第12話

「ねえすみれ。

いっそのことすみれが人間になって人間界へ行って、

二人が夫婦と成れるようにしてあげたら……」

つぼみは良い名案だと思い、すみれに言う。


「えっ!それは駄目よ!つぼみ……

私が人間になるためには理由を言って許可を貰う必要があるわ……


そんなことをすれば、閻魔大王様や他の菩薩様に

私があの二人に記憶を渡せなかったと言うのが判ってしまうじゃない……」

すみれは何とか、それは回避したい。


「それと、あの閻魔大王様が、私の為に元気な子供をお願いしますって、

あのお二人に聞いたことも無い程優しい口調で言われたのよ……


だから記録室では、あのお二人が、

閻魔大王様のお世継ぎとなるお子を産むのでは!なんて話しているの。


私のせいで閻魔大王様のお世継ぎが生まれないかもしれない……」

すみれは自分の失敗で大変なことになりそうな気がして落ち着かない。


「だったらこの遠泉から二人を再会させる“気”を送ると言うのはどう……」

「ああ~それを言わないでぇ~……他の菩薩様なら出来るけど

私はまだ菩薩になっていないから、それはまだ出来ないのよぉ~……

あと100年ううん200年は掛かるかも……」すみれは更に頭を抱える。


「えっ!まだそんなに掛かるの……」

「そう言う、つぼみはどうなの?もうそろそろ総長様の後を継ぐのではないの?」

そう言ってすみれは話を逸らす。


「そうなのよ……でもまだまだ総長様はお元気だから、

後300年ううん500年は無理かも……」

「ああ……あの爺さん元気だもんねぇ~……」


「誰が元気な爺さんなのでしょうか?すみれ様……」

その声に驚き二人が振り向くと、後ろに死神総長が居る。


「あっ!総長様」すみれとつぼみは同時に遠泉の淵から離れ姿勢を正す。

「つぼみ、お片づけは済みましたかな?」

「はい。ただいま済ませてまいります」

そう言ってつぼみが慌てて席を外すと、


「すみれ様。随分とお暇のようですが?」

総長は目を離さずすみれを見つめる。

「は、はい。これから帰るところです。それでは失礼します」

すみれは慌てて総長に頭を下げその場を離れた。


 そして一人残った総長は、

「遠泉よ、今から1年程の点検清掃に入りなさい」

「はい。かしこまりました総長様。

それでは本日只今より1年程の点検清掃に入ります」

「うむ」総長の返事を聞いた遠泉は霧を濃くして泉を閉じる。


 そして翌日、

一仕事終えたつぼみとすみれが遠泉の元に来て泉を開くように言うが、

「つぼみ様。申し訳ありませんが昨日より点検清掃の為、

1年程遠泉は使う事が出来ません」


「え~~点検清掃なんて聞いていないわよ。少しだけでも開きなさい!」

つぼみが強く言うが遠泉は無言のままだ。

「え~~どうしよう……二人は、あれからどうなったのかしら?」

つぼみがそう言うと、


「点検清掃中では仕方がないわね……あ!そうだ!私にいい考えがあるわ」

「えっ!何?何?」

「それはね。私たちの所にも遠泉と同じものがあるの、

だからそちらを使いましょ」すみれはウインクをするが、


「えっ!私は、そちらの世界へ入ってはダメだと言われているわ……」

つぼみは不安そうに言う。

「大丈夫よ。ほとんど使われていないし菩薩様たちもまず来ないから」


「え~……でも見つかったらどうなるの?」

「何か言われるかもしれないけど謝れば大丈夫」

「ん~……」

「行くの!行かないの!つぼみ!」

すみれは煮え切らないつぼみに少しイラついている。


「解ったわ。あの二人がどうなったのか知りたいから行く」

「そう来なくっちゃ~」 


 すみれは大喜びでつぼみを連れて鬼が見張っている門の近くまで来た。


「つぼみ、あの門番の鬼たちは前を見ているだけで、

私が通る時でも前を見たままだから大丈夫だとは思うけど、

念の為に私の着物の後ろへ入って隠れながら来てね」

「うん」


「それから、門の入り口には大きな敷居があるから足元に気を付けてね」

「うん」つぼみはバレないのかと心配でたまらない。


 そしてつぼみがすみれの着物の中に隠れて門を通り抜けようとしたその時、

「ん?すみれ様」着物の背中の膨らみの違和感に、門番の鬼が声を掛けた。

その声にばれてしまった!と思ったつぼみは立ち止まってしまい、

すみれの着物から身体が出てしまう。


「あっ!おまえは!」門番の鬼は大声を上げ、つぼみを追い返そうとするが、

すみれは、

「なによ!死神だってこちらへ入ってもいいでしょ!

差別じゃ~ないの。全くもう!いいわよ!」

すみれはつぼみを連れ門の外へ出て来た道を引き返すが、 

「まったくもう!」すみれの怒りは止まらない。


「やっぱり、私行くの、やめる……」

「何言ってんのよ!あの二人がどうなっているのか見たいでしょ!……」

「え、ええ……」


「つぼみ、裏門があるから、そちらからなら入れると思う」

すみれは新しく改装中の裏門なら人の出入りが多いので入れるのでは?

と思い、急いで裏門へとつぼみを連れて行く。


 しかし先ほどの門では門番の鬼たちがすみれの不可解な行動に悩んでいる。

「すみれ様は差別だとおっしゃっていたよな……?」

「ああ。確かにそうおっしゃっていた」

「まさか!すみれ様はご存じないのでは?」

「まさか!さすがにそれは無いだろう?」


「しかし死神がこちらの世界では

生きて行けないと言う事を知っていらっしゃれば、

この門から奥へ死神を連れて入ろうとはされないし、

差別だ!なんてことはおっしゃらないのではないだろうか?」


「う~ん……確かに変だよなぁ~……。

すみれ様は裏門へ行かれるかもしれない。

俺は裏門に行ってすみれ様の行動に気を付ける様に言って、

弥勒菩薩様にもこの事を伝えてくるから門番を頼んだぞ!」

「解った!」


 そうとは知らないすみれは、

既に裏門の近くで裏門へ出入りしている荷車の荷物の中へつぼみを押し込み、

通過させようとしている。


                続く


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る