第26話



「更に聞かしたるわ、梅本、やのうて今は小峰いう名前になっとる」


「あの耳鼻科医の梅本ですか?」


「そうや、ちょっと事情があってな。両親が熟年離婚いうやつか? しはってん。でな、小峰は母親の面倒見るのに姓を母親の方に変えよってん」


「でも、それでは、あいつ、結婚していた筈です」


「ああ、それな。離婚しとったんよね。あいつ、医者辞めて研究職についた途端に生活費に使う費用がな、極端に下がってな。生活費を捻出できひんようになったんや。医者やし、お前より稼ぎは少なかったと思うねんけど、それなりの生活はできてたやろうし。分かるやろ? そんな家庭もあるねん。今のお前に言う事はないねんけど、金やないねん、けど、金やねん、っていうこともある」


「私は、」


「ええねん、今のお前は、金よりも大切なもんを選べたやないか。ええか? ほんまに大切なもんって見えへんもんやねん。実際に見えへんもんやねん。分かってるよな? 大切なもんは、物ではなく気持ちや。目に見えへんもんが、どれだけ大切なもんか、それを感じ取れる人間は、そないに多くない。話、戻したらな、小峰も離婚したんは金のためやなくてな、自分自身のほんまの仕事は何やろ?って考えよってんな。そしたら生活費を稼げん夫とはおさらばの嫁に別れの引導を渡されて、即、離婚届にサインしよってん」


「知りませんでした」


「話は、ここからやねん。そらぁ最初は良かったよ、やりたいって思うて始めた研究やしな。でもな、離婚後からはな、それがきっかけみたいな形になってもうてなぁ。ほんでもって研究所でえらい目に会ってもうたんよ。ほんでもって研究ともおさらばよ。今はな、北海道の抜海村、いうところで土産屋さんやってるわ。そらーな、生活きついで。でもな、あいつ再婚してな、そりゃもう幸せやで」


「そう、ですか」


「ほんまに幸せなもんってなんやろか? いつか行ったれや、北海道に、家族連れてでもええやん。隣は料理旅館やさかいに。そらぁ美味いもん食わせてくれるで」


「マルセリーノ先生は行ったことがあるのですか?」


「ああ、暫く泊まったことあるよ。皆んなええ人ばっかりやで」

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