第10話
丸山は夕刻に外出先から帰って来ている。
これも諜報活動のようなものである。
この不景気に売れている宝石商店へ行き、どのような装飾品が置いてあるのかを探っている。
本来ならデザイナーの曽我 綾 の仕事と言っても良いであろう。
しかし、自ら足を運び、観察し、帰ってから綾に情報を送る。
丸山らしいと言へば、そこはやはり丸山らしさである。
丸山は部屋に篭ると作図を始める。
他所の店内であちこち写真を撮る訳にはいかない。
見てきた宝石の装飾を思い出しながら紙に作図している。
中でもアゲハ蝶を模擬した指輪が美しかった。
あれはオパールを使ったものだろうか?
それともブラックダイヤモンドか?
黒で丁寧に縁取られた羽根に、オパールだろうか、それともブルーガーネットか?
手に取って見れば丸山ならどのような宝石を使っているかはすぐに分かる。
ガラス越しの品であれば想像はできても確定はできない。
丁寧に作図しながら自分達は、どんなデザインを仕上げれるのだろうかと想像している。
これぞ!と思えるようなデザインができれば、綾に図案を見せてみる。
それを更に美しく、そしてどのように加工すれば現実に持って行けるか?
その辺は丸山も綾を信頼しきっている。
丸山は一息つくと、珈琲を淹れようとする。
ふと気がつくと扉の外側は、いつもと違って静かだ。
みんな、それぞれに頑張ってくれているのだろう。
丸山は社員たちに感謝をする。
「全ての出来事に感謝を、全ての出来事はいかなる方向へ進んだとしてもやで、それをを選んだんは自分自身なんやろ?」
ぺペンギン先生が言っていた、とその時の会話を思い出す。
「と言うことはやで、今ある世界は自分自身が作り出した自分自身の世界、と言うことになると思わへん?」
とも言っていた。
「そうだ」
と急に丸山は、珈琲カップを二つ用意しようとするが、部屋には一つしかない。
「カップをもう一つ用意してくれないか」
などと扉の向こうの女性探偵二人のどちらかに声をかけてしまうと、何にでも興味を示すあの二人が、何を勘繰り出すか判ったものではない。
丸山は仕方なく自分の分だけの珈琲を淹れようとする。
と、突然、背後で声がする。
「お、珈琲か、ええね、マイカップ、取ってくるわ」
「ええ、いらっしゃったのですか」
丸山の反応を無視して、目覚まし型シェルターから出てきたばかりのぺペンギンがそそくさとシェルターの中に入って行く。
その後ろ姿を見ながら、
「いつもいつも、なんてタイミングのいい人なんだ? ん? 人? まぁいいか」
ぺペンギンが自分用のお猪口くらいの大きさのマイカップを持ってシェルターから出てくると、
「お待たーやで、珈琲、頂戴」
と言う。
「あ、はい」
と言うと丸山は、小さなカップに淹れたての珈琲を、溢れないように丁寧に注ぐ。
「お疲れやったね」
ぺペンギンが香り高い珈琲を飲みながら丸山を労う。
「いえ、もう少し頑張ってみます」
「そうか、まぁ頑張ってや」
「はい」
そう返事をすると丸山は、デスクに向かい作図の続きを行う。
そして、背後でぺペンギンが声を掛けてくる。
「あのさぁ、仕事中に申し訳ないねんけど、出て行く前に言うといたやつ、買ってきてくれた?」
「えーっと、なんでしたっけ」
丸山は作図に夢中である。
「ふーん、作図ねぇ、そりゃ忙しいわな。でも子供の使いやないねんからさ、忘れるって、なぁ」
「何でしたっけ?」
丸山は相変わらず机の上の紙切れの上で色鉛筆を動かしていたが、
「あ!」
「思い出したん? シングルモルト」
「ああ! 済みません。今すぐ遠藤に買いに行かせます」
「あのね、社長さん。私ね、あなたに頼んだのよ? それを、自分が忘れたからって、部下に買いに行かすの? さてと、作図もええけど、少しお勉強の時間にしましょうね。ええか? 社長さん? お前に上司がおったとしよう。でもってな、お前が自分の思い通りに販売を進めたとしようや。上司はどう思うやろか? その販売で売れるか売れへんかは、さておきにしてやで、分かるかな?社長さん? 上司は自分の方針で販売促進してもらいたいんやないやろか?違うかな?社長さん? これをさ、その上司を顧客に置き換えてみようか? お客さんはさ、お前の推しの作品よりも、自分が一番欲しい物を、なんとか都合つけて欲しい、と思うんちゃうやろか?社長さん? そうやって他所の宝石とかを研究することに反対をしてるんやないのよ。世の中は情報の時代や。でもさ、相手がさ、望んでるもんを察する力も必要やないの、え? そう思わないの?」
「あ」
と声を上げた丸山に
「お前なー、分かったんやったら、とっととウイスキーの一本ぐらい横丁の酒屋で買うて来い! ちょっとは頭冷やせるやろ!」
「済みません、行ってきます」
「ええのよ、人生は修行なのよ、その修行を如何に楽しむか、それが人生なのよ、じゃねー、行ってらっしゃーい」
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