第29話 嵐の前の夕暮れ

「……嫌な予感がする」


なんとなく、そんな気配を感じた私は、夕日に染まる街を1人練り歩く。

多くの店は、店じまいを始めていて、人通りも少ない。

時間が時間なだけに、街は閑散としていて、かなり静かになった。


そんな街を歩き回っていると、ゲールさんに出会った。


「よう。こんな時間に散歩か?」

「まあね。なんか、嫌な予感がしてね…」

「お前もか?実のところ、俺もなんだか背中がむず痒くてな……今夜かもしれん」


ゲールさんも嫌な予感を感じている。

やっぱり、襲撃は今夜か…


となると、こうしちゃいられないかもね。


「どうする?今からでも、衛兵に警備を強化するよう頼んでおく?」

「いや、それには及ばない。不確定な情報を持ち込んで、混乱させる訳にはいかないからな」


ここまで来ると、確定した情報な気もするけど……まあ、証拠がない。

指揮の話をするなら、現実的で確実な話をしないと。

『嫌な予感がする』じゃ、駄目なんだよね。


「アリーナ、お前はどうする?」

「……どうしよう?何をして待ってたら良いのかな?」


このまま帰って寝たら、多分中々起きられない。

起きられたとしても、寝起きで本調子じゃないから危険だ。

起きて、待ってる方がいい。


「することがないなら、ちょっと来てくれないか?やって欲しい事がある」

「良いけど……なに?」

「神聖魔法が使えるんだろ?ちょっと、解いてもらいたい呪いがあってな」


呪いかぁ…

私、呪いを解くのはやったこと無いんだよね。

それに、解呪は失敗すると反動が怖い。

やりたくないなぁ…


「安心しろ。そこまで強力な呪いじゃない」

「なら、街の司祭にやってもらったら?」


大したことない呪いなら、わざわざ私に任せる理由が分からない。

どうして私なんだか…


「それなんだが…この街には神聖魔法を使える人間がいないんだ」

「……は?」

「司祭も、回復魔法は使えるが、神聖魔法は使えない。だから、呪いの類は誰も近付かないような場所に置いて、蓋をしてしまう事しか出来なかったんだ」


し、神聖魔法を使えるものがいなぃ?

それ、致命的な問題じゃない?

呪われた物品ならまだ良いけど、誰かが呪いに掛かったらどうするの?

そのまま放置?


「…それって大丈夫なの?」

「問題の先送りだな。その上、誰かが誤ってその場所に近付いたりしたら……」

「…やりたくないんだけど?」


そんな、雑すぎる管理で封印されてる呪い、例え強力なやつじゃなくてもやりたくない。

やっぱり、今すぐにでも宿に戻って寝よう。


「…誰も神聖魔法使えないから、ずっと放置されてるだけに、やってくれるとかなり評価が付くんだがなぁ〜?」

「…………」


いや、惑わされるな。

こんな危険極まりない依頼、受けるべきじゃない。

だいたい、私の《浄化》で呪いを解けるのかも謎だ。

やったこと無いモノを、誰も教えてくれない状況でするのは、無理があると思う。


「報酬も破格だぞ〜?なにせ、誰もやらないからな〜?」

「…………」


報酬が多いくらいで流されるな。

そんな危険な依頼、受けてどうする。

……そもそも、こんな時にどうして?


「……もしかしたら、今夜にもアンデッドの軍勢が攻めてくるかも知れないのに、どうして今?」

「当然の疑問だな。理由は簡単だ、連中に利用されたくない呪いがある」


利用されたくない呪い?

そんなモノがあるの?


