第12話 襲撃者の正体

「ミスリルのナイフか……やはり、何処かの貴族が持っている刺客だと考えたほうが良いな」

「雇われの暗殺者や、個人的な恨みで襲うにはあまりにも装備が充実してた。技量もホンモノ。噂だからって放置しないほうが良いよ」


あの後、警備隊の治療班のお陰で意識を取り戻した私は、襲撃者の事で分かっていることを話した。

まず、あの青い刀身のナイフ。

アレは警備隊の中でもミスリルのナイフだろうと結論付けられた。

私の証言はもちろんの事、一緒に居た門番さんの遺体を見て、その切られた断面があまりにも綺麗なことから、やはりミスリルだろうということに。


ミスリルなんて希少な金属を、ナイフにして使っている暗殺者なんてごくわずか。

余程高名で腕の立つ暗殺者か、王侯貴族お抱えの暗殺者くらい。

貴族お抱えなら言うまでも、高名で腕の立つ暗殺者でもそんなのを雇えるのは貴族くらいだ。

どのみち、襲撃者の正体は何処かの貴族が送ってきた刺客ということになる。


「まあ、間違いなく保守派の連中の仕業だろうな。こんな辺境でも国境は国境だ。経済的な価値はあるし、防衛上重要な拠点でもある」

「保守派?」

「そうだ。第一王子を支持する貴族派閥で、王の権威にあやかろうとする豚共だ」


第一王子?

そいつって、利己的な王になりそうなヤツなの?


「ここ最近のこの国は、王の圧政が酷いからな。もうすぐ王が変わるんだが…今の状態を続け、王族や貴族に有利な状況を維持しようとしているのが第一王子だ。それに対し、民の嘆きの声を汲み取った第二王子が、圧政や重税から国民を開放しようと立ち上がった。それが領主様が所属してる派閥、改革派だな」

「なるほど…それで、刺客が送られてきた訳だ」


自分達の権威を大事にしたい保守派からすれば、第二王子を筆頭とする改革派は厄介極まりない存在だ。

刺客を差し向けられても、何ら不思議じゃないね。


「おおかた予想通りだが…まあ、情報提供ご苦労さん。今、部下にあの薬師を呼びに行かせてる所だ」

「ありがとう……今日は帰ってもいいの?」

「帰ってもいいって……その体でまだあんな連中と戦う気か?」


……確かに。

ポーションを使ってもらったとはいえ、腹を切り裂かれたんだ。

流石にこの状態じゃあ、依頼続行は難しいね。


…まさかと思うけど、来なかったから依頼失敗ですなんて言わないよね?

さ、流石にそれはないよね?


「…依頼失敗にならないよね?」

「はあ?暗殺者の侵入を防いだのに依頼失敗はねぇだろ?門番としてこれ最高の成果を上げてるんだから」

「良かった…」


まあ、そりゃあ失敗にはならないよね?

というか、普通にこれだけで依頼達成でしょ?

よし!明日からは怪我を理由に行かないでおこう!


しばらくしてから、飛ぶような勢いで駆け付けてくれたおばさんに抱えられ、そのまま薬屋に帰った。










しくじった…

あんなガキ一人に作戦を台無しにされるなんて…


「クソが…これじゃあグレンツ候に合わせる顔がねぇ…」


ロイレ・グレンツ侯爵

保守派の貴族の一人で、裏での活動が最も盛んな男。

暗躍王の異名を持つグレンツ侯に仕える暗殺者は数多く、俺もそのうちの一人だ。


改革派…

言っていることの聞こえは良いが、奴等がいると国が乱れる。

保守派の貴族の中にもまともな奴は居る。

そういう奴が、王の圧政や重税を改善しようと裏で動いているというのに、改革派のバカ共はそれを知ろうともしない。


改革派の存在は、国の現状に不満を持つ者達の希望の星。

王侯貴族に抵抗する意思の原動力。

それはやがて反乱となり、国中へと広がる。

この国はようやく平和を手に入れたというのに…今度は内乱か?

