第28話 戦闘記録「天使005、天使006」

 どうすると問われても、私にはわかりませんでした。

 状況は目まぐるしく変化していて、今私が何を目的にしていたのかがわからなかったからです。けれど一つわかることがあります。


「世界を滅ぼそうとしているというには本当ですか」

「多分ね。根拠は私の記録という曖昧なものしかないけれど」

「ならば、阻止しなくてはいけません」


 世界を滅ぼすというのは、メキの望んだことではないということです。

 彼女は最後まで魔法使いの解放を望んでいました。世界が滅べば、魔法使いの解放どころではありません。


 ……また、誰かの意思に沿っているだけなのでしょうか。

 これは自分の意思なのでしょうか。


「同行しても良いでしょうか」

「もちろん。というか、そうしてくれると助かるよ。ある程度、それを見越して助けたというのもあるからね」


 そんな簡単に先ほどまで敵対していた私を信頼して良いのでしょか。そう考えましたけれど、すぐに私は敵ではなかったのだと思い直します。それは目的という意味でも、戦力という意味でも、敵ではないのでしょう。

 しかし彼女にとって敵ではなくても、数多くの存在にとって私という存在は脅威ですから、使えるなら使おうといったところでしょうか。


「じゃ、早速行こうか。急がないと間に合わないかもしれないし。一応確認なのだけれど、もう天使はいないよね?」

「私の知る限り、こちらの戦力は先ほどの天使で最後なはずです」


 わかった。それだけ言って、彼女は跳躍します。

 私のもそれに続き、魔導施設441内部を目指します。


「君達の指導者、名前は知ってる? 知らないか。まぁ彼女はあまり自分のことを語るのは好きじゃないはずだからね。姿すらほとんど見せなかったはずでしょ?

 彼女の名はワルエド。一応私と同郷ってことになるのかな。そう。同じ型なんだよね。姉妹機っていうのかな。姉妹機って言っても、想定される用途っていうのはそれぞれ違うのだけれどね。当然のことでもあるけれど。


 彼女に与えられた役割は大気中の魔力操作による環境支配。それは概ね成功していたはずだよ。初期起動時から彼女は最大半系4キロの基底状態の魔力を自由に操作できた。最終的には数多の改良と最適化により最大半径はさらに伸びたはずだし、能力的な意味では成功していた。


 問題があったとすれば、それはワルエド自身。天使が覚醒と呼ばれる自我獲得現象を起こすことは知っていると思うけれど、それが彼女にも起きた。そして目覚めた彼女の意思は、人々への怒りに満ちていた。いや、違うか。人々というよりも、この世界というか現状そのものに怒りを抱いていた。ように見えたよ、私は。

 口癖のように言っていたよ、いつか世界を壊してやるってね。で、気づいたらこうなっていた。そして今彼の地には、ワルエドの望む世界を滅ぼす力がある。


 君も聞いたことがあるだろう? 次世代魔力生成器の噂だよ。膨大な純粋魔力を作ることができるらしい。それこそ天使の輪ぐらいに。

 いや、天使の輪の仕組みとは全く違うものだと思うよ。天使の輪の魔力は、その大部分がその天使専用の魔力、いわゆる魔力強度が高すぎる。これだけ自我との癒着が進んだ魔力では、他者の利用は難しいだろうね。できないわけじゃないけれど。故に、私達は基本的に機体内だけで魔力の消費を行うわけだし。


 なら次世代魔力生成器とは何か。目処はついている。私の見立てではおそらく生成器じゃないと思う。生成するのではなく、既にあるものを取り出しているというのが実情だろうね」


 初めて見る魔導施設441は炎に包まれ、人の悲鳴と嘆声が街中に響いていました。人々は逃げ惑い、血の匂いが充満しています。

 その原因は最初魔法使いによるものかと考えました。隠密作戦の一種であると聞いていましたけれど、作戦次第では武力制圧する可能性もあると考えていましたから。しかしそれではないことはすぐにわかりました。


