第6話 薬師に連れられて

とりあえず依頼を終わらせようということで、一度話を中断してカゴの中の魔法薬を棚に並べる。

おばさんはそれを見守りながら、さっきから紙に何か書いている。

近くを通りかかった時に横目でちらっと見た感じ、それは魔法陣だった。


紙に書くあたり、結界の魔法陣かな?

でも、それだとどこから魔力供給をするんだろう?

あんな紙切れじゃ、魔力貯蓄用の術式も書けない。

大した魔力を込められず、すぐに効果を失っちゃう気がするんだけど…


そんな事を考えていると、おばさんが叱責を飛ばしてくる。


「余所見してないでさっさと並べな」

「は、はい!」


さっきからチラチラと見ていた事はバレていたらしい。

それもそのはず。

だって、このおばさんからはお父さんやお母さん以上の力を感じる。

そんな人が、私の視線に気付けないなんてあり得ない。


「……おばさんはどうしてそんなに強いの?」

「ん?そりゃあ…長生きしてるからね」


長生き…?

おばさん、そんなに老けてないよ?

もしかしたら、長寿な種族なのかな?

それか、魔力で寿命を引き伸ばしてるか。


「おばさんは人間?」

「そうだね。ただ、私の爺さんがエルフらいしから、普通の人間よりは老けにくいよ」


なるほど、エルフの血が混じってるのか。

…でも、耳は尖ってないね?


「耳が尖ってないよ?」

「まあね。私のエルフの血は四分の一。あの尖った耳にはなりにくいんだよ」

「ふ〜ん?」


エルフの血を引いていても、耳が尖らない事があるんだ?

知らなかった。


「アリーナ…だったかい?」

「そうだよ?私の名前はアリーナ」

「じゃあ、アリーナ。これから一緒に薬草でも取りに行くかい?」


一緒に薬草を?

どうして?薬草なんて白級や青級の冒険者が取ってくるから、ギルドで買えば良いのに…


「貴女、だいぶ強いでしょう?とても、12の子供とは思えないオーラだわ」

「ふふん!私はとっても強いだよ?村じゃ、お父さんとお母さん以外に私に勝てる人は居ないからね!」

「そう。その割には―――随分と隙だらけね?」

「っ!?」


音もなく、滑るように移動したおばさんが私の背後を取って指先を私の首に突き付けてくる。


「実力は確かかも知れないけど…まだまだ子供ね」

「うう〜」

「何顔を膨らませてるのよ?これから強くなれば良いじゃない」


そうじゃない。

そうじゃないんだよ、おばさん。


「…油断してなかったら躱せたもん!」


私は強いんだ!

不意打ちじゃなかったら、こんなの躱せてた!


「あらあら。でも、敵はあなたに合わせてくれないわよ?必ずしも正面から戦ってくれる訳じゃないの」

「それは…」

「不意打ちに対応出来るようにならないと、せっかくの強さも意味が無いわよ?」


むぅ…

確かに、おばさんの言う通りだ。

魔物はいきなり襲ってくるし、盗賊は正面から戦ってくれない。

でも、敵じゃないと思ってた人に後ろから襲われて対応できるわけ無いじゃん…


「…でも、おばさんが襲ってくるって思ってなかったし」

「それが不意打ちってものよ。人を簡単に信用しちゃダメ」


そう言って、おばさんは私の唇を人差し指で押してくる。

なんかニコニコしてるし、心なしか嬉しそうだ。


…信用してくれた事が嬉しかったのかな?


「とにかく、不意打ちには気を付けなさい」

「はーい…」


おばさんは上機嫌に私の頭を撫でると、空になったカゴを回収して店の奥に片付ける。

そして、ギルドの模様が描かれた木の板を持ってきた。


「行きましょう。薬草採取のついでに、依頼完了の報告をして」

「うん…」


私は一言も行くなんて言ってないけど、おばさんに押されて渋々行くことにした。

見た目はあれだけど、良い人かも知れない。

色々と教えてくれたし、悪意を感じないし。


おばさんに連れられてギルドを訪れた私は、冒険者達の視線を浴びながら依頼完了を報告し、薬草採取に向かった。










――とある受付嬢――


何も知らない子供にあの堅物婆さんの依頼を任せるのは酷だったかも知れない。

でも、そうでもしないと誰もあの婆さんの依頼は受けないし、ずーっと放置されちゃう。

あれば仕方なかったんだ。

必要な犠牲、沢山の冒険者に楽をさせるための、ね?


そう自分に言い聞かせていると、何やら冒険者達が騒がしくなる。

よく見ると、あの堅物婆さんが依頼を受けた女の子を連れてギルドにやって来た。

正直、目を疑った。

なにせ、何やらご機嫌な様子の婆さんが女の子と手を繋いで歩いてきている。

あの誰にでもキツく当たって、魔眼を使って新人をイジメる事で有名なあの婆さんが。

商品の質は良いが、買う時に色々と難癖をつけてくる事で有名なあの婆さんが。


「依頼完了しました」

「あっ、はい…」


女の子がギルドの紋章が入った板――通称・完了札を差し出してくる。

完了札を受け取ると、依頼書にハンコを押して報酬を渡す。

女の子はそれを服の中から取り出した財布に入れて、また婆さんと手を繋いで出ていった。


その姿は、孫と手を繋ぐ祖母のように見えるが……全然関係ない人同士。

ましてや、何も知らない子供と人付き合いが悪いババアという組み合わせ。

今でも混乱しているが…あの子はあの婆さんに気に入られたらしい。

あの子も嫌そうな表情はしてなかったし、自分から手を繋ぎにいっていたから仲は良さそうだ。


「…あの薬屋で何があったのやら」


かくして、あの女の子は薬師のババアこと、魔導師リーヴィア様に気に入られたガキとして広く認知されるようになった。



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