「呪いの強さ自体は大したことないんだがな……至宝と併用されると厄介な事になる」

「至宝?…連中の持ってる至宝?」

「そうだ。まあ、一言で言えばアンデッドを強化する呪いだ。それを、至宝と併用して使われると、不味いんだよ」


……確かに。

あの至宝で生み出せるアンデッドは、せいぜい最下級のアンデッド。

それなら、勝算は全然ある。


しかし、その呪いが込められた物品を盗まれたら、話は変わってくる。


「どのくらい強化されるの?」

「まあ、毛が生えたようなもんだ。少数なら問題ねぇ」


“少数なら”問題ないと……


ただ、相手は少なくとも千は居ると想定される、軍団規模のアンデッド。

塵も積もればなんとやらだ。

勝率は間違いなく下がる。


「…隠しておけば良いんじゃないの?」


わざわざ解呪しなくたって、隠しておけばいい。

それに、呪いの物品が保管されている場所は、誤って誰かが入ってしまわないようにするために、隠されているはず。

連中がソレを盗めるとは思えないんだけど…


「残念ながら、保管場所は割れてる。おまけに、場所を移そうにもスパイが潜り込んでいる可能性が高い」

「下手に出せば、むしろ盗まれるって訳ね…」


かと言って、放置しておけば盗まれる。

そして、場所を移そうと持ち出したらなおさら盗まれる。


…だから、私に解呪を依頼したいと。


「……盗まれないようにするには、私がその部屋まで行く必要があるよね?」

「そうだな。俺とお前の二人で行って、その場で解呪する。それが終わったらすぐに逃げるぞ。俺も、あの部屋には行きたくねぇ」


魔眼でオーラが見えるゲールさんからすれば、さぞかし不快な光景だろう。

歪んだオーラの流れが集まっているんだから、見ていて気分が悪くなるはず。


おまけに、長居すると呪いに当てられて、どうにかなるかもしれない。

不快な上に、実害もあると…

最悪だね。


「分かった。さっさと行って、パパっと終わらせよう」

「感謝する。報酬は弾んでやるよ」


私は、ゲールさんに連れられてギルドへ向かう。


そして、ギルドの奥にあるとある部屋の前にやって来ると、扉の奥から嫌な気配がした。


「……やっぱりやめていい?」

「駄目だ。ここまで来たらやるべきだろう?ほら、さっさと終わらせようぜ?」


そう言って、ゲールさんは部屋の鍵を開けた。

中に入ると、意外と整理されていて、呪いの物品の数々がキレイに並べられていた。


……しかし、そんな整理された清潔感のある部屋とは裏腹に、部屋の雰囲気は最悪極まっている。

呪いの気配が充満し、その場に立っているだけで不快な気分になる。


「これだ。早く終わらせてくれ」

「言われなくても…」


ゲールさんは、不格好な木彫りの人形を手に取ると、私に差し出してきた。


確かに、呪い自体はそこまで強くなさそうだ。

これなら、私でも解呪できるはず。


木彫りの人形を床に置き、手をかざして神聖魔法を発動する。


「《浄化リーツ》」


魔法が呪いを包み込み、少しずつ浄化していく。

少し時間はかかるけど、これが一番確実で、安全な方法だ。


慎重に慎重に、精神を研ぎ澄ませながら呪いを解いていく。

嫌な汗が頬を流れる。


解呪が3分の2ほどまで到達した頃―――


「…ん?おい!!近付くな!!!」


突然、ゲールさんが叫び、集中がプツンと切れる。

呪いは暴走していない。

反動が来る様子もない。


その事を確認した私は、急いで振り返って状況を伺う。

すると…


「まずっ!?」


今まさに、侵入者が私にナイフを振り下ろそうとしている状況であり、私は反射的に飛び退いてナイフを避けた。


しかし、そのせいで呪いの物品から離れてしまい、侵入者にソレを取られてしまった。


「しまった!!?」


侵入者は呪いの物品を奪うと、狭い室内とは思えないほどの速度で逃げる。


「待てッ!!」


私も後を追うが、ヤツの方が速い。


あっという間にギルドの外に逃げられ、そのまま入り組んだ小道を走り抜けていった。

侵入者を追って小道に入るが、すぐに分かれ道に入られてしまい、見失ってしまった。


「くそっ!どこに行った!?」


全力で探知をするが、相手も全力で逃げている上に、気配も隠されている。


尻尾を掴む事はできず、おそらく探知範囲内からも逃げられてしまった。


仕方なくギルドに戻り、取り逃がした事をゲールさんに報告する。


「そうか……解呪はどこまで進んでいた?」

「3分の2は終わってた。呪いはほぼ無力化してるし…毛が生えた程度が、さらに弱くなってる」

「……まあ、そのまま盗まれるよりはマシか。よくやってくれた」


盗まれてしまった事に変わりはないけれど、遅かれ早かれ盗まれていたものだ。

ほぼ無力化出来ただけ良しとしよう。


「さて、あんな部屋にずっと居たら気が狂っちまう。どうだ?一杯飲むか?」

「飲まない。私はこれから戦場に立つ。酔って判断力を落とす訳にはいかないの」

「それもそうだな。まあ、俺もおそらく指揮を摂らなきゃいけねぇ。飲むのは今度にしよう」


そんな会話をしながら、ギルドを出る。

夕日は沈み、辺りは暗くなっている。


街に不審者がいないか、二人で見回りをしていると、騒がしく何度も鐘がなった。


「魔物襲撃の合図……始まったな」

「みたいだね」


すっかり真っ暗になり、街が寝静まった頃……襲撃が始まった。

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