第18話
丸山とぺペンギンの一人と一匹は珈琲を飲んでいる。
丸山も煙草を一本取り出すと火を付ける。
吐き出した煙は溜息と共に空間へ漂うように感じる。
一人と一匹は、沈黙の中で珈琲を飲んでは煙を吐き出している。
丸山は吸いかけの煙草を灰皿にもみ消すと、フッと息を吐いて呟く。
「さてと、これからどうなるのか」
「・・・・・・・・。」
「あ、済みません。これからどうなるのか、ではなくて、どうするのか。でしたね」
「どっちでもええんちゃう」
「え?」
「お前、よう頑張ってきたと思うで」
「え?」
「うん、あのな、繁盛して忙しい時も頑張ってきたと思うし、今の此の状況でも、どうやって店を盛り上げようかって頑張ってると思うで」
「仰っている意味が分からないのですが」
「頑張ってるなって言うてんねん」
「はぁ・・・」
「そない肩を落とすなや」
「はい」
「お前な、金儲けは家族の為や、金持ちになったら家族を何不自由なく守っていけると思うて働いてきたんやろ?」
「はい」
「大切なことやと思うで。でもながむしゃらに頑張って来てな、そんな時ってや、人ってな、何か忘れてるもんがな、あるもんや。あるんとちゃうかな」
「あぁ、それは、はい、あるかもしれません」
「思い当たる節は?」
「・・・・・・・・。」
「忙しい時はええねんで。がむしゃらに何かに打ち込んでたら思い出したくないことも忘れられるしな。何んか嫌なこととかさ、悲しいこととかさ、色々あると思うねんけど、確かにこれだけは言えることがあるねん。寂しい時、そういう時こそ何かに打ち込むんや、そしたら熱中してる間だけは苦しいことも忘れられる」
「はい、確かに」
「うん、それでええねんで。せやけどな、忘れなあかんもん以外に忘れたらあかんもんまで忘れてしまうっていうことも心に留めとかなあかんのちゃうかな」
「それは、家族、の、こと、ですか?」
「うん、せやな、分かっててんやろ? でもどうすることも出来ひんかった。そやろ? せやったら聞くけど、家族の何を忘れたらあかんの?」
「幸せ、ですか?」
「それでもええねんで、せやけど、家族の幸せって何なんやろ」
「それは・・・」
「うん、出しにくい答えやな。ほな、ワイが言うたろ、家族が幸せになるためにがむしゃらに働いてきた。そしてお金を儲けて来た。そうやんな」
「はい」
「で、今、お金儲けができひんから、家族にお金を渡してあげるには苦しくなってきたから、何や寂しいぃくなって来たんかな?」
「そうかもしれません」
「ええよ、それで、正直に答えてくれてありがとうな。で、今に話を戻そう。なぁ、がむしゃらに働いてお金を儲けて来た時と、今との違いは何やろ」
「・・・・・・・。」
「なぁ、おんなじように働いても金銭的には比べやんでも分かるくらいに明らかやんな。でも、あの忙しい時と今も変わらんもんもある」
「それは」
「それな、それってな、それが家族ちゃうの? 悪いけどええ意味で言うてるんちゃうで。悪いことにやで、儲けてた時と今とでな、家族との向き合い方って変わってへんのちゃうかな」
「ああ、そう、です」
「と言うことはや、お前の稼ぎのおかげで立派な家が建って、何不自由なく暮らしてる家族、誰が見ても羨ましいくらいの暮らし、お前から見てもそうやったはずやな?」
「そう思ってました」
「そう思ってました、か、なるほど、だんだん分かってきたようやな。その家に住んでるお前の嫁さんに娘さんは、肝心の母娘がそう思ってなかったら意味ないことやん、っていうことも分かるな?」
「・・・・・・・・」
「ワイはな、今が店の潮時やって伝えようとしてるんやないことは言わんでも分かってくれてるやんな? 分かってくれてるはずやと思うて言うけどな、向き合う方向を変えてみたらどうや? 今のお前を支えてきたんは銭か? ちゃうやろ? 家族を幸せにしたいから銭儲けしてきただけなんやろ? 家族があったからこそ出来た銭儲けやったら、家族に1番最初に感謝せなあかんかったんちゃうん? 今までのお前の悪かったところを一つだけ教えたろ。一生懸命働いて、そのお金を家族のために渡してきて俺は頑張ってるんや、みたいな顔して生きて来たんちゃうかな。違うか?」
「あ」
「うん、それね。それって自己満足って言うんちゃうのかな? お金儲けの理由が家族の幸せって言うんやったら、それを幸せって言えるんやったらものすごく本筋から離れていってると思わへん? 誰がお前を支えてきてくれた? そんなんも考えてもええんちゃうのんか? あのね、お金とか言うてる場合やないやろが! 今からでも遅うないわ、今まで支えて来てくれて有難うって言いに家に帰ったらんかい、このボケが!」
「・・・・・・・。」
「たとえ一晩だけでもええやないか、今まで支えてくれて有難う、って言いに帰ってこい」
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