第14話 異様な成長

アリーナに1週間の激しい運動の禁止を言い渡してから、今日で2週間。

既に禁止期間は切れているので、アリーナは今日も街の外に依頼に行っている。

……一人で12歳の子供を森に行かせるのは危険だけど…アリーナは別。

正直に言って、あの娘は異常だ。

ありえない成長速度を見せている。


「もうこの難易度も突破したのよね…」


バラバラになった術を組み合わせる事で、箱が開く仕組みの魔導具。

私が教師をしていた頃、変わり者な同僚が無駄に大量生産した魔導具で、学園の試験にも使われたモノだ。

種類が沢山あり、難しいモノは教師レベルの技量がないと解けない。


で、今のアリーナがどの程度の難易度をクリアしたかと言うと…私が教師をやっていた時に見た中で最も優秀な生徒と同じ。

しかも、その生徒は3年かけてその域に達したのに、アリーナは私の弟子になった日から数えて3週間ほど。

母親が橙級の魔術師ということで、これまでも魔法の勉強はしてきただろうけど…それを言えば、優秀な生徒も似たようなもの。

貴族の子だから、高い金を払って高名な魔術師に指南してもらっているだろう。


条件はほぼ同じ。

そう考えれば、アリーナの異常さがよく分かる。

あの娘は天才だ。

赤級や紫級――もしかしたら黒級の冒険者になれる程の才能を秘めている。


「おばさんただいま!」

「お帰り、アリーナ」


今はまだ、私のほうがずっと強い。

…が、いずれ私よりもずっと強くなるだろう。

それに、あの魔眼。

どうやら使い方が分からないらしく、宝の持ち腐れ状態になっているが……上手く使えるようになれば、凄まじい力を発揮する。


教えたい事は山ほどあるが……こんな田舎に留めておくのは可哀想だ。

ガイルの言っていた、『白級で居させるのは世界の損』というのも強ち間違いではないかも知れない。

経験に勝る教師は居ない。

アリーナには、もっと沢山の経験をさせないと。


防御力を重視した重い服を脱ぎ捨て、身軽な普段着に着替えているアリーナ。

そんなアリーナに、私は声をかけた。


「…アリーナ、大事な話があるの」

「…?どうしたの?」


服を着替えながらこっちに歩いてくる。

転んでしまいそうで心配だが…アリーナのバランスなら大丈夫だろう。


「アリーナ。アナタは強くなったわ。自分の力を試すためにも、今度あの森へ行かない?」

「……レイスを倒すの?」

「そうよ。…もちろん、アリーナがね?」


今のアリーナなら、私の援護が無くてもレイスにも勝てるだろう。

レイスは討伐難度『黄』の魔物だが、それは霊体であるが故に物理攻撃が効かず、魔力の扱いに慣れてきた冒険者は大抵黄級の為だ。

黄級未満で魔力を扱えるものが少ないというのも、討伐難度が高い理由の一つでもある。


だが、今のアリーナならレイスを倒せる。

既に魔法学園で最優秀の生徒と同等の魔法制御能力を持っているんだから。

可能性は充分あるわ。


「いつ行きたいかしら?私はいつでも良いわよ」

「じゃあ、今から!」

「今から?…分かったわ。すぐに店を閉めましょう」


急ぎで店を閉めると、外出用のマントを羽織ってあの森へ向かう。


「おう!アリーナちゃん!お師匠様とお出かけか?」 

「あらあら。今日は街のお外で修行かしら?」

「まだ子供なのにスゲーよ。俺よりも強いんじゃねえーの?」


いつの間にかアリーナは街の人気者になっていた。

領主邸を一人で守りきった事が大きいんでしょうけど…強くなろうとするひたむきな姿勢が評価されたというものもあるわね。

それに、アリーナは可愛らしいから、その点でも好かれているに違いない。


そんな、強くて愛されているアリーナ。

今日のこれでほぼ一人でレイスを倒せたら…旅立たせてあげよう。

この街から旅立つ事を寂しく思う人達も居るだろうが…ずっとこんな田舎に居させるわけにはいかない。

アリーナの夢のためにもね。


門をくぐり、森へと辿り着くと何やら不穏な空気が漂っている。

レイスが魔物や野生動物を殺し回っているんだろう。

放置しておけば、この森がめちゃくちゃになり、街にも被害が出るかもしれない。

だというのに、ギルドは中々動かない。

あまり期待しないほうが良さそうね。


「いい?私が危険だと判断したらそこでおしまい。絶対に無理をしては駄目よ」

「うん、分かってる」


私が前を歩き、探知の魔法を使いながらレイスを探す。

霊体であるレイスは熱探知の魔法には引っかからない。

だから、魔力探知を併用しながら探知を使う。

これも、アリーナに教えないとね。

そんな事を考えながら歩いていると、こちらへと向かってくるそれらしい気配を見つけた。


「アリーナ、レイスが来ているわ。戦闘に備えなさい」

「分かった」


アリーナを前に立たせると、私も魔法の準備をしておく。

もしもアリーナが負けた時、私が守ってあげられるようにね?


私が魔法の準備をしているように、アリーナも初めて出会った時とは比べ物にならないほど素早く魔法の構築をしている。

前はそれなりに時間を要したのに…もう完成している。

成長したわね、アリーナ。


「ホオォォ……」


アリーナの成長に感動していると、レイスの声が聞こえてきた。

この声には他者の精神に干渉する力があり、正気を奪ったり、恐怖で動けなくさせる事ができる。

3週間前のアリーナは、この声に含まれる精神干渉に対抗出来ないから耳を塞がせた。


「残念だけど、精神干渉の抵抗力はかなり上がってるから私には効かないよ」


ようやく姿を現したレイスに、アリーナは余裕の表情を見せる。

すると、レイスは一瞬近付くのを躊躇ったが、すぐに襲いかかってきた。

アリーナの体から生気を吸い取って、啜り殺すつもりなんだろう。

でも、アリーナがそれを許すかな?


