第10話 冒険者のお仕事

おばさんに弟子入りしてから一週間。

毎日魔法の勉強と薬屋の手伝いをしながら、路銀を稼ぐのと昇級の為に、ギルドの依頼をこなしていた。

そして今日も、路銀稼ぎのためにギルドへやって来たんだけど…


「……なんの騒ぎだろう?」


何やらギルドの前が騒がしい。

それなりに強いパーティーの冒険者は、作戦会議でもしているかのように話し合っているし、初心者や下級冒険者はそれを少し離れたところで眺めて何か語り合っている。


しれっと間に入って話を盗み聞きしていると、聞き覚えのある単語が聞こえた。


「今度の『』討伐作戦、あの人も参加するんだろ?」

「一人に全部取りたりしないよな?」

「さあな?でも、あの人の事だから、誰かの功績を横取りしそうな気もするな」  


レイス討伐作戦?

ギルドはやっとレイスを倒す気になったのか。

情報収集に一週間も掛けるなんて、慎重だなぁ…

しかも、毎日森の調査の依頼が貼られてたし。

そんなに血眼になって調べなくても、上位冒険者を全員突っ込ませれば勝てるのに。


ようやく動き出したギルドに対して溜息を吐きながら建物の中へ入る。

今日は楽な依頼があると願って。

下水道とごみ処理はしない。


あの2つは絶対にやりたくない。

あんなの冒険者のやる仕事じゃないでしょ?

その辺の浮浪者にでもやらせれば良いじゃん。

どうして、私みたいな将来有望な冒険者がやらないといけないんだか。


「ようこそ、冒険者ギルドへ」


考え事をしていると、いつの間にかカウンターについていた。

今日は掲示板の仕事をするつもりだったけど…まあ良いか。


「私に出来そうな依頼を見繕って」

「かしこまりました。でしたら、コチラなどはどうでしょうか?」


私は、差し出された3枚の依頼書を見て顔を歪める。


『掃除依頼

 ずっと使ってない古い屋敷の掃除を依頼したい。決して完璧にする必要はない。ある程度キレイになれば、こちらで使用人にやらせるつもりだ。

 報酬 3000シル 』


『下水道掃除

 汚れた下水道の掃除をしてほしい。汚れ過ぎて人が入れなくなっているので、せめて入り口が開くくらいは掃除してもらいたい


報酬 1500シル 』


『ごみ収集 

 街に散らばったゴミを回収してもらいたい。景観を妨げる上に、邪魔なので掃除する必要がある。力仕事かつ長距離を何度も往復するので、体力に自身のあるものであればありがたい。

 報酬 1200シル 』


誰も受けない依頼だけあって、他の依頼よりも報酬が高い。

そうでもしないと、人が集まらないんだろう。

普通の依頼が600〜800シルだから、全部1000シル以上なのは結構破格だ。

しかし、それでも誰も受けようとしないのが現状。


だって、どれも早朝から始めても夜に間に合わない仕事だから、宿屋の門限がある冒険者は受けようとしない。

夜遅くまで働かされて、帰ってきたら宿屋が閉まっていた。

そんなの洒落にならないということで、誰も受けたくないのだ。


「私としては下水道掃除をおすすめしますが…」

「ヤダよ、下水道掃除は」


早く依頼を消化したい受付嬢は下水道掃除をおすすめしてくるが、絶対に受けない。

下水道掃除をするくらいなら、あの貴族の屋敷掃除の方がマシだ。

依頼主が面倒くさいで有名なあの貴族の掃除の方がね…


「自分で探してくる」


そう言ってカウンターを離れると、スタスタと掲示板を見に行く。

そして、掲示板に貼られている依頼書を見て落胆した。


「下水道掃除とごみ処理しか残ってないじゃん」


他の依頼は全て取られてしまったんだろう。

残されていたのは下水道掃除とごみ処理の依頼書だけであり、誰にも取られず放置されていた。

こうやって放置していれば、いずれ金が足りないバカが受けてくれるから、それまで待機するつもりなんだろう。

それくらいの依頼って事だね。


「……出直そう」


こんな状況で依頼を受けても無駄。

下水道掃除とごみ処理しか依頼が無いくらい、今は仕事がないって事。

一度諦めて、また依頼がある時に来れば良いんだから。


踵を返し、ドアに向かって歩いていると、後ろから視線を感じた。

そして、どこかで聞いたことのある声で呼び止められた。


「確か…アリーナだったか?」

「私?」


振り返ると、おばさんに着いていった時に出会ったオッサン――支部長がそこには居た。

支部長みたいな位の高い人が私に何のようだろう?


