第19話 遅すぎた報告

いくつもの依頼をこなし、ポイントを貯め続けていたある日。


「……あっ、そう言えばアレ渡してなかった」


気味の悪い宝石と貴族様への報告書の存在を思い出し、ギルドへ向かった。

今更感が凄いけど、だからと言って行かないというのはなお悪い。

かなり怒られる事を覚悟しないといけないかもね。

そう考えると、途端に足取りが重くなった。


ギルドに行きたくない。

怒られるって分かってるのに、わざわざ行かないといけないなんて…

はぁ…嫌だ嫌だ。


「誰か変わってくれないかなぁ…」


私じゃない誰かに報告してもらう。

そうしたら、その場で私が怒られることはないはず。

怒鳴られてぶん殴られる事もないだろう。

でも、後で怒られるのは間違いない。


それに、こんな大事なものを誰かに預けるのは危険だし、現場の状況を知ってるのは私だけ。

私が行かないとだめだ。


「はぁ……嫌だ嫌だ…」


何度も溜息をつきながらギルドに向かう。

その足取りは、ギルドに近付くほど重くなっていった。








「どうしてこんな重要なモノをすぐに持ってこなかった!!?」


……はい、案の定怒られてます。

それはもうブチギレです。

幸い、担当のオッサンが前も私に事情聴取してくれた人で、気配的に私より弱いから負けることはない。

ただ、非は私にあるので文句は言えない。


「街を滅ぼすことが出来る至宝に、この街で暗躍する賊の主の名前が書かれた報告書。これがどれだけの価値を持っているか分かってないのか!?」

「価値は分かるけど……」


忘れてたんだもん…

『私悪くない』なんて言うつもり無いけれど、まだ12歳の女の子にここまで怒鳴るのはどうかと思う。


「今現在奴らはギルドや衛兵の内部に侵入してまで何かを探している。絶対にコレだ!何故すぐに持ち込まなかった!?」

「依頼を優先したら、そのまま忘れてました…」

「なっ!?……チッ!だがまあちゃんと持ち込んだ事は褒めてやる」


正直に話したら、オッサンは激昂して私に掴みかかろうとしてきた。

しかし、それに対して反射的に私も応戦体勢を取ったことでオッサン引き下がった。

戦闘経験がなさそうなオッサンでも、応戦体勢の私に手を出すのは不味いって感じたんだろうね。


「この至宝と書類はこちらで預かる。だから、現場の状況を話せ」

「えーっと………森の中に廃屋があって…そこにあった?」


私がそう言うと、オッサンはイライラしながら紙に『森』『廃屋』と書いた。

そして、私の方に視線を向ける。

続きは?って意味だろうね。


「廃屋の中には10体の拘束されたアンデッドが居て…行方不明者のものらしき死体がいくつかあったよ?」

「アンデッド…?やはり、死霊術師が居るのか」


死霊術師。

私も居ると思う。

だって、『浄化リーツ』が効かない一般アンデッドとか、死霊術師か高位アンデッドが居ない限りあり得ない。

そして、あそこには高位アンデッドはいなかった。

代わりに気味の悪い宝石と書類があった。


「アンデッドには神聖妨害の術が掛けられてて、『浄化リーツ』が効かなかった」

「はいはい、神聖妨害ね?……………はあっ!?」


オッサンが机を叩いて身を乗り出す。

そりゃそうだよね。

神聖妨害なんて高等技術、そうそう扱えるものじゃない。

神聖属性は、神聖と付くだけあって特別な属性だ。

それを妨害する術が簡単なはずがない。

いくら『死神の瞳』とか言うヤバイ宝石があるとはいえ、神聖妨害をたかがゾンビに使うなんて無駄遣いも良いところ。


……冷静に考えてみれば、確かに無駄遣いも良いところだね?

使い捨てアンデッドの代名詞みたいなゾンビごときに掛けるんだもの。

相当余裕があると見た。


「エリゴリス伯爵……何故それ程の死霊術師をこの街へ差し向けるのだ…」


エリゴリス伯爵ってのは、報告書に書かれてた誘拐犯達の上司だ。

おそらく保守派の貴族で、ツヴァーイやドーライを支配している貴族さんが気に入らないから、妨害のために死霊術師を派遣したんだろうね。

…でも、まさか神聖妨害を使えるほどの人を送ってくるとはね。

この街にそんな価値があるのかな?