「まずはこれから試してみよう。『大地束縛アースバインド』!」


見違えるほどあっという間に魔法を構築したアリーナは、レイスの周りの地面を操って縄のようにする。

そして、土の縄を使ってレイスを拘束した。


「霊体であるレイスには土属性は相性が悪い。しかし、魔力をしっかりと通した土なら霊体にも触れられる。――だったよね?」

「ええ。よく出来てるわ」


本来、土属性は霊体のレイス含めアンデッドと相性が悪い。

土属性魔法は、周囲の土や岩を操って攻撃する。

魔法であるが、周辺にあるモノを使う場合は物理攻撃に近くなる。

すると、霊体であるレイスには物理攻撃が効かないので、土魔法も効かない。


しかし、魔力を土に通しておけば土が魔力を帯び、霊体のレイスに触れられるようになる。

アリーナが周囲の土を使っているのにレイスを拘束できたのはその為だ。


「うんうん。魔力を通した土ならいけると…じゃあこれは?『見えざるゴーストハンド』!」


アリーナが魔法を発動すると、周囲の草がパタリと倒れ、地に伏している。

あの魔法は、私が昔同僚に教えてもらった珍しい属性の魔法。

なんでも、『重力』?という大地の力を操る魔法らしい。

その為、大地属性に適性のあるアリーナであれば、『見えざる手』を使えるのでは?と考え、教えてみた。

すると、適正属性ということもあって簡単に習得してしまった。


そんな経緯でアリーナが使えるようになった『見えざる手』だが…


「……やっぱり、霊体にはそんなに効果がないのか」


霊体には『重力』という力に縛られる肉体が存在しないため、そこまで効果が無い様子。

まったく意味が無い訳では無いでしょうけど…正直、魔力を通した『大地束縛』で充分ね。


「うん。実験は終わり。私の魔法の練習に付き合ってくれてありがとう。お礼に成仏させてあげる」


そう言って、私の教えた空間収納の魔法から槍を取り出したアリーナは……魔力を通した槍でレイスを滅多刺しにし始めた。

いくら『浄化リーツ』で簡単に成仏させるためとはいえ、拘束され、身動きが取れない相手を滅多刺しにするのはちょっと…


「これくらい削れば良いかな?じゃあね?来世では、もうレイスになんかはならないように。『浄化リーツ』」


誰でも扱える、比較的簡単な聖属性魔法『浄化』。

コレによってレイスは浄化され、囚われていた魂が輪廻の大輪へと還った。

いずれ何千年、何万年後に遥か彼方の何処かの世界で、何かに生まれ変わる事でしょう。

その時には、当然私も輪廻の大輪に還っているでしょうけど。


浄化され、輪廻の大輪へと還っていく魂に良き来世を願っていると、アリーナが笑顔で駆け寄ってきた。


「どうどうおばさん?私は強くなった?」

「ええ。とっても強くなったわ」


やはり、この娘には旅をさせるべきね。

もちろん、戦えば私のほうが遥かに強いし、教えられる魔法は山ほどある。

しかし、この3週間――たった3週間で教えた魔法だけで、冒険者としてやっていけるだけの魔法を習得した。

後は、自ら改良、開発を重ねて強くなっていくでしょう。

わざわざ私が教えるまでもないわ。


「アリーナ。アナタはとっても強くなった。もう、私が魔法を教える必要はない程に」

「……弟子は卒業ってこと?早過ぎない?」