「噂には聞いてるぞ、リーヴィア様に弟子入りしたとな」

「リーヴィア…様?」


リーヴィアって言うのはおばさんの名前の事だ。

元魔法学園の教師というだけあって、結構名前は広がってているらしい。

でも…支部長が様付けするほど高位な人なのかな?


貴族位は捨ててるし、魔法学園の教師というのも『元』がつく。

そんなだから、おばさんの地位は平民と何ら変わらないんだけど…


「なんだ?俺が様付けであの方を呼ぶのはそんなにおかしいことか?」

「…おばさんは平民と何ら変わらないよ?」


そう訊くと、オッサンは首を傾げたあと私の言っている事の意味を理解してくれたらしい。

軽く笑みを浮かべながら口を開く。


「位は関係ないさ。あの方はこの街で最強の魔術師だ。敬うのは当然だろう?」

「そうなんだ…」


支部長が街で最強って認めるほどおばさんは強い。

…いや、知ってはいたけど改めて考えると、おばさんって凄い人なんだなぁ。


「まあ、それは良いとして……お前、昇級する気はないか?」

「えっ!?」


し、昇級…?

まだ条件を満たしてないよ?

支部長の権限で昇級させるにしても…他の冒険者から反感を買いそう。


「相手の実力も測れないようなヤツには嫌われるかも知れないが…それなりに強いヤツは文句は言わないさ」

「…コレの事?」


そう言って、私は常に纏っている魔力を可視化する。

すると、私と支部長が話しているのを見ていた他の冒険者達の何人かが目を見開いているのが見えた。


「その歳でそれだけ魔力を扱えるなら、わざわざ地道に条件を満たす必要もないだろ。いつまでも白級でいるのは勿体ない。討伐依頼を受けられるようにしてやる」


討伐依頼は緑級から。

…まさかの二段階昇級!?

そ、そんな事したら流石に上位の冒険者からも嫌われるって…


「心配するな。流石に二段階も昇級させることは出来ない」

「で、ですよね…」

「青級から街の外に出て依頼をこなす事があるから、依頼の内容によっては実質討伐依頼になることもある。そういう意味なんだが…勘違いさせてしまったみたいだな」


……そういう事?

いや…言葉足らず過ぎない?

こんなの絶対分かるわけないじゃん。


「おい、昇級用の依頼は無いのか?」


支部長の言葉足らずだったと安心していると、今度は受付嬢の方へ行っている。

昇級用の依頼なんて、都合よくあるモノじゃな――


「えっと、1つだけあります」


あるんかい!!


「そうか、じゃあそれをアリーナに受けさせてやれ」

「い、いやいやいや!ちゃんと条件を満たしてから改めて――」

「遠慮するな。それに、これだけ強いのに、白級だからとか子供だからで実戦経験を積ませる機会を奪うのは良くない。世界の損だ」


世界の損って…

このオッサン頭大丈夫?

冒険者のイロハを学ばせるために条件があって、すぐには昇級出来ないようになってるのに…

実戦経験を積ませるにしても、それで私が死んだらそれこそ損。

よかれて思ってやってるんだろうけど…迷惑だなぁ。


「これは…なるほどな、これなら問題ないだろう」


そう言って、オッサンは私に依頼書を渡してくる。

その内容は…


『門番代行

 現在、領主邸の門番が不足している。警備強化のため、信頼できる冒険者に一時的に門番をしてもらいたい

 報酬 5000シル 昇級 』


……コレのどこが問題ないって?

明らか私がやる仕事じゃないでしょ。

というか、門番代行ってなに?

荒くれ者が多い冒険者にこんな依頼するとか…領主邸の警備はどうなってるのさ。


「えっと…やっぱり辞退しても――」

「気にするな!領主とは仲が良いからな!俺が事情を説明すれば快く了承してくれるだろう」

「いや、そういう問題じゃなくて――」


なんとかして依頼を辞退しようとするが、オッサンは聞く耳を持たない。

助けを求めるように受付嬢に視線を送ると、憐れむような目で見られた。

何なら、他の冒険者も憐れむような目で私の事を見ている。


……もしかして、このオッサンは思ったことをどこまでも突き通すタイプのオッサン?

え、それ絶対譲ってくれないタイプじゃん。

何?この依頼受ける事確定なの?


「……門番なんて、冒険者の仕事なの?」

「勿論だとも!依頼が来ている以上、間違いなく門番も冒険者の仕事だ!」


えぇ…

別に衛兵にでもさせれば良いじゃん…

絶対本来の冒険者の仕事じゃないって。


本当はやりたく無かったが、オッサンの押しが強過ぎて断り切れず、結局領主邸門番の依頼を受けることになった。

これ、本当に冒険者の仕事…?

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