第15話 次の街へ

「この馬車に乗ればいいの?」

「そうよ。この馬車は隣町の『ドーライ』との連絡馬車。コレに乗ればいいわ」


おばさんに案内されて、私は次の街へ向かう馬車のところへやって来た。

そこには既に何人かの先客が居て、馬車が出発するのを待っているようだ。


「もう出発するよ。嬢ちゃん乗らないのかい?」

「乗ります乗ります!」


私は慌てて馬車に飛び乗ると、馬車の中からおばさんに手を振る。

すると、おばさんもニコニコしながら手を振り返してくれた。


「絶対また会いに来るから!その時まで生きててね!」

「ふふっ。私にはエルフの血が流れてるのよ?あと50年くらいは待ってあげるわ」

「何言ってるの?おばさんならもっと生きられるよ!」


いくらエルフの血は四分の一とはいえ、おばさんの技量ならもっと生きられるはず。

まだ人生に満足してる訳でもないっぽいし、何ならいくらでも長生きしてやるって気概を感じる。

きっと、その50年には何か意味があるんだろう。

……私の寿命か?


「……流石に私が死ぬまでには会いに来るって!」

「そう?絶対だからね?」

「もちろん!絶対に会いに来るよ!」


その頃にはおばさん以上のお婆さんになってるかもだけど…

まあ、絶対に会いに行く。

どこまで旅に出ていようとね?


馬車が動き出し、ゆっくりと街の外へ向かっていく。

この速度なら、歩いてついてこれそうだけど…おばさんはそれをしなかった。

運動はキライって前に言ってたし、動きたくないんだろうね。


「帰ってきたら、私が見てきた世界の話、沢山聞かせてあげるからね!」

「ああ。楽しみにしてるよ」


少しずつ遠ざかっていくおばさんに手を振りながらそう言って、馬車に揺られる。

ドーライの街はどんなところなのか?そんなときめきを感じながら、おばさんが見えなくなるまで手を振り続けた。








数時間後


「うぅ…おしり痛い」


一度休憩を取ることになったから、私も馬車を降りる。

これは…老人ほど旅に出たがらない理由が分かった気がする。

歩き回るのが大変なのかな?って思ったけど、これはキツイ。

老体でこれに耐えるのは無理でしょ?


ズキズキと痛むお尻を擦りながら、おばさんから教わった簡単な回復魔法を掛ける。

もっと高度で質のいい回復魔法も使えるけど、おしりの痛みを取るくらいならこの魔法で大丈夫。

元々ちょっとした腫れや、虫刺されに使うような回復魔法だし。


「何やってるんだ?」


回復魔法を使っていると、それが気になったらしい馬車の御者が話しかけてきた。


「回復魔法。これでおしりの痛みを和らげる」

「そんな事できるのか!?」


おしりの痛みを和らげるという言葉を聞いて、食い入るように声を荒げる御者。

普通にうるさい。


「できるよ?元々、ちょっとした腫れや虫刺されに使うことが目的の回復魔法だから、大した治癒能力は無いけど…」

「出来るならでいいんだが、ぜひそれを俺にも掛けてくれないか?この仕事をしてると、どうしても尻が痛くなるんだ」


そう言って、自分のお尻を擦る御者。

ベテランの御者でもお尻が痛くなるのか、連絡馬車…

これなら、多少疲れたり時間が掛かっても歩いて別の街に行く方が良いのかな?

お金もかからないし…


そんな事を考えながら、御者に回復魔法を掛けてあげていると、他の客たちがなにか言いたげな表情でコチラを見てくる。

……十中八九、回復魔法を掛けてくれってお目だよね?

掛けてあげても良いけど、なんの見返りもなくするのは……そうだ!


「……1回100シルでどうですか?」

「…高くないか?」

「じゃあ70シル」

「………まあ、それなら?」


うん、おばさんの言ってた通りだ。


『人にモノを売るときは、まず少し高く見せる。そして、じゃあ安くするよと値段を下げれば高確率で買ってくれる。その時に値下げした値段は、元々これくらいで売りたいって思ってた値段にしな』


人は、同じ値段でも安売りだと書いてある方を買いたがるらしい。

だから、最初は少しだけ高く見せて、次に正規の値段で売る。

これは商売の基本らしい。

安く買って高く売る、ってね?


「おお!ホントに痛みが引いたぞ!?」

「すげぇ…全然痛くねぇ」

「わ、私にも掛けて頂戴!」


結局、馬車に乗っていた全員に回復魔法を掛けることに。

大した額ではないけど、良い小遣い稼ぎになった。

なにせ、この回復魔法は特別難しい魔法でもないし、魔力消費が多いわけでもない。

おまけに習得にもそんなに苦労していない。

そして、御者がこの仕事を続けていられるように、我慢できるモノだ。


それなのに、みんな70シルなんてお金を払って回復魔法を掛けてもらっている。

お金を掛けてまですることでもないのにね?


「良い小遣い稼ぎになったな?嬢ちゃん」

「うん。これなら、これからも馬車に乗るのはありかもね」


大した額ではないとはいえ、こんなに簡単にお金を稼げるのは魅力的だ。

是非とも今後も馬車を使うとしよう。

その後、ドーライの街につくまで何度か回復魔法をもう一度掛けてほしいと言われ、またもや稼げた。

この金でドーライに着いたら串焼きでも買おう。










ドーライの街 貧民街


人気のない路地裏に、荒い息の音が響く。

まるで、誰かが何かから逃げるような荒い息が。


「や、やめてくれ…お、俺がアンタ等に何をしたって言うんだ!」


ついに追い詰められた男は、ゆっくり歩み寄ってくる帽子付きの外套を着た三人組にそういう。

この男は貧民だが、この三人組に対して盗みを働いた訳でもないし、不快に感じさせるような事もしていない。

手癖は悪いが、本当にこの三人組には何もしていないのである。


しかし、三人組は男の質問に答えない。

一言も言葉を発することはなく、ジッと男を見つめている。

そして、中央にいるモノが右にいるモノに指示を出す。

すると、右のモノは懐から小さな筒を取り出すと、フッ!っと息を吹き込んで吹き矢を飛ばす。

……当然、その吹き矢には毒が仕込んであった。


「うっ!?あがあああぁぁぁあ!!」


即効性の激痛を伴う毒に侵された男は、のたうち回りながら刺さった毒針を引き抜く。

吹き矢なので、簡単に抜けることは想定済み。 

少しでも刺されば毒は効果を発揮するので、針を抜かれることは何ら問題ではない。


やがて、男は悶え苦しんだ後に泡を吹いて息絶えた。

そんな男の死体を三人組は回収すると、街の外の廃屋へ持っていく。

そこにはいかにも魔術師らしい服装の、いかにも怪しいオーラを放つ爺さんが居た。


「ふむ…やはり、三人一組は効率が悪いな」


運ばれてきた死体を見て、魔術師らしき爺さんはそう呟く。


「しかし、効率が悪いからと言ってあの方の命令を違える事もできん。ご苦労だった。今日はこのくらいで終わりにしよう。各自解散だ」


魔術師がそう言うと、三人組はそれぞれ街に溶け込む。

その事に、街の住人達はまったく気付いていない。

自分達の身に、危険が迫っているという事を…

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