「察しが良いわね。確かに早いけど、わざわざ私が教えずともアナタは自分の力で強くなれる。それに、旅をして色々な世界を見てきた方が、ここでダラダラと修行するよりも多くのことを学べるわ」


悲しそうな顔をするアリーナにその事を伝えると、どこか納得したような顔を見せた。

多分、まだ見ぬ世界を見たい欲求に駆られたんでしょうね。


「これは…アナタを旅立たせるかどうかを判断するモノだったのだけれど…どうやら、問題なさそうね」

「ふふん!私は天才だからね!」

「ふふっ、そうね。……ちなみに、そんな天才のお父さんとお母さんは誰なのかしら?冒険者って事は知ってるけれど…」


そう言えば、アリーナの両親について聞いたことが無かった。

こんな化け物じみた天才を生むような親だ。

絶対に、普通じゃない。

いったい、どんな親が出てくるのやら。


「私のお父さんとお母さんは、橙級冒険者のメリアとアドレイだよ?聞いたことあるんじゃない?」

「メリア…アドレイ……そう、あの二人なのね」

「やっぱり知ってるんだ!お父さんとお母さんってどんな活躍をしたの!?」

「そうね……この街に来たのは、メリアが産気づく少し前だから、それらしい活躍を聞いことはないわね。でも、前々から国中を旅している3人の冒険者が居るって話は聞いたことがあるわね」


残念ながら、私はあの二人の活躍を知らない。

しかし、もっと別のことを知っている。

……まあ、まだ知らせるべきではないでしょう。


「あの二人の娘なら、ここまで天才なのも納得ね。――しかし、にしても鳶が鷹を生んだわね」


あの二人は間違いなく強いけど…にしても強過ぎる。

…父親の血か?

それか、突然変異的な天才か…

でなれければ、説明がつかないくらいアリーナは才能に満ち溢れている。

何度も言うけれど、この才能をこんなど田舎に留めて腐らせる訳にはいかない。


「アリーナ、旅立ちはアナタの好きな日にしなさい。それまで、あの部屋は貸してあげる」

「ありがとう!…じゃあ、明日出発する!」

「えっ!?」


あ、明日…?

いくらこの街に長時間留めさせる気はないとはいえ…随分といきなりね。

なんというか…計画性皆無と言ったところかしら?


「お父さんに教わった言葉を大切にしてるんだ。『思い立ったら即行動』って」

「だとしても無計画過ぎるわよ…」

「良いじゃん。人生行き当たりばったりだよ!」


そんな勢いだけで上手くいくほど、甘くは無いのだけれど…まあ、それもいずれ身を持って体感することでしょう。

それまでは、どこまでも突き進めば良いじゃない。

好きにさせてあげましょう。


「なら、今日はご馳走ね。何が食べたいかしら?」

「えー?……なんでも良いよ?おばさんが思う、旅立ちを祝うご馳走が食べたい」

「そ、そう…?…なら、ガッツリ肉を食べましょう。私はそんなに要らないけど、アナタはこれからも大きくなるんだし、肉を沢山食べるべきよ」


出来れば新鮮な肉が良いわね。

街の肉屋に良いものが売っているかしら?

…無かったら、森で鹿か何かを狩って丸焼きにしましょう。


もう明日にはいなくなるアリーナの手を繋ぎ、肉を求めて街に帰った。

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