第28話 等級アップと予兆

「えーっと…おめでとうございます?アリーナさん」

「……どうも」


いつも私の担当をしてくれていた受付嬢が、祝ってくれる。

ここ数日間、1日にかなりの量の依頼を受けて疲れている。

それはもう疲れた。

等級が青から緑に上がっあことを喜べないくらいには…


(後は、もうすぐ来るであろう亡者の軍勢を返り討ちにして、首謀者を叩き潰すだけ……)


そうすれば、私は黄級になれる。

それに向けて……今日の所は帰って寝よう。

早めに寝て、きたる亡者の軍勢との決戦に備え――――ん?


ゲールさんが手招きしているのが見える。

私に何か用かな?


「ちょっと、行ってきます」

「はい。ちゃんと、お礼言ってあげてくださいね?」

「分かってます」


私はゲールさんに連れられて応接室にやって来ると、急に両肩を掴まれた。


「無事でよかった」

「は?」


意味がわからない。


なになに?

いきなり『無事でよかった』なんて言われても、なんのことがさっぱり分かんないし。

私、何か危険な目に遭いかけてたの?


「ここ最近、冒険者の失踪事件があとを絶たなくてな…よく街の外に出ていたお前が無事か心配だったんだ」

「失踪事件、ねぇ……連中の妨害工作ですか?」

「おそらくな。今のところ、優秀な冒険者が失踪したという報告はないが…お前は子供だからな。心配したぞ」


強さは置いておくとして、確かに子供の私は拐いやすいし狙いやすいだろうね。

あれだけ外に出ておいて、誘拐されてないのは奇跡みたいなものかもね。


にしても、こんな妨害工作をしてくるって事は、やっぱりこの街を亡者の軍勢で襲う気何だね。

連中がどこの手先だか知らないけど、私の昇進のためにも、その計画は阻止させてもらうよ。


「……そんな顔するな。相手は千のアンデッドを率いる者達だぞ?厳しい戦いになるのは目に見えている」

「分かってるよ。でも、千のアンデッドなら、この街の衛兵と冒険者が力を合わせれば、何とかなりそうだけど?」

「『千』ならな…これが、二千三千となると話は別だ」


2倍、3倍の戦力差を覆すのは簡単じゃない。

しかも、相手はアンデッド。

死にたいする恐怖がなく、痛みもないので決して止まることなく進撃してくる。

普通の生物なら、ある程度打撃を与えれば逃げるだろうけど……アンデッドは別なんだよね。


「……まあ、私一人で100くらいなら捌けるし、あの……黄級の大男もそれくらいできるでしょ?」

「そうだな。だが、それでも数の差は歴然だ。この街にはお前を超える一騎当千の強者が存在しない。広範囲に効果を及ぼす神聖魔法を使える者もな」

「神聖魔法ね……《浄化リーツ》なら使えるんだけど…広範囲は無理かな?」


……やり方次第では出来なくもないけど、消耗がなぁ。

これでも同年代の子供と比べたら圧倒的に魔力量が多いんだけど、それでも私の魔力はたかが知れてる。

大技は何回も使えないんだよね。


「……ん?どうしたの?」


大技を何回使えるか、自分の魔力を見て計算していると、ゲールさんが目を見開いているのが見えた。


「お前…神聖魔法が使えるのか?」

「え?……土魔法と神聖魔法と回復魔法が使えるけど…それがどうかした?」

「………流石は『四重魔術師』の娘だな」


『四重魔術師』…確か、お母さんの二つ名だったかな?

お母さんは、4つの属性の魔法を高い練度で扱える。

だから、そんな二つ名が付いたんだとか?


