第2話 若き鳥、巣を飛び立つ
「…セイッ!……ハアッ!!」
お父さんが作ってくれた木製の槍。
それを勢いよく振りながら、力のこもった声を出す。
こうすると、武器に魂が乗ってその重みが増すんだとお母さんから教わった。
「セイッ!…セイッ!」
めいっぱい声を出し、風のざわめきが支配する森に声を轟かせる。
額に汗を流し、汗で固まった髪の先端から飛沫が舞う。
濡れた服が肌にくっついて煩わしいが、当然そんなモノを気にしてなどいない。
常に魔力を練りながら、一心不乱に槍を振り続ける。
すると――
「アリー!そろそろ帰ってこーい!!」
遠くからお父さんが私の名前を呼んだ。
見上げればお日様が丁度てっぺんまで登っている。
もうこんな時間だ。
早く家に戻らないと、お母さんに叱られる。
「今行くー!」
私は素振りを中断し、お母さんが待つ家まで走った。
私はアリーナ。
ノノー村という、何の変哲もないごく普通の村に生まれた、活発な12歳の女の子だ。
同年代の男共よりも遥かに強く、生まれつき身体能力が高い。
おまけに、魔力を操る才能もあり、数年間の修行の末この歳で魔法が使えるようにもなった。
私は、誰もが認める天才でとっても強いんだ!
「アリー!またこんなに汚して!」
「ごめんなさい…」
……ただ、お父さんもお母さんも元冒険者で、私なんかよりもずっと強い。
いくら天才でも、歳と経験の差には勝てないのよ…
「まあまあ。それだけアリーが頑張っているんだから良いじゃないか。アリーは将来立派な女傑になるんだぞ?」
「あなたねぇ…毎日毎日こんなベトベトの服を洗濯するこっちの身にもなってからそんな事言って頂戴」
「それは知ってるさ。メリアは冒険者時代、誰が洗濯をしてたのか忘れたか?」
メリアというのは、私のお母さんの事だ。
魔法と弓を使う後衛で、魔力を使った状態なら普通に男よりも強い。
そして、お父さんはアドレイという名前で、剣を使う前衛。
喧嘩っ早い性格らしく、見える位置に沢山の傷跡がある。
冒険者時代は持ち前の剣の才能を活かしてバッサバッサと魔物を斬り伏せていたらしい。
それなのに何故か私には剣の才能は無く、代わりに槍の才能があった。
その事にいち早く気付いたお父さんは、冒険者時代の仲間の動きを思い出しながら、私に槍の使い方について教えてくれた。
「洗濯の大変さはよく分かってるよ。だから、いつもベルとラズに洗濯を手伝うよう言ってるじゃないか」
ベルとラズ。
私の二人の弟で、基本的に普通の男の子。
私のように特別強いという事はなく、自分から進んで武器を持とうとはしない。
二人共ひ弱で、遊ぶ時以外はずっと家の中にいて、お母さんの手伝いをしている。
「ベルとラズにも剣の使い方を教えてあげてよ。そうしたら、村を守る人が増えるのに…」
「そうしたいのは山々なんだがなぁ…」
お父さんはポリポリと頭を掻きながら曖昧な返事をする。
こいう優柔不断というか、はっきりしない所がお父さんの悪いところだ。
…喧嘩っ早いくせに、そういうタイプなんだよね。
「もうすぐ私冒険者になるために街に行くんだよ?私が居なくなっても大丈夫?」
「それに関しては問題ないさ。この村には俺とメリアが居るからな」
「…そうだけど。もしかしたら、二人共居ない時に村が襲われるかも知れないでしょ?」
そういう時に、せめて自分のみを守れるくらい強くあって欲しい。
私の弟なんだから、もっと強くいてくれないと。
「アリーはベルとラズの心配よりも、自分の事を心配しなさい。本当に一人で大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫!もうお父さんと何度も街には行ってるし、一人で平気だよ!」
手を当てた胸を張ると、お母さんは溜息をついて諦めたような表情を見せる。
何度言っても無駄って事はよく知ってるはずだから、こうやって簡単に折れてくれるんだよね。
「しっかりと準備するのよ?何か忘れていったら許されないわよ?」
「分かってるって」
全く、お母さんは心配性だなぁ…
でも、冒険者はそれくらいが丁度いいって教えてもらったし、この心構えは忘れないようにしよう。
お母さんの心配を他所に、すぐに昼ごはんを食べ終えた私は、また素振りをしに森へ走る。
出発までもうあんまり時間がない。
今日と明日のうちに、しっかりと鍛えておかないと。
そして、迎えた出発の日。
「いい?決して準備を怠っちゃ駄目よ?じゃないと、大事な場面で足りないものが見つかって大変なことになるんだから」
「はいはい。その話3回目だよ?」
「それくらい大事な事なのよ」
お母さんは、もう同じ話を3回もしてきてる。
大事なのは分かるけど、流石に3回も言われるとうるさい。
適当に話を聞き流していると、見かねたお父さんが口を挟んできた。
「いいかアリー。袋には少なくとも3日分の食料と水を入れろ。まあ、水はそこらの川から汲めばいいが、食料は入れておけ。それがあると無いとでは生存率が変わる」
「……分かった」
「そうだ。お母さんの言う通り、準備を怠るんじゃないぞ?」
いつも優しいお父さんにこうやって真剣に諭されると、従うしか無い。
でも、お父さんがこんなに真剣になるなんて、やっぱり私のことが心配なんだね。
私なら、大丈夫なんだけどなぁ…
そんな事を考えていると、村長がお父さんの隣にやって来て、真剣な表情で口を開く。
「アリー。決して、お父さんとお母さんの言いつけを忘れるんじゃないぞ?」
「村長…」
「お前さんの両親は何度も修羅場をくぐり抜けてきた実績があるんだ。そんな二人が言うことに間違いはねぇ」
頭に手を置いてそう言ってくれた村長の声には、様々な感情が混じり合っている。
一番大きいのは心配。
どうして皆して私のことを心配するんだろう?
「もし何かあったら、両親が言っていた事を思い出すんだ。そして、人を見る目を育てろ。本当に恐ろしいのは、強大な災いや恐ろしい魔物ではなく、人間なんだからな」
「そうよ。人からなにか貰ったら、まずは毒を疑いなさい」
本当に恐ろしいのは人間…
人からの貰い物はまず毒を疑え。
そんな事してたら、いつまで経っても人を信じられないでしょ?
大切なのは信用だって言ってたくせに、全然人を信じる気無いじゃん…
「うん。分かったよ。絶対忘れないよ。…じゃあ、行ってくる」
これ以上ここに居ると、行くのを止めろと言われそうだからさっさと行くことにした。
数歩程の距離を取ってから振り返り、お父さんとお母さん、ベルとラズ――そして、村のみんなにニッコリ笑いかけて…
「行ってきます!!」
元気よくそう言って街へと続く道を走った。
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