第22話 手合わせ

「ニンゲン!ニンゲン!」

「ニンゲンダ!ニンゲンダ!」

「オンナモイルゾ!」


わらわらと奥からゴブリンが出てくる。

その全員が武装していて、明らかに殺意を向けている。


「マジかよ…」

「だから言ったじゃん…早く逃げるよ!!」


コイツらのせいで逃げるのが遅れた。

というか、ゴブリンに見つかった。

村があるって確信できるだけのゴブリンは出てきてるし、コイツらを置いてでも逃げる!

個の力は私より弱くても、これだけのゴブリンを相手するのは無理!


魔力を使って全力で走り、流れる風のように森の中を駆け抜ける。


「なっ…なんでコイツこんなに速いんだよ!」

「知るかよ!死にたくなかったら走れ!!」


後ろから怒号が聞こえてくる。

これだけ叫べるなら、ゴブリンから逃げることは出来そうだね。

なら、私は自分の身を第一に考えて……この気配は…?


「チッ……『石踏み』!」


嫌な予感がした私は、走ってくる冒険者の後ろに魔法を発動し、ゴブリンの足止めをする。

この魔法は、地面に大量の尖った石を作り、それを踏ませる魔法。

毒が塗ってある訳でもないし、そこまで大きくもないから大したダメージは期待できないが―――


「イタタタ!?」

「イシ!イシ!」

「アシガイタイ!!」


それはもう鋭利に作ってるから、踏みつけようものなら大変なことになる。

靴さえ貫通するように作られてる石だ。

素足で外でも活動するゴブリンには大いに効くだろうね。

……ダメージは期待できないけど。


「なんだ?急に追ってこなくなったぞ?」

「魔法で足止めしてる!今のうちに逃げるよ!!」

「魔法!?お前、魔法が使えるのか!」

「その話は後!拠点に戻るのが先だから!!」


魔法が使えるのかって、どうでもいい事を聞いてくる男を黙らせて、拠点に走る。

そして、後ろの黄級冒険者達がもう走れないと泣き言を本気で言い始めた頃に、何とか拠点に辿り着いた。






「ふむ…ゴブリンの巣があるのはその方向か」

「私達が向かった方向からは少し外れるから……多分、これくらいかな?」

「分かった。では、念のためもう一度調査隊を向かわせよう。今度は、その手の作業が得意なやつにやらせる」


走り過ぎてぶっ倒れた黄級冒険者に代わり、私が報告をする。

私に追い付こうと、無理に走り過ぎて体力を使い果たしてしまったらしい。

今も肩で息をしながらそこで横たわってるし。


「しかしまぁ…どうしてあんなにグッタリしてるんだ?」

「子供でも魔力を使えば大人に勝てる。魔力を使って走る私に追い付こうとした結果だね」

「なるほど。素の身体能力で魔力を使えるものと張り合ったって訳か…」


ゲールさんの理解が早くて助かった。

他の人なら私が魔力を使えるところからしっかりと説明しないといけなそうだし…

これがベテランの凄さってやつだね。


「これならお前を討伐隊の一員に組み込んだほうがいいかも知れないな。まだ青級だって事が悔やまれる」

「別に、討伐隊に組み込まれなくてもこっそりついて行くつもりだよ。その代わり―――ね?」

「ああ。しっかりとこっちで評価を付けておく」


こういう融通が利くところもベテランたる所以だね。

ゲールさんが今回の作戦の指揮担当で良かった。


報酬も少なければ、評価もあまり付かない依頼だったけど…ゲールさんのお陰で今回は期待できそうだね。

準備が整うまで、ゆっくり魔力操作の練習でも―――


「おいガキ。ちょっとこっち来いや」

「ん?…ああ、もう元気になったんだ?」


さっきまで息絶え絶えでぶっ倒れてた黄級の人が、私のことを忌々しそうに睨みつけながら手招きしている。

見た目からして素行が悪そうだし…何がしたいのか目に見えてるね。


チラッとゲールさんの方を見ると、眉を顰めて溜息をついている。


「行って来い。お前なら、負けることはないだろうしな」

「そうだね。軽く捻ってくる」


ゲールさんの反応を見るに、これ初めてじゃないね。

明らかに呆れられてる。

