第9話 おばさんと私の夢


タイトル変更しました。

『いずれ最強の女傑の異世界旅』

→『最強の女傑の異世界旅』


――――――――――――――――――――


おばさんは私を薬屋の奥に連れてくると、私に掃除用具を持たせてきた。

そして、少しモノが置かれている空き部屋(多分物置)に連れてくる。


今度は掃除?

しかも、ギルドを通した依頼じゃないからお金も貰えないし…


「タダ働きはヤダ」

「何言ってるのよ。これから自分が寝泊まりする部屋の掃除も出来ないの?」

「………はあっ!?」


え?

こ、これから自分が寝泊まりする部屋?

部屋を貸してくれるって事?


「アリーナ。貴女私の弟子になる気はない?」

「え?おばさんの?」


弟子になるなら部屋を貸すってことかな?

でも、どうして会ってすぐの私を弟子にしようと思ったんだろう?


「体は結構鍛えてるみたいだし、近接戦闘には慣れているようだけど――魔法はイマイチでしょう?」

「うっ!」


私は魔法を使えるけど、どうも魔法が好きじゃない。

魔法は術式を通して発動するモノだから、戦闘中に考えることが増えて大変。

それに、強い魔法ほど術式が複雑だから、集中力がかなり削がれる。

だから、一応お母さんに教えてもらってはいたけど、あんまり使わない。


「これでも、王都の魔法学園で教師をやっていたんだぞ?」

「おばさんが?……とてもそんな風には見えないけど」


王都の学園なんて貴族や王族、金に余裕のある商人の子供が行くような場所だ。

そんな、由緒正しき学園で教師をやっていた人がどうしてこんな辺境の街にいるの?


「私が嘘をついていると思うかい?信じられないなら―――ほれ、これを見てみな」

「…なにこれ?」


おばさんは何かの紋章が入った小さなバッチを見せてくる。

これは…木と枝を咥えた鳥?

これが魔法学園の紋章なの?


「『知恵の樹』と呼ばれる神話の大木と、魔法の杖を咥えた『炎神エリンテ』の眷属、『不死鳥レチェ』の紋章。これが、私が教師をやっていた魔法学園の紋章よ」

「へぇ〜?」


『知恵の樹』と『不死鳥レチェ』は知らないけど、『炎神エリンテ』なら知ってるよ?

この大陸で広く信仰されている『六神教』という宗教。

その中の一柱にして、主にテイイト王国とその周辺の国が信仰している神だ。


「教えていたのは魔法薬学だけど、魔法戦闘の教鞭をとっている教師と比べても遜色ないくらいには強かったのよ?」

「それって冒険者で言うとどれくらい?」

「そうね…ほぼ赤に近い橙級かな?あの時の魔法戦闘の教師が赤級冒険者の称号を持ってたからね」


赤級冒険者と同等の実力がある…

ヤバイ、このおばさん想像以上にすごい人だった。

しかも、王都の学園の元教師でしょ?

貴族位とか持ってたりするのかな?


「…おばさんって貴族位とか持ってる?」

「昔は持ってたわね。教師をやめる時に捨てたわ」

「なんて勿体ない…」


例え最下級だったとしても、貴族位があるだけで人生は大きく変わる。

おばさんは、なんて勿体ない事をしたんだ…

貴族位があれば、特権階級の力を振りかざして色々と出来たはずなんだけど…それをしないあたり、おばさんってやっぱり変な人だ。


「元々教師をするために持ってただけだからね。教師を辞めたあとは使う理由がないのよ。所詮一代だけの準貴族だし」

「だとしても、残しておけば色々と楽だった時とか無かったの?」

「あるにはあるけど…すぐに権力を振りかざすバカにはなりたくなかったのよ」


うっ…

確かに、すぐに権力を振りかざしてたら嫌われるだろうなぁ。

…今もあんまり好かれてはいないみたいだけど。


「まあ、私の半生はどうでもいいわ。それよりも、私のもとで魔法の勉強をする気はない?」

「…まあ、魔法をもっと使えるようになりたいから、教えてほしい」


もじもじしながらそう言うと、おばさんはニッコリ笑って――


「よく言ったわ。明日から魔法の何たるかを教えてあげるから、今日はこの部屋を掃除しなさい」

「使っていいんだよね?この部屋」

「そうよ。キレイになったら使っていいわ」


おばさんは魔法で部屋にあったタンスを浮かせると、部屋から出して何処かへ持って行ってしまった。


……え?

これ、一人で片付けるの?







「―――なさい…――きなさい…起きなさい!!」

「うわっ!?」


急に寝床が浮き上がり、そのまま空中で一回転して私を床に落とす。

一瞬で目が覚めた私は、咄嗟に受け身を取って衝撃を和らげると、おばさんを睨む。


「そんなに乱暴に起こさなくても…」


魔法で浮いている寝床(ほぼ布)を引っ張ると、おばさんは魔法を解除した。


「もういい時間よ。早く朝ごはんを食べて、魔力制御の練習をなさい」

「は〜い…」


寝床というの名の布をたたむと、おばさんが用意したカチカチのパンと燻製干し肉を頬張る。

街に行けば美味しいモノを食べられると思ったけれど…村の方が良いかもしれない。

ノノー村のパンはここまで固くないし、干し肉はもう少し臭みが無かった。


「……どうして安物のパンと肉だけなの?」

「お金が無いからよ。客が来ないから売上が少なくて、店にお金が無いの」

「冒険者にでもなれば良いじゃん」

「嫌よ。私はちょっと強いだけの薬師なんだから」


ちょっと…?

