第25話
マルセリーノの言ったことを思い出して手を止めながら丸山は沈黙する。
「お前だけに教えたろ。市木清田、覚えてるやろ。あいつな、仕事辞めてんで。ほんでもってや、あいつ定職につく前に本書いとったやろ? 売れへんどころか筆の進まん文筆家やったな。そいでよ、お前、市木に言うたやんな。あの日の夜。ムーミンパパみたいやなって。本を書いたことのない作家」
「あ、それは・・・」
「ええねんで、それで。あいつ次の日からアルバイト辞めて、仕事探し始めたんや。その仕事を辞めてな、今、昔に戻って本書いとるねん。なんかな、あるコンテストで大賞かなんか取りよったみたいでな。やっぱ小説家になりたいって夢、追いかけとるわ」
「そうですか」
「うん、せやで。あいつの感性ではサラリーマンは無理やったんかもしれんな。結婚して家庭を持って、それを守って行かなあかん。そのためだけに働いてたら、そら精神保たんわな。勿論、それでも大丈夫な奴は確かに居てる。市木は、それでは壊れてしまうような人間やったんや。それを気にした杉浦美咲、今は市木美咲いう嫁さんがな、仕事辞めてもええでって言いはってな、あいつを支え続けたんや。それがあってこその文筆活動や。これから、その本が売れるかどうかなんて分からへん。それでも、書いていこうとしたんは何やと思う? 人生は楽しいもんやって言う言葉が流行り出してるけど、ワイから言わせてもうたら、それは、嘘、や。人生は間違いなく修行や。その修行をいかに楽しんで生きていくか、言葉を変えて言うたら、努力を如何に楽しめるかや。要するにや、人生いうやつを一生懸命に生きてる奴だけが、ほんまに人生を楽しめるんちゃうかな?って思うねん。人生なんて何度も振り出しに戻る双六やってこと。あいつは、それに気付いただけやないんやろか?」
「市木・・・、あいつが、そんな出来事・・・」
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