「まあ、私は本気で魔法を学んでるわけじゃないし、そこまでだけどね?」

「そこまで、か……」

「…なに?」


ゲールさんが、私に『本気で言ってるのか?』とでも言いたいような目を向けてきた。

…ホントだもん。


「…まあ、優秀な戦士ほど魔力の扱いに長けていると聞く。お前は、その過程で魔法を習得したんだろう?」

「まあね。魔法の習得は、魔力制御技術の訓練にもってこいだから」


魔法を使うには、術式に対する理解と魔力を制御する技術が必要だ。

高度な魔法ほど、高い教養と技術力が要求される。

だから、優秀な魔法使いというのは貴族に多い。


まあ、稀にお母さんみたいなすごく優秀な平民がいたり、おばさんみたいに貴族社会に嫌気が差した人が、平民に魔法を教えたりしてる。

そういう事もあって、魔法は貴族の特権という訳では無い。


「これだから天才は……」

「私は、持って生まれた人間だからね。そんじょそこらの有象無象とはわけが違うのよ!」

「……まあ、あんまり調子に乗りすぎるかよ。その歳でそれ程の力を持っているのは褒めるが、所詮は黄級程度。身の程は弁えておけよ?」

「むぅ…」


所詮は黄級かぁ…

確かに、そうなんだよね。

私はお父さんには絶対勝てないし、何ならお母さんにすら近接戦で勝てない。


一騎当千の猛者である橙級。

国を代表することもある赤級。

単騎で一国を相手取れるという紫級。

もはや人外の領域と言われる黒級。


私の実力は、凡人の限界である黄級だ。

伸び代があるとは言っても……今は弱い。


「心配しなくても、勝てない相手に挑むほど馬鹿じゃないよ」

「だと良いがな」


死にたくないもん。

勝てない相手や、勝算の低い相手には手を出さない。

ゲールさんは心配しすぎだよ。


ゲールさんに昇級の為の手回しをしてくれた事のお礼を言って、私はギルドを出た。







(……つけられてるね)


ギルドを出て宿屋へ向かう途中、妙な視線に気が付いた私は、買い物に行くフリをして、追跡者が私を追っているかどうかの確認をしてみた。


すると、見事にビンゴ。

相手は間違いなく私を狙っていて、常に気を張っていないと気付けないくらい隠密がうまい。

数は1人。

1人でも殺れるって思われてるのかな?

前に、スラム街で追い掛けられた事を忘れてるのか、それを踏まえても大丈夫だと思われてるのか…


「どっちにしても、不快だね」


わざと路地裏に入り、少し大きめな声でそう言った。

多分、今の声は聞こえてるはず。

ここで襲ってくるか、襲わないのか。


注意深く様子を窺っていると、気配が遠のいて探知できなくなった。

どうやら襲う気はないみたい。

奇襲で殺す予定だったのかな?

スラム街で追われた事を考慮して、正面からの戦闘は不利と判断されたか。


そして、私に気付かれたから奇襲は諦めて、次のチャンスを待つことにしたと。

……でもね?


「―――っ!?」

「詰めが甘いよ。分かりやすい罠のつもりだったんだけどなぁ」


撤退したと油断させて、そこを狙う。

ちょっと警戒を解いて隙を見せたら、面白いくらい簡単に釣れた。


あらかじめ仕込んでおいた魔法を発動し、暗殺者の脚を破壊する。

これでコイツは逃げられない。

逃げたとしても、私の方が速い。


「諦めてお縄につきな」

「チッ……」

「うん?……ああ、そういうことね」


逃げられないようにしたあと、衛兵に突き出すつもりだったけど…残念ながら、それは無理そう。


「意地でも情報は渡さないって感じ?」

「どうだろうな?」

「よくそんな事出来るよね。私なら、主人を売ってでも生き延びようとするのに」


毒薬を飲まれた。

私は毒の治療を行う魔法は使えないし、この街にそれが出来る治癒士はこの街に居ない。

今から衛兵に持っていても無駄だ。


「どうせ死ぬなら聞かせてよ。どうしてこの街なの?他にも狙うべき場所はあるでしょ?」

「……まあ、お前が思っているよりも、遥かにクソッタレな理由だと思うよ」

「教えてくれるんだ?クソッタレな理由ねぇ…」


単なる派閥争いじゃない?

この街だからこその理由……分からん。


「それは、あなたの主の指示?」

「『そう』と言えばそうだが、『違う』とも言える。…まあ、なんだ。お前がこのクソッタレな計画を止められる事を願ってるよ」

「はあ?」


……意味がわからない。

情報は渡さないとか言ってるくせに、私が計画を阻止する事を望むなんて。


…主人への忠誠は忘れないけど、それでもこの計画には反対って意味かな?


「あなたは、この計画に反対なの?」

「そうだ。だが、あの人には拾ってもらった恩がある。詳しい事は言えない……くっ、そろそろ限界だ」

「そっか…情報提供ありがとね」


随分と毒が回るのが速い。

よほどの劇毒なんだろうね。

それほど毒性が強いなら、苦しんでいるはず。

私がひと思いにトドメを刺してあげるか…


これ以上苦しめない為に、槍を取り出すと、暗殺者の表情は柔らかくなった。

私がしようとしていることを悟ったんだろう。


「最期に…忠告しておく。近日中に……“儀式”が完了する。…あと2日…くらいだろうか…?……それまでに……出来るだけ多くの…戦力を集めておくんだな」

「忠告、感謝するよ。さようなら」


私は全力で槍を振り下ろし、その頭を一撃で破壊した。

その一撃で暗殺者は即死し、血の肉片が飛び散る。


「死体は……ギルドに丸投げしよう。この事を報告するついでに、死体処理を任せに行こうか」


私は死体を血の一滴残さずに空間収納に仕舞うと、来た道を引き返してギルドに戻った。



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