つまり、ゲールさんに呆れられるほど似たようなことをしてきたんだろうね…


念のため魔力を練りながら、警戒しつつ向かっていく。

すると、黄級のバカはニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべながら武器に手を伸ばした。


……せめてその武器を掴もうとする動き隠せや。


「私に何かよ――「うらぁぁ!!」――やっぱりね…」


振り下ろされた剣をヒラリと躱し、空間収納から槍を取り出し、矛先を首に突きつける。


「本当に黄級?びっくりするほど単調で、短絡的な動きしかしないじゃん」

「このガキッ!!」


分かりやすく煽ってやると、酒でも飲んだみたいに真っ赤になって横薙ぎに剣を振る。

その剣を私は容易く掴み、受け止めて見せる。


「頭も残念だし。武器を使う腕も残念。――まあ、武器自体は一品みたいだけど?」

「ぐぅぅぅううう!!」


赤いを通り越して、赤熱化したような顔で奇声を上げる黄級のバカ。

力任せに剣を引き抜こうとするが、私の掴む力のほうが強い。

……まあ、魔力を全力で使って強化してるし。


「なんて言うか…弱いね?」


心の底からバカにしているような顔で、心の底からバカしているような声で煽ってやる。

すると、最初はぽかーんとしていた黄級のバカだったけど……


「こんのぉ……クソガキィィィィィィイイ!!!」


顔真っ赤で無理矢理剣を押し込んでくる。

剣を引き抜かれないように引っ張っていたから、その勢いも乗って私の体に剣が迫ってくる。

これは躱せない。

普通なら、そうなるだろうけど…私が無策にコイツをバカにしてる訳がない。


「よっと!」


黄級のバカの行動なんて、簡単に予想できる。

剣を軽く押してすぐにしゃがむと、私の頭上を剣が通過した。

…ちょっと髪が切れた気がするけど、私には当たってない。


「危ない危ない。知らないの?冒険者どうして殺し合うのは御法度だよ?」

「うるせぇ!!俺はお前をぶっ殺―――ッ!!?」


あまりにも見苦しかったから、つい股間を思いっきり殴ってしまった。

拳に何か棒のようなモノが曲がる感触と、球状のモノがぶつかる感触がある。

チラッと上を見ると、さっきまで真っ赤だった黄級のバカの顔が真っ青になっている。

流石に去勢するほどの勢いは無いけど……まあ、想像を絶するような痛みがあることに変わりはない。


「お、おぉ……」


膝と膝がくっつき、両手を股間に当てながら力なくフラフラとしゃがみ込む黄級のバカ。

生まれたての子鹿のようにぷるぷると震え、今にも死にそうな顔色のバカに集まる視線は、何故か同情を孕んでいる。


「よっわ。それでよく私に喧嘩を売ったね?」

「ひ、卑怯だぞ……こ、こんな…こんな方法で……」

「卑怯?金的なんて珍しい事でもないでしょ?基本の攻撃だし」


戦場に置いて、行動不能になる=死だ。

だから、一発で相手を行動不能に出来る金的は基本的な攻撃である。


……そんなだから、貴族の決闘では金的は禁止されてるんだよね。

そして、貴族が金的を禁止してるから、金的は良くないって風潮は市民にも広がってる。

確かに、こんなに簡単に相手を行動不能に出来る方法、使われたら面白くない。

だから、禁止されてる。


でも、そんなの私にはどうだっていい。

大体、金的を喰らえば行動不能になるなんて誰だってわかってるんだから、守るのは当然。

急所すら守れないヤツに、武器を握る資格はないよ。


「急所すら守れない三流が、ちょっと周りから見逃されてるからって調子に乗らない事だね。アンタは所詮、その程度なんだから」

「くっ…ぐぅぅぅうう!!」


明確な殺意を込めて私のことを睨んでいるけど、そんな股間を抑えてしゃがみながら睨まれても怖くない。

むしろ滑稽だ。

だから、この黄級のバカを一瞥して少し離れた所で魔力操作の練習をすることにした。

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