事さえ

そう簡単にはお声がけは出来ないお方です」


「あ!そうだったのですね……」大志もさくらも声も出ない。

「貴重なお話をありがとうございました」

大志とさくらはセールスマンに頭を下げるとその場を後にして、

今度はもっと小さな船の浮かんでいる所へ行く。


(やはり何億もする船よりも、手の届きそうな。

とは言っても数千万円だけど……

可愛い船の方が家族連れも多くて楽しい)

大志は明るい雰囲気に少しホッとしている。


「さくら、チョット船の中へ入ってみませんか?」

「ええ。何だかワクワクするわ。うわぁ~お家に中に居るみたい。

とても明るいし木の雰囲気がとても素敵!」

さくらはホテルの中の様に素敵な船内に目を丸くしている。


「ほんと!窓も大きくて周りもよく見えるし気持ちが良いね」

大志たちは色々な船に乗り

パンフレットが持ちきれないほどになっている。


「あ!もうそろそろ抽選の時間だ。行きましょうか」

「あら!もうそんな時間?4時だなんて言うから

待ち時間が多くて大変!なんて思っていたのに、

あっと言う間でしたね」

さくらは抽選で何が当たるのか楽しみにしている。


 抽選で大志にはサングラス。

さくらにはロープを扱う時の為の

男女1セットの指先の無い手袋が当たり、

さくらは手袋は日焼け防止になると大喜びをしている。


 素敵な思い出となった会場を後にした二人は

スーパー銭湯で汗を流し、食堂で夕食を食べた後、

道の駅で車中泊をする。


お互いに今日の楽しい思い出話に花が咲き、

夜遅くまで話が途切れる事は無かったが、

いつの間にか深い眠りに就いていた。


 そして次の日の朝、

大志たちは朝食を道の駅のお弁当で済ませると再び北を目指す。

「大志さん、今日は道路も空いているから

気持ちよく走れそうですね」さくらは朝の涼しい風に

セミショートカットの黒髪をなびかせて気持ちよさそうだ。


「そうですね。やはり車は動いている方がいいですよね……」

大志も昼間と違い朝の涼しい時間帯は気持ちがいい。

暫く走っているとさくらが大声で叫ぶ。


「あ!大志さん!ヨットハーバーですって!」

「えっ!どこですか!?」

「右のビルの横に看板が見えたわ。

昨日みたいにイベントをやっていて、

又、無料でお昼御飯が頂けるかも」

さくらは二度目のドジョウを狙っている。


「ほんと!そうなるといいですね。行ってみましょうか」

大志も乗り気でハンドルをヨットハーバーへ向ける。


「看板は見つけましたが、

ハーバーの場所がよく分からないですね~?……」

「そうね。昨日は係りの方が居てくれたから

迷わなかったですけれど今日は誰も居ないですものね……」

さくらも不安そうだ。


 グルグルと走り回るが初めての場所では良く分からない。

ナビを見ると数か所がヒットしたので1番近くへ行ってみたが

何もイベントは行われていない。


二つ目三つ目へと向かって諦めかけた4つ目のヨットハーバーで

イベントをしているのを見つけた二人は、

大喜びで駐車場に車を置き会場へと向かう。


「無料のお昼に有りつけるかしら?」

さくらは大志の顔を覗き込み、いたずらっぽく言う。

「まあ……流石に二日続けて無料は無理かもですよねぇ~……」

大志も悪戯っぽく言う。

 

大志はあまり期待をしていなかったのだが、

入ってみると意外に大きなハーバーで、

大きなイベントが行われていて

色々な食事がかなり格安で提供されている。


「さくら、此処は当たりです!食事は無料ではないですが

色々な料理がかなり安く設定されています」

「あ!ほんとだわ!嬉しいわね」

お互いに食事を早めに済ませて気晴らしに会場内を散策してみる。


 会場では船の船舶免許教室の案内や船のレーダー、

船舶の部品関係のお店にライフジャケットなどの

船に関する物の販売が行われていた。


勿論、展示船も何艇か浮かべてあったが昨日ほどの規模ではなく、

個人所有クルーザーや個人所有のヨットが多く浮かんでいる。


(ん!?)その時大志は、

ポンツーンに浮かぶ1隻のヨットが大志を呼んでいる様な気がする。


             続く。

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