勘弁してくれ…


「……警戒度は上がっているが、流石に今日もう一度襲撃されるとは思っていないだろう。さっきの失敗を取り戻す」


少し離れたとこから領主邸の様子をうかがい、警備の薄い場所を探す。

領主邸の周りを回っていると、警備隊の詰め所付近は警備が甘い事が分かった。


まさか、警備隊の拠点がある方向から刺客が来るとは思ってないんだろう。

さて…じゃあこっちから行くか。


屋根の上に登り、全力でジャンプして塀を飛び越えると、詰め所の真横に着地した。

次の瞬間――


「なに!?」


突然地面が赤く輝き、巨大な魔法陣が現れる。


――キィィィン!!キィィィン!!――


甲高い…虫の声のような音が鳴り響き、警備隊を呼び寄せる。


「居たぞ!あそこだ!!」

「リーヴィア様の作戦が成功したのか!?」


近くに潜んでいたらしい警備隊が次々と駆け寄ってくる。

リーヴィア…あの『紅蓮の薬師』か!!

クソッ!老人の知恵を無駄に使いやがって!


急いで警備隊詰め所の屋根に登ると、警備隊が登ってくる前に塀を飛び越える。

そして、できるだけ遠くまで走って逃げる。

これ以上の襲撃は無理だ。

日を改めてもう一度っ!?


突然横から飛んできた炎の矢を回避すると、炎の矢が飛んできた方向から話しかけられた。


「まさか、逃げられると思ったのかい?グレンツの犬」

「リーヴィア……」


そこに居たのは、この街で最強の魔術師。

『紅蓮の薬師 リーヴィア』だった。


「グレンツ候とは旧知の仲だ。教師をやっていた頃、何度も世話になったよ」

「……見逃してくれるのか?」

「そんな訳無いでしょう?あなたが半殺しにした女の子がどんな人物か――理解しているかしら?」


あのガキ…?

時期的に、昇級試験を兼ねた依頼を受けてきた冒険者だろう。

冒険者から嫌われているリーヴィアと、あのガキになんの関係が…


「……何も知らないようね。まあ、知らなかったからと言って許すつもりはないけれど」


リーヴィアはそう言うと、俺の周りに炎を発生させる。

これは…『火炎棘フレアニードル』か!?

リーヴィアは国内でも屈指の実力を持つ炎使いの魔術師。

そんなリーヴィアが開発した凶悪な炎魔法、『火炎棘』。

全方位から炎の棘を伸ばし、全身を串刺しにして体内から焼き尽くす。

数々の魔物と賊を葬ってきた悪名高き魔法だ。


「あの子は私の弟子でね。あの子に何もしなかったら見逃してやっても良かったんだけど…狙う相手を間違えたわね」

「おいおい……どんな確率だよ」


俺が襲撃をした日に、たまたま最強の魔術師の弟子が依頼を受けて門番になってた。

運悪すぎだろ…

こんな糞みてぇな理由で俺は死ぬのか?

やってらんねぇな…


「最後に…何か言いたいことはあるかしら?」

「……どうして俺がグレンツ候の暗殺者だと分かった?」


リーヴィアは、俺をグレンツ候の暗殺者だと言い当てた。

警備隊もあのガキも俺がグレンツ候の暗殺者だとは気付いていないはず。

リーヴィアにだけ気付ける何かがあるはずなんだ。

最期に…それが知りたい。


「…ミスリルのナイフよ」

「ナイフ…?これのことか?」


リーヴィアが俺をグレンツ候の暗殺者だと見抜けた理由。

それは、このミスリルのナイフらしい。

…確かにミスリルのナイフは珍しいが、グレンツ候だけって訳じゃないはずなんだがな。


不思議に思い、ナイフを眺めているとリーヴィアが口を開く。


「そのナイフには私が掛けた追跡の術が込められている。暗殺者がナイフを持ち逃げしない為、暗殺者が捕まった場合、その位置を特定できるようにする為、暗殺者が殺された場合、ナイフを回収する為。そんな理由かららグレンツ候より、追跡の術の付与を頼まれた」

「なるほどな…それで、分かったのか」


グレンツ候とリーヴィアにそんな繋がりがあったとは…

それに、このナイフにそんな仕掛けがあるとは…


「言いたいことはそれだけかしら?」

「ああ、そうだな」

「そう……なら、死になさい」


リーヴィアは冷たい声でそう言い放つと、魔法を発動した。

リーヴィアの『火炎棘』によって俺の体は串刺しになり…内側から体を焼かれて死んだ。

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