第26話 嵐の前の…

「さて……これが、お前に渡す金だ」

「……多くない?」


女性職員が持ってきたトレーに積まれた沢山の金貨を見て、私はそう訊ねる。

おそらく、100万シルくらいあるよね…?

そんな大金、子供に持たせるようなものじゃないんだけど…


「一応言っておくが、今回の件の報酬は色を付けているがその盆に盛られている金貨のうちの一枚だけだ」

「じゃあ、この沢山積まれた金貨は何?」


私がそう聞くと、ゲールさんは険しい表情をして天井を見上げたあと、大きなため息をついて話し始める。


「――昨夜、ギルドに賊が入った」

「はぁ…?それがどうしたの?」

「幸い、保管されていた金や貴重品の類には一切手が付けられていない。全て無事だ」

「なら良かったじゃん」


…?

ゲールさんの言いたい事が良くわらがない。

ギルドに賊が入ったけど、何も盗られなかった事と、この金貨がどう繋がるんだろう?


首を傾げて話の続きを聞かせてと目線で催促する。


「金や貴重品は盗られなかった……ただ、お前が見つけてきたあの書類と至宝が盗まれた」

「なんですって…?」


あの重要な証拠が盗まれた?

それってつまり…


「連中…取り返しに来たのか……」

「そのようだな…」


スラムで人を攫っては、アンデッドに変えていたあの連中が、証拠の詰まった書類と大事な至宝を取り返しに来た。

そして、ギルドはまんまと書類と至宝を盗まれてしまったと…


「本来なら、あれを領主様やここら一帯を支配している貴族に提出し、その後お前に報酬を渡す予定だったんだが……」

「盗まれたと…」

「ああ。そのお詫びというか…まあ、お前の功績を潰してしまったことに対する慰謝料として、受け取って欲しい」


そう言って、ゲールさんは沢山の金貨が積まれたトレーを私の方へ押す。

こんな大金、受け取らないなんて選択肢は無いんだけど……何か、裏がありそう。


「…まさかと思うけど、もう1回取ってこいなんて言わないよね?」

「手掛かりが一切無い状態で、そんな事言うか。……しいて言うなら、しばらくこの街に残って欲しいという意味はあるな」


しばらくこの街に残って欲しい?

それはつまり…


「連中があの至宝を使ったら――戦えと?」

「まあ、そうなるな…」


冗談じゃない。

ただでさえ貴族のいざこざには関わりたくないのに、相手は至宝を使って攻撃してくる。

確かに、私は聖属性の魔法である『浄化』が使えるけど、アンデッドの軍勢を相手にできる程じゃない。


「悪いけど、それは無理だよ。そんな意味があるなら、この金は受け取らない」

「命には代えられない、か…?」

「そうだよ。命あってこその冒険者だから」


冒険者は、職業柄危険と隣り合わせだ。

だからといって、全員が死を覚悟してる訳じゃない。

むしろ、殆どが死ぬ覚悟なんて無い。

だから、しっかりと依頼は選ぶし、リスク・リターンが見合わないならすぐに逃げる。


特に、私なんて死ぬ覚悟の無い奴の筆頭みたいなものだよ。

私は、お父さんやお母さんでさえ見たことがない世界を見る。

それまでは死ねないんだ。


「……その事は重々承知だ。そして、君が既に充分な功績を上げている事も」


しかし、ゲールさんは険しい表情をしながらそう言った。


「これから起こることは…我々の不注意によるものだ。その尻拭いを、あれ程の成果を上げた君にさせるのは恩を仇で返すような行為なのだろう…」

「……」

「だが!この街の戦力だけでは、あの至宝が呼び出すアンデッドの軍勢には勝てないんだ!だから頼む!手を貸してくれ!!」


むぅ…

確かに、この街の戦力だけじゃ心もとない。

この街で一番強いであろう冒険者は、あの大男だ。

黄級上位の冒険者が街の最強戦力……至宝の強さ次第では、勝てない可能性が高いね。


「……負ける可能性の高い戦に参加しろって言うの?」

「そうだ」

「相手は至宝だけじゃない。優秀な暗殺者も居る。そうでしょう?」

「そうだ」


確実にこの街を潰しに来ている。

この街に、それ程の価値があるとは思えないけど…何か、どうしても潰したい目的があるのかな?

いや、それは私のあずかり知るところじゃないか。

そんな事よりも、私が考えるべきはこの街を守るかどうか。


「……いいよ」

「っ!?本当か!?」

「ただし、ヤバそうだったら逃げる。死にたくないし」


確かに命あってこそだけど、危険を犯して初めて見られるのはモノもある。

環境が過酷過ぎて、人が立ち入らない秘境とか。

死線をくぐり抜けた先にある未来とか。

まあでも、『これは無理でしょ…』って状況だったら逃げるけどね?


「感謝する。君ほどの実力者がひとり増えるだけで、どれだけ戦況が変わることか――」

「もう一度言うけど、ヤバそうだったら逃げるからね?」

「そんな状況になったら、君がいても勝てないさ。逃げてくれて構わない」


それもそうか。

最強戦力が『勝てない』って言い出したら、他の人でも勝てない。

そうなったらどうしようもない。

私含め、みんな逃げるしか無いね。


「……ちなみにだけどさ?」

「安心しろ。報酬は色を付ける」

「ふふっ。じゃあ、お金よりも評価の方に色を付けてほしいなぁ」


等級が上がれば受けられる依頼が増える。

すると、今まで行けなかった場所に行けるようになる。

そこには、私が見たことのない世界が広がっているはずだ。

もしかしたら、そこでまだ誰も見つけていない新発見をするかもしれない。

それこそ私の求めるものって事よ。


「評価な……その件なんだが…少し、不味いことになった」

「え?」


不味いこと?

私、何か変なことしたっけ?


「お前、あのゴブリン討伐で派手に暴れただろ?」

「そうだね。凄くいい経験になったよ」

「それは良かった。……ただ、暴れ過ぎたせいで、他の冒険者の功績を奪ってしまってな。その事に怒った冒険者達が支部長に直談判したせいで、お前の今回の依頼の分の評価は付けない事になった」


……は?


「えっ!?じゃあ、あれは意味がなかったの!?」

「報酬はダントツで多いぞ?ただ、評価がゼロになったがな」

「そ、そんなぁ…私も直談判する!!」

「そんな事したら、この街の冒険者を全員敵に回すことになるぞ?しかも、他の街にも行く冒険者も居るし、他の街でも要注意人物扱いされかねない」

「じゃあどうしたら!!」

「諦めろ。評価が無くなった分報酬に色を付けた。ゴブリンを数十体倒しただけで金貨が貰えるなんて、破格も良いところだからな」


ぐぬぬぬぬ…!

確かに、報酬は破格だ。

破格なんだけど……慰謝料をたんまり貰ってるから、報酬よりも評価が欲しい!

それなのに…それなのに!


「もし連中が至宝を使って街を襲撃してきたら、全力で街を守る!その代わり、等級を一段階上げてね!?」

「だったら、一段階上げるに相応しい活躍をするんだな。それこそ、『英雄』って言われるくらいの」 


くうぅ〜〜!!

なってやろうじゃないの!?

英雄とやらに!!

そして、私の評価を奪った連中を見下ろしてやる!!

評価を奪った恨みは怖いぞ?カス共が!!


私は金貨を空間収納に詰めると、掲示板へ向かって走る。

一段階上げるという約束はさせた。

なら、連中が襲撃して来る前に緑級になって、連中の襲撃を跳ね返して黄級になる。

そのために、少しでも評価を稼ぐため、依頼を受けに向かった。

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