第18話 想定外の損失
「な、何なのだ…これは……」
昼食を済ませ、街から廃屋へ戻ってきた死霊術師を待ち受けていたのは、燃え盛る廃屋の姿。
周囲の木に火が燃え移ってはいないが、廃屋は勢いよく燃えている。
「せ、せめてかの至宝だけでも…!」
不慣れな水魔法でなんとか火を消しながら、今にも焼け落ちそうな廃屋の中へ飛び込む。
そして、燃えかけている棚を見つけ、引き出しを開けると―――
「なっ――!?」
そこには何もなく、宝石は愚か報告書すら無い。
他の段を調べるも、結果は同じ。
動揺して後退りすると、足に何かが当たる。
「なんだ、死体か……ん?これは――」
足に当たった自体をよく見ると、頭部が破壊されている。
よくよく考えてみれば、その死体は自分がアンデッド化させた死体である事を思い出した。
しっかりと、神聖妨害の術までかけ、簡単に浄化されないようにしておいたアンデッド。
「まさか――いや、証拠の隠滅は徹底していたはず!」
街の衛兵に尻尾を掴まれた。
あるいは依頼を受けてきた冒険者か。
どちらにせよ、不味いことになったことに変わりはない。
「至宝を奪われ、報告書も回収された……いや、まだ街へ戻っている途中だろう。すぐに探し出して始末せねば…」
探知の魔法を使い、それらしい気配を探す。
しかし、気配は一切見つけられない。
何やら子供の気配はあったが…子供が依頼を受けた冒険者とは思えない。
結局衛兵の気配も冒険者の気配見つけられず、持ち帰られるのを阻止するのは諦めることになった。
「―――という訳だ。お前達、まさか証拠を残したんじゃないだろうな?」
夜になり、廃屋があった場所に集まってきた工作員達に、死霊術師が確認を取る。
しかし、誰も心当たりはないようで、お互い顔を見合わせている。
すると、工作員の一人がハッとした表情で口を開いた。
「昼前に変なガキに貧民を捕まえている姿を見られたんだ。そのガキ、子供とは思えないような速さでこっちに来たと思ったら、吹き矢を躱しやがったんだ」
「昼前…?にしては早すぎるぞ。それに、そんなに強い子供なら噂になっているだろ?」
死霊術師が情報収集担当に視線を向ける。
「そう言った話は聞きませんね。ただ、昼前というと時間次第では、ツヴァーイから朝出発の連絡馬車が来る。もしかすると、それに乗ってきたのかも知れませんよ?」
「なるほど、隣町からか……となると、そのガキがここを襲撃した可能性は低いな」
「誘拐犯を見たことをすぐにギルドに報告したとしても、行動が早すぎます。その子供は、本当たまたま貧民を捕まえる瞬間を見ただけなのでしょう」
誘拐の瞬間を見た子供による襲撃や、子供が情報をもたらしたことでギルドか衛兵が動いた可能性は低いと結論付けられた。
「貧民を捕まえる瞬間を見られたのは問題だが、証拠は残していない。変装で姿も隠している。大した情報は持っていない上に、これだけ裏工作を続けていれば、何者かが裏で動いていることくらいギルドも衛兵も気が付いているだろう。わざわざ処理する必要はない」
「そうですね。目撃者を消す目的でやって来た刺客を捕まえようと、ギルドや衛兵が張っているかもしれません。放置でいいでしょう」
貧民の捕獲班の班長の意見と、情報収集班の班長の意見により、その子供は放置することとなった。
そんな子供に構っているよりも、至宝と書類を奪った者を探す方が優先順位は高い。
そうなれば、工作員全員で犯人捜索を始める必要があるだろう。
「拠点を移し、すぐにでも捜索を開始する。既に情報は渡っている可能性が高いが……せめて、証拠の隠滅だけでもしてしまわなければならない。そして、至宝の回収も急げ。アレがなければ、この計画は頓挫する」
死霊術師だけの力では、計画を遂行することは出来ない。
そもそも、至宝を使うことが前提の計画だ。
至宝が無ければ計画は頓挫する。
そうなれば、彼等はタダでは済まないだろう。
「何としてでも見つけ出せ。でなれけば、命はないと思うことだ」
『はっ!』
死霊術師の指示を受け、工作員達は一斉に街へと向かう。
それぞれバラバラになり、様々な方向から至宝と書類を持つ者を探した。
しかし、探せど探せど何処にも怪しい人物は見つからない。
ましてや、ギルドにも衛兵にも至宝や書類の情報は一切持ち込まれていない。
工作員達は、捜索を進める中で少しずつその事に気が付き、困惑することになる。
アンデッドを始末し、至宝と書類を回収した上で証拠隠滅のため廃屋に火を放った。
そんな事をする人物が、ギルドにも衛兵にもその情報を持ち込まないのは不自然だ。
領主に直接情報を届けたのかと調査したものの、領主はこの件に関しては無関心を貫いている。
元々自分の利益だけを優先するような人間で、貧民がいくら拐われようも気にしない。
そんな領主が至宝や書類を持っているはずもなく。
結局、領主の元に情報は届いておらず、無駄骨となった。
そんな報告を受けた死霊術師は頭を抱えた。
ギルドでもなく、衛兵でもなく、領主でもない。
では誰が至宝と書類を持ち去ったのか?
この地域を治める貴族か?
この街の領主が貧民が誘拐されているという話をするはずがない。
ならば貴族が独自に動いたのか?
ツヴァーイのような国境の街でもなければ、交易都市として栄えている訳でもない街を調査する理由が分からない。
そう考えると、貴族が動いたとは思えない。
火を放っている時点で、証拠隠滅を測っているのは確実。
それなのに、何処にも情報が漏れていない。
これはどういうことなのか?
死霊術師はこの後どうすべきかとキリキリと胃を痛めるハメとなった。
ちなみに、そんな爆弾を抱えているアリーナだが、その後薬草の採取依頼を請けていた事を思い出し、薬草をもう少し採った後街に戻った。
そして、依頼をした薬屋に薬草を届けて完了札を受け取ると、ギルドで報酬を受け取ってそのまま宿へ向かった。
宿に着いたアリーナは、見つけた至宝と書類が重要なモノである事を自覚しながら呑気に昼寝をし、そのままギルドにも衛兵にも報告すること無く過ごしていた。
アリーナが至宝と書類をギルドに渡したのは、見つけてから4日後の話である。
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