第31話



 丸山深月は誰もが外出している真昼の食卓で、目覚まし時計を見ている。

約束の時間まで、あと3分である。

3分、あっという間に過ぎ去る単位だが、ただ待っているだけだと、どんなに長い時間だろうか。

すると、突然、目覚まし時計の扉が開き、小さな生き物が飛び出してくる。


「マルちゃん!」


「待った? 30秒早い目の登場じゃー、ってね」


「マルちゃん・・・。」


「なんか、泣いてへん?」


「ありがとう」


「ああ、それね、大したことしてへんで」


「あの人、変わった・・・」


「せやね、なんか、変わったみたいやね。てか、あいつは分かってへんかってんな。自分一人が働いて家を守って来たみたいな。それ、ちゃうねんな。一人で働いて来たんは、あいつだけやない。深月ちゃんも、この家を一人で守って来たんや。手を貸して欲しかった時もようさん有ったはずやろ? 一人で働いて来たんは自分だけやなかった。あいつが変われた理由は、それに気付けたからや」


「ありがとう」


「うん、納得してくれた? 納得してくれたんやったら作戦成功かな」


「ありがとう、私、お金なんか無くても良かったの。家族3人で生きていけるだけの生活費さえあったら、それだけで良かった」


「あいつも今は気付いてると思うよ。変われてんからな」


「マルちゃん、ありがとう」


「礼は要らんよ。これ、ワイらの仕事やし」


「仕事が終わったら、お星様に帰っちゃうの?」


「せやで、出張終わりや」


「マルちゃん・・・」


 そこへ玄関の扉が開く音が聞こえる。


「ただいまー」


 丸山武である。

家の中でどんな話がされているのかも知らず、一人で喋りながらリビングに入ってくる。


「いやね、宝石が飛ぶように売れてね、まぁ70%引きとなれば誰もが飛びついてきて当たり前だと思ってたけどね、これでみんなの退職金も作れるし、・・・、・・・え? マルセリーノ先生・・・」


「おう、邪魔してるで」


「どうして・・・」


「お前、最高のアホやろ。お前の店でワイが登場した時、何んにも思わんかったん? お前の嫁さんが送ってきた目覚まし時計やで、そこには何か理由があるはずやと考えんかったんか? このスカタンが。それを、何かの新興宗教の回し者扱いして、どんだけやねん!」


「いや、あの、それは過去の・・・」


「過去やから何? なぁ?何んなん? お前の嫁がどんな思いで、この目覚まし時計を送ってたか考えたことないとは言わせへんで」


「済みませんでした」


「今は分かってる、てか。せやね、つい最近のようで、なんか遠い昔のようにも思えるなぁ。」


「マルちゃん、もういいの」


「みんな、いろんなことあったよな」


「マルセリーノ先生・・・、ありがとうございました」


「あれ? 今頃? の礼?」


「家族を・・・」


「ええよ」


そう言いながらぺペンギンは小さな翼を横に振る。


「あなた、マルちゃん、今夜、お星様に帰るの」


「ええ! 突然過ぎます、そんなの聞いていません」


「おう、今、聞いたやん。と言うことや。なあ、丸山君、いつかの夜に話したよな、お前を含めて4人の同窓会と、あれから皆んなどんなふうに変わって行ったか。でも、皆んな大して変わってへんねんで。ワイが教えたった3人の話な、変わってへん。あいつらはな、自分の思い描いたことと違うことや想像以上の不幸に見舞われた時、周りの、環境の所為にせえへんかった、自分で背負うことを決めた連中や、分かるやろ?それが、お前らが作った紳士たる者の条件?やったんちゃうの?」


 そして、その夜がやって来た。

別れの夜がやってきた。

娘は既に自室に篭り受験勉強でもしているのだろう頃だ。

天空からは無色透明の階段が降りて来ている。

星間連絡船からのタラップである。


「ほな、さいなら、やで」


「マルちゃん、また来てくれるかな」


「また、星に願い事したらええんちゃう? ほんでや、話は変わるけど丸山。電話がかかって来ると思うで。3人や。大事にせえよ、紳士連盟。また同窓会でもしたらええがな。今までの話、積もり積もったいろんな話、ゆっくりしたらええやん」


「マルセリーノ先生、それは」


「紳士連盟や、どんな問題出されても胸を張って答えを出す、そんな人生を選んだんやんな? 紳士の条件、なんか作ったりしちゃってさ。お前らは、ほんまもんのアホやな」


「それって、あの、いえ、マルセリーノ先生、ありがとうございます。店を潰していただいて本当に良かったです」


 その時、マルセリーノの黄色い足がタラップから滑り落ちた。


「アホか、店潰れたんはワイの責任ちゃうやろ! 最後の最後に人聞きの悪いこと言うな! めっちゃ後味悪いやん」


 水掻きの付いた足がずり落ちたが、辛うじてマルセリーノは両翼で我が身を支えていた。


 そこへ、


「マルちゃん、もう少しここに居て」


 と深月がマルセリーノを抱こうとする。

しかし、マルセリーノが背負っているマルセリーノの5倍くらい大きな目覚まし時計だけを掴んだだけに過ぎない。

すると目覚まし時計を襷掛たすきがけに縛っていた細いロープからマルセリーノがするりと滑り落ちる。


「アホかー! お前ら! 落っこちるやんけー! これって? 地球に来て何回目なの?」


 マルセリーノの声だけが、丸山家の3階のベランダに聞こえていた。


  完全完了。

  今までマルセリーノを愛してくださり、ありがとうございました。

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