第30話



 近藤勇二は母親と二人暮らしの家に帰ると早々に風呂に入り汗を流す。

風呂から上がると、母親の作った味噌汁の匂いがする。


「そうか、これは、玉ねぎの入った味噌汁の匂いやな」


 と勇二は呟く。


 小さな食卓に着くと、母親は仏壇にご飯と玉ねぎの味噌汁を供え、手を合わせていた。

仏壇から戻ると、ご飯と味噌汁、そして焼き魚の前でもう一度手を合わせる。

それを見ていた勇二は、ふと母親の合わせている手の薬指を見る。


「なぁ、お母ん、親父との結婚指輪、親父が死んでもつけてんねんなぁ」


「せやねん、外したら、何んや寂しいなってもうてな。それ以来、つけっぱなしや」


「そうか、ほな、俺が新しい指輪でも買うたるわ」


「アホかいな、あんたの安い給料でそないなもん買うてもらおうなんて思てへんわ」


「ほんまや、もっと働かんとな。工場再建でけへんもんな」


「まだ、そないな夢見てんのかいな。このままで十分や、健康で怪我せんと生きていけたら、それだけで儲けもんや」


「ほんま、せやな」


「早よ食べて、早よ寝なさいや」


「おお、せやせや、玉ねぎの味噌汁、うまいなぁ」


 その夜、勇二は本気で考えていた工場再建のための貯金高を確かめていた。

通帳の残高は知れている。


「まだまだやな、もっと働かんと・・・。夜勤、週にもう一回だけ増やしてみよかな?」


 と独り言を呟いた後、


「せやな、ほんでも、ちょっとだけやったらお金出してもええんちゃうかな」


 とまたも呟くと目を瞑る。


「あ、せや、武やんや、あいつに相談してみよ、安くて見た目のええやつ、武やんやったら見繕ってくれるんちゃうかな」


 明日、武やんところ、電話してみよ。

と思いながら名刺入れに入っている一枚、 Jewelry Maruyama と書かれた名刺を取り出し、そのままカバンに入れると、勇二は電球のスイッチを切り布団の中に入った。

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