第24話
丸山は出社している。
商売を立て直すつもりで働いている訳ではない。
店を畳むつもりで、大安売りをしたり、ネット販売で破格の値段で宝飾類を売り捌こうとしている。
店の売り上げは順調である。
これで社員3人分の退職金は何とかなりそうだ。
彼がこの販売店を会社と呼び続けて来た理由がある。
チェーン店をいくつも、どんどん店舗を増やし宝飾品の会社として経営したかったからだ。
今は昔の夢だ。
大型の目覚まし時計は、今は無い。
彼の妻が持って帰った。
マルセリーノ先生は、夢を叶えるために来たと言っていたが、結局店を畳むことになった、と丸山は思っている。
しかし、気持ちは春の青空のように爽やかだ。
彼の妻が目覚まし時計を持って帰る前の夜、マルセリーノが言った言葉を思い出してみる。
「いつまで、過去にしがみついてるつもりなん?」
「私には夢がありました」
「その夢から覚められへんねんやんな」
「そう言うわけではありませんが・・・。」
「まだ覚悟ができていないだけ、かな?」
そして、マルセリーノは続ける。
「なぁ、お前、思い出してみた方がええことあるで」
「それは?」
「どれくらい遠い前やろな、予備校時代の友達と同窓会せえへんかった?」
「ああ、あの時」
「そうや、あの時のメンバー3人や」
丸山は、そこまで思い出して作業の手が止まる。
あの時、楽しかった夜、それでも皆んながそれぞれの悩みを抱えていたんだ。
商売で成功しているのは自分だけだった。
それなのに、あの時の予備校時代の出来事を思い出して笑い合えた。
他の3人も同じように、夢を描いて飛び立つ鳥のように、過ぎ去った時を懐かしんで、また羽ばたこうとしていたんだ。
苦しいことや悲しいことを持っていたはずなのに。
それを考えると丸山も家庭が崩壊しかけているような状態での商売繁盛であった。
「あのな、楽しいことばっかりやったら幸せやと人は思うやろ。でもな、それはちょっと違うねん。幸せの基準って何やと思う? そこには間違いなく苦しみや悲しみが存在するねん。どういうことか分かるか? 必ず幸せと比較する何かがあるはずやと思わへんか? でないと基準って定まるもんやないやん? それはな、苦しみや悲しみの経験の無い奴に幸せの値打ちなんか分らへんって言うことやと思わへんか? いや、それどころか幸せの意味さえも分からんやろな、とワイは思うねん。もしも幸せに基準いうもんが存在するんやとしたら、其の基準を知るための苦しみや悲しみがないと幸せがどういうもんかも分からんままに生きていくことになるやろな」
其の夜、丸山は過去の出来事を思い出しながらも、マルセリーノの言葉に頷いていた。
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