第3話 街への手土産

村を出てから30分。

石ころが目立つ道を、一人で歩いていた。

この辺りは砦に近いということもあって魔物も盗賊も少ない。


ノノー村は『テイイト王国』という国の国境近くにある村で、近くに隣国との交易で栄える街、『ツヴァーイ』がある。

そして、その街から国境側に2時間ほど歩いた場所に『ルッセ砦』と呼ばれる砦がある。

ノノー村は、『ツヴァーイ』と『ルッセ砦』よ間にある村なんだよね。


今私が向かっている街が『ツヴァーイ』で、お父さんとお母さんが冒険者時代に最後に訪れた街らしい。

何でも、『ツヴァーイ』に来た頃にお母さんが妊娠してることが分かって、旅の予定を中断して近くの農村であるノノー村に来たとか。

もし、お母さんの妊娠発覚が少し遅かったら、私は隣の国で生まれていたらしい。


「静かだなぁ…お父さんがいないと」


いつもなら、お父さん話しながら進む道も、今は私一人だ。

そう考えると、途端に寂しくなってくる。

しかし、そんな事も言っていられない。

なんたって、私はこれから歴史に名を残す偉大な大冒険者になるんだから!


首を振って雑念を取り払うと、改めて前を見る。

そして、力を込めて一歩踏み出そうとしたその時――


――ガサガサ!ガサッ!!――


私の近くにある小さな木が揺れ、中からなにかが飛び出してくる。


「クルガッ!」


その飛び出してきたモノは、少し体の大きいイタチのような見た目で、鋭い爪が特徴の魔物だった。


「なんだ『ゴゴク』か…」


私は、その鋭い爪で私の体を引っ掻こうとするイタチのような魔物――『ゴゴク』の攻撃を躱す。

『ゴゴク』は基本的に何処にでも居るモンスターで、見た目は爪の鋭いイタチ。

強さも大したこと無くて、一般人でも余裕で倒せるような魔物だ。

肉は固く、とても獣臭い。

燻製にしても固すぎて食べられないので、肉用に狩猟されることはない。

ただ、夜中に村に入ってきて作物を食い荒らす正真正銘の害獣なので、お父さんやお母さんは積極的に狩っている。


「ゴゴクは、攻撃を躱した後に首を裂く!」

「クガッ!?」


槍を取り出して、ゴゴクの首めがけて突きだす。

槍が首に刺さった事を確認すると、思いっきり振ってそのまま首を切り裂いた。

これで、後は少し待てば失血死する。


突然首を切り裂かれ、のたうち回るゴゴク。

それを見ていると少しずつ動きが鈍くなっていき、最終的に動かなくなった。


「ゴゴクは毛皮が売れるらしいんだけど……きれいになめせる道具がないや」


こういう時は、しっかりと血抜きをして内臓を引き抜いて……後は、ここに香草を入れればオッケー。


慣れた手付きで血抜きと内臓処理をすると、中にその辺に生えていた香草を詰める。

こうすることで腐りにくくなるらしいけど…まあ、ずっと日の下に晒してたら腐るから、早めに街まで行こう。


「とりあえず、いい手土産が手に入ったね。これを売って路銀の足しにしよう」


肉は固いし獣臭いけど、食べられない事はないので少しは流通している。

質が落ちる前に街まで行けば、少しは高く買い取ってくれるはず。


のんびり歩くのをやめて街まで走ることにした私は、ゴゴクを槍に突き刺して担ぐと小走りで街まで向かった。






「ちょっと休憩するか…」


途中で小川を見つけた私は、ゴゴクを小川に浸けて血を洗い流すと、ついでに汚れも落とす。

こうすればさらに腐りにくくなるからね。

新しい香草を詰めて保存性を高めると、ゴゴクを木陰に置いて一休みする事にした。

いい感じに座れそうな木の根があったのでそこに腰掛けて風に当たっていると…


「……ん?」


視界の端に、なにか動くモノが見えた。

そっちの方を向くと、そこには輝く角を持った鹿が居た。


「嘘っ…『宝石鹿』?」


あれは『宝石鹿』という魔物で、宝石のように透き通る美しい角を持っていることが特徴だ。

非常に耳がよく、警戒心も高いので滅多に倒せるような魔物じゃないんだけど…まさか、私に気付いてない?


「……全然警戒してないね。私に気付いては居るけど、警戒はしてないのか」


宝石鹿はとても賢い魔物だから、どんな見た目の奴が危険で、どんな見た目の奴が安全かよく知っている。

当然、人間という生物のことも知っているだろう。

だから、大人は危険でも子供は大した脅威じゃないって事を知っているに違いない。


何なら、宝石鹿は武器の有無でその存在が脅威になるかどうか判別できるらしいけど、丁度槍は死角になって見えない位置にある。

私のことを、何も出来ない非力な人間の子供とでも思ってるんだろうね。

その油断が、命取りとも知らずにね?


私は、魔力を練り上げてお母さんから教わった方法で術式を構築する。

槍を持つと警戒されるから、魔法で攻める。

モシャモシャと私の目の前で草を食ってやがる宝石鹿に狙いを定め…


「『礫弾ストーンバレット』」


できるだけ小声でそう言うと、手が輝いてそこから拳程の大きさの礫が飛ぶ。


「オンッ!?」


突然礫が飛んできて、頭に直撃した宝石鹿は一瞬よろめいたがすぐにその場から逃げ出した。


「ああっ!待って!!」


すぐに槍を拾って投擲しようとしたが、時すでに遅し。

電光石火の早業でその場から逃走し、もう狙えない位置まで逃げられていた。

私は逃げていく宝石鹿を見つめ続けることしか出来ず、その場に立ち尽くしていた。


これで、あの宝石鹿が私のような子供を前に油断することは無くなった。

今後、これ以上の絶好のチャンスは訪れないだろうね。

宝石鹿は警戒心が高い上にとても賢い魔物。

せめて、角だけでも欲しかったけど……肉や毛皮もと欲張ったのが駄目だったかな?


「逃した獲物は大きかったなぁ……はぁ、もう休憩はこれくらいにしよう」


かなり後悔しながらも、私は宝石鹿の事を諦めて街に行くことにする。

これ以上ここに居てもまた宝石鹿がやって来ることはない。

木陰に立てかけておいた槍を持って、ゴゴクを手土産に街へ走った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る