普通の『ちょっと』は赤級冒険者と同等の力を『ちょっと』とは言わない。

…冗談だと受け取っておこう。


「…でも、その変なプライドさえ無ければ今頃もっといいご飯が食べられてたのに」

「プライド、ね…」


おばさんは料理を食べる手を止めて、どこでもない遠い所を眺める。

何やら思い出に浸っているみたいだ。


昔、プライドの事で何かあったのかな?


「……貴女は、どうして強くなりたいの?」

「え?」


過去の回想から戻ってきたおばさんが、私に対してそんな質問を投げかける。


どうして強くなりたいの?

そんなの…決まってるよ。


「カッコイイじゃん。強大な敵に立ち向かい、見事勝利して帰ってくる英雄って」

「そう………でも、貴女は女よ?カッコよくある必要は無いでしょう?」


…女なら、女らしく生きろって事?

確かに、私と同じくらい才能のある天才が居て、ソイツが男なら私のほうが劣る。

でも、それがなんだって言うのさ?


「英雄に男女は関係なくない?おばさんだって、私のお父さんよりも強いし」

「……」

「私の夢はね?世界中を旅した後に、何処かのどかな村に移住して、静かに生きる事。お父さんとお母さんがやったことを私もするんだ」


夢を追い求めて何が悪いのさ?

私は夢のために、どこまでも強くなるよ。


「お父さんとお母さんは国中を旅した冒険者で、その旅で見たものをいつも夜寝る前に聞かせてくれたの。凄く面白かったよ?」

「そう……それは良かったわね」


良かった…

本当に良かった…

そして――楽しかった。


「とっても楽しかったよ。広い草原、鬱蒼とした森、湖畔の街、天を衝く山、化け物の巣窟、賑わう街、寂れた街、乾いた道、湿った道、道なき道、古戦場、廃墟の街、捨てられた城、同じようで全く違う空、果が見えない…青い青い海。そんな色んな光景の話を、お父さんとお母さんはしてくれた」

「そう…」

「私も見てみたいんだ。ただの村娘として生きていたら、絶対に見られない光景を。お父さんとお母さんが見てきた――いや、お父さんもお母さんも知らない光景を」


夜が嫌だと思ったことなんて、一度もない。

むしろ、毎日夜が楽しみで仕方なかった。

明かり一つない部屋で、お父さんとお母さんと同じベッドに寝転がって…旅の話を聞く。

それが楽しみで仕方なかった。


同時に夢見た。

いつか私も、そんな光景を見てみたいって。


「お父さんとお母さんは国中だけど、私は世界中だ。世界中を旅して、旅して…そして、どこかの村で旦那を見つけて、子供を作って旅の話をしてあげる。そうしたら、今度はその子の番」

「世界中を旅したのに、自分の子供にさらに旅をさせるの?」

「もちろん!旅に終わりはないよ!」


そして、帰ってきた我が子に旅先で見たものを聞く。

そうしたら…私もまた旅に出る。

旅を終わらせる気はないよ。


「『旅に終わりはない』どこでそんな言葉を知ったの?」

「お父さんから聞いたよ。何でも、私が生まれる前に別れた旅の仲間が言っていた言葉なんだって」

「その人は、随分と旅が好きなのね」


詳しくは知らないけれど、お父さんとお母さんはもう二度と会うことはないって言ってた。

全く別の方向へむかったらしいから、確かに人の寿命で会えることは無いかもね。

あるとしたら、その人の子孫と、私の子孫が出会うとか?

……まあ、出会ってたとしても気付かないか。


「大好きなんだと思うよ。お父さんとお母さんがどこかに根を下ろそうとしてるのに、その人は一人で旅に出たんだから」

「それは…かなりの旅好きね」

「そうだよ?お母さんがよく、『あなたを見てると、あの人を思い出すわ』って言ってたし」


その時の顔は、なんだか寂しそうな悲しそうな顔だった。

まるで、旦那の帰りを待つ妻みたいで…変な感じがしたね。

お母さんの旦那さんはお父さんなのに。


その人の事を思い出すお母さんの顔が脳裏に浮かんできた。

そんな思い出にまた軽く違和感を覚えて、首を傾げているとおばさんが口を開く。


「じゃあ、世界を旅する為に強くなりたいのね?」

「そうだよ!だからおばさん!早く魔法を教えてよ!!」

「……なら、まずはそれを食べなさい」


そう言って、おばさんは食べ終わった朝ごはんの入っていた食器を洗い場へ持って行きながら、呆れたような口調でそう言った。


……あんまり食べたくないなぁ。

このパン美味しくないし。


「いい?旅先でまともな食事が摂れると思わないことね。これは、その時の予行練習よ」

「うへぇ…」

「分かったならつべこべ言わず食べなさい。そんなので文句を言ってたら、世界中を旅する英雄にはなれないわよ?」


私にそう諭すおばさんの声は、驚くほど実感のこもっているように聞こえた。


まあおばさんは昔、王都の魔法学園の教師をやっていたんだから、良いものを食べてただろうね。

それなのに、教師を辞めて辺境に来たらこんな食生活。

間違いなく、実感してるね。

旅先でまともな食事が摂れる訳じゃないって事を…


私は仕方なくパンを口に詰め込み、魔力で顎を強くして咀嚼すると、同じように干し肉も食べた。

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