「……他になにか情報は?」

「特に無いかな…あと、さっきも言った通り廃屋は焼いてきたから拠点は別の場所に移してると思うよ?」

「それくらい理解してる。しかし、森の中で盛大に廃屋を燃やすとは……お前、だいぶ凄い事するな?」


木に燃え移って、火事になるかも知れないって?

大丈夫なはずだよ?

もうすぐ夏だから雨の量も増えてるし、森も青々としてた。

水気が多いから、簡単には燃え移ったりしないはず。


「森は簡単に燃えたりしないよ。お父さんに教えてもらった」

「ほ〜ん?嬢ちゃんの親はどんな人なんだ?」

「元橙級冒険者。今はただの村人だけど」


一応、冒険者は辞めてないらしいけど、12年も活動してなかったら腕も訛ってるはず。

おまけに、お父さんもお母さんも、もうそんなに若くない。

魔力で取り繕おうにも、歳には敵わないはずだ。


「だ、橙級…?一流の冒険者じゃねえか!?」

「そうだよ?まあ、私はもっと強くなるつもりだけどね!」

「そ、そうかよ………片鱗を見せてるからなぁ…なんとも言えねぇ…」

「ん?何か言った?」


オッサンが何かボソボソ言ってたけど、よく聞こえなかった。

まあ、きっと私のことを褒めてくれてるはず!


「しっかしまぁ…どうして橙級冒険者がその地位を捨てたんだ?村娘に恋をしたとか?」

「いや、お母さんも橙級冒険者だよ?お父さんが村娘に恋をしたとなったら――多分、お母さんに焼き殺されるね」

「お、おぅ…」


お母さんは橙級の魔術師だからね。

お父さんを焼き殺すくらいは出来るでしょ?多分…


「村人になった理由は、私が生まれたからだよ。赤子がいる状況で冒険者は続けられないからね」

「なるほどなぁ…で、嬢ちゃんが大きくなった今、また旅に出たのか?」

「いや?村には二人の弟がいるから、お父さんもお母さんも村に残ってるよ。まあ、弟が大きくなっても旅には出ないだろうけど」


お父さんもお母さんも、この村は居心地がいいって言ってたし、今じゃ村の大事な労働力だからね。

それに、いくらノノー村周辺は安全とはいえ、魔物や盗賊が出ないわけじゃない。

村が襲われた時、村を守れるのはお父さんとお母さんだけだ。


ろくに武器を持ったことのない村人と、何度も死線をくぐり抜けてきた元橙級冒険者では、天と地ほどの差がある。

お父さんとお母さんが居る間は、ノノー村は安全だろうね。

……後は、ベルとラズがどこまで強くなるかだね。

私の弟なんだから、絶対にそれなりに素質があるはず何だけど…


「その村に根を下ろしたって訳か…橙級冒険者なんてそうそうなれるモノじゃねぇってのに、随分と子供が好きなんだな?」

「そうだね。でも、そのお陰で私は生まれた。そして、こうやって街の危機を知らせたんだよ!」

「ならもっと早くに持って来いや」

「うぅ…すいません」


いい感じに締めくくろうとしたら、普通に怒られた。

やっぱり簡単には許してもらえないらしい。

もっと功績を上げて、今回の件を許してもらわないと。


「とりあえず、コレはこっちで預からせてもらう。こっちの至宝だが……本当にコレも預かっていいのか?」

「もちろん。どうせ私には使えないモノだし」


私は死霊術師じゃないからね。

『死神の瞳』は使えない。

というか、使いたくもない。

街を地獄に変えられる程の力を持った至宝なんて、持ってるだけで警戒される。

私は英雄になりたいんだ。

みんなから警戒され、距離を置かれる存在なんて真っ平御免だよ。


「そうか。分かった。なら、コレも預かって置こう。お前は自分の身を守る事だ。連中はコレを持ち込んだ人間を消そうとしてるはずだからな」

「それくらい理解してるよ。オッサンも夜道には気を付けてね?」

「ああ。そうする」


私はオッサンと一緒に部屋を出ると、別々の方向に向かう。

私は依頼を受けに、オッサンは至宝と書類の事を上司に報告しに、

心なしか、オッサンの後ろ姿に元気がないように見えたけど…まあ、私の気にするところじゃないね。

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