第6話



 一番最初に出勤してくるのは店員の 北村 香 である。

香は、不審に思う。

香よりも先に、と言うか、店で寝泊まりしている社長がシャッターを上げる。

それが今朝に限って上がっていない。


 そうこうしているうちにデザイナーの 曽我 綾 が出勤して来ると、


「あら、社長は?」


 と香に尋ねる。


「それが、ちょっとおかしいんです」


「え、どうかしたの?」


「それが、私が出勤してきたらお店のシャッターが上がっていなかったんです」


「なるほど、それで?」


「で、気になって社長室を覗いてみたんです」


「なるほど、それで?」


「そしたら、社長、ソファーベッドで寝ていたんです」


「うーん、睡眠不足かな、それで?」


「疲れが出て病気にでもなったのかと思ったんです」


「あるかも、それで?」


「でも、おかしいんです」


「何が?」


「普通、病気になったら、額を冷やしますよね?」


「うん、それで?」


「額じゃないんです」


「何処よ?」


「顎なんです」


「え? そりゃおかしいわ」


「で、もっとおかしなことがあるんです」


「うんうん」


 デザイナーの綾の目が興味津々に輝き出す。


「あーうー、あう、あい、あい。ばかり繰り返すんです」


「逢ーうー、逢う、愛、愛。かぁ、変な新興宗教にでも入ったのかしら?」


 伝言ゲームとは、そんなものである。

 

 香が驚いたような声で聞き返す。


「社長が? 新興宗教ですか?」


「そんなの分からないでしょ。最近の社長、疲れてたみたいだし・・・。そう言う時にこそ何かの救いを求めるものなのよ」


「救いですか?」


「そうよ、香ちゃんは若いから分からないでしょうけど、人とは、そんなものなの」


「それだったら、変なスピリチャルかも?」


「香ちゃん! 良いところに気がついたわ! それも有りかも」


「社長、大丈夫かしら・・・」


「少し、様子を見た方がいいかもね・・・。」


「そうします」


「うん、それとね、お客様をよく観察してね。少しでもおかしな行動をとったら、もしかしたらだけど、そいつが変な教えの宣教師かもしれないから」


「分かりました、その人が犯人ですね」


「しー! 声が大きいわ。ことは静かに、風林火山よ。静かに忍び寄るように動くことが大切よ」


 そこへ、販促の 遠藤 耕 が出勤してくる。


「おはようございます」


 と大声で朝の挨拶をするが、緊張してコソコソ話をしていた二人の女性が急に背中をピシッと伸ばし、声を揃えて挨拶する。


「いらっしゃいませ!」


「・・・・・・・・・?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る