 何か黒いものが建造物を破壊し、人を殺しているのが見えたからです。それは明らかに魔法使いではありませんでしたけれど、魔法生物ではありました。


「群体型魔法生物の完成系か。ここで投入してくるとは。どうやら向こうは本気でここを潰す気らしい。それじゃあ、こっちかな。どうせ地下でしょ。あれ、どうしたの?」


 ある程度目星がついているのか、どんどんと先に進もうとするシンベストを思わず引き留めてしまいます。


「見捨てるのですか」

「うん。どうせ世界を滅ぼされたらここにいる人は全員死んでしまうのだし、当然でしょ? そうでなくてもどちらを優先するべきかという話でしかないと思うけれど。

 そんな顔をされても、私達にはどうしようもない……わけではないかもしれないけれど、あそこにいる群体型魔法生物の繁殖速度は異常だ。多少攻撃しても、少しでも殺し損ねれば、瞬く間に元の数まで増殖するだろう。私達の火力でもそう簡単には倒しきれない。それどころか私達の放出した魔力を喰らって成長する可能性もある。まぁ、負けはしないだろうけれど、少なくともすぐに殲滅することは無理だろうね。


 そんなことをしていたら、ワルエドは世界を滅ぼす引き金を引いているだろうね。今すぐにでも行かなくてはいけない。少なくとも私はそうする。もちろん君があの黒い存在を何とかするというのなら、それを止める権利は私にはない。でも、君の情報はは当てにしているのだから、できればそんなことはしないで欲しいな」


 彼女の言葉が正しいことはわかります。

 実際、あの黒い存在は非常に強力な魔法生物です。1匹ずつは単純な構造で、高度な魔法などは使えないでしょうが、単純故の増殖速度は驚異の一言です。私には倒せない。それはわかります。そして、それ以上にすべきことがあることも。


「……行きましょう。事前に通達された作戦では、一直線に次世代魔力生成器に向かうとなっていましたから、目標もそこでしょう」

「よし。じゃあ急がないとね」


 未だ誰かの殺される声を聴きながら、私達はその場を後にします。後ろ髪をひかれる気持ちはありますけれど、助けるべきなのか、私にはよくわかりません。いえ、助けている場合ではないことはわかっています。でも、この気にかかる感じが、助けたいという気持ちと直結しているのかはよくわかりません。

 でも、メキは私が誰かを助けることができると言いました。それなのに私は、こうして見捨てている。助けることができるかもしれない命を見捨て、作戦目標を優先しています。


 私は、本当に誰かを助けられるのでしょうか。

 思い返してみれば、アリスもメキも、他の人も、私の目の前で死んでいきました。私の力が足らないばかりに、死んでいったのです。やはり私には、それは難しいことなのではないでしょうか。

 けれど、もしそうなら。

 私は何を、何のために。どうして。ここに。

 なんなのでしょう。私とは、何なのでしょう。


 何の役にも立たない私は、意味があるのでしょうか。

 存在している必要があるのでしょうか。

 私は、必要なのでしょうか。

 私は、何をすべきなのでしょうか。


「こっちだよ」


 やはりシンベストには魔力生成器の位置がある程度はわかっているようで、ほとんど迷わずに地下を進んでいきます。

 魔導施設441の地下は広く、開けた空間が広がっています。流石に小さな領土を2階層に分けることで無理やり拡張しているのです。地上はどちらかと言えば食糧生産工場が多く、地下こそが魔導施設441の本体と呼べるかもしれません。


「私はこういった細かい索敵みたいなことは苦手なんだ。基本的には魔力砲と魔力障壁の2つ以外の兵装は最低限以下のものしか積まれていないからね。私が持っている情報は、先行した天使から得た情報又はその発展系でしかない。もちろんその先行した天使が目標遂行を成していてくれれば、それに越したことはないのだけれど、おそらく破壊されている。最後の定期連絡から既に2日以上経過しているからね。ともかく、その天使が得た情報によればだけれど、魔力生成器はこの先に進めばあるらしい。そこにワルエドもいるはず。そうだよね?」


 彼女の質問に同意を返します。

 その後も幾度か、私の索敵を使いつつ先に進みました。シンベストは本当にそういった索敵などは苦手なようで、私が軽く解析をするだけで判断できるようなことも、彼女にはわからないようでした。完全に単純な戦闘に比重を寄せているのでしょう。


 そして、私達はその場所で彼と相対しました。


「遅かったじゃないか」


 ワルエドは鈍い光を放つ巨大な機械の前に立っていました。天使特有の輪も見られます。彼の背後で鈍い光を放つ機械、おそらくあれが次世代魔力生成器なのでしょう。


「けれど、間に合った」


 その場所は血と魔力で染め上げられていました。

 どれほどの戦闘があったのでしょう。おびただしい数の死体が染め上げる赤色と、魔法使いの死による周囲の魔力濃度上昇がそれを物語っています。


「間に合っただって? それはどうだろうな。既に魔力生成器は起動完了だ。世界を割る柱の起動完了まで残り97秒。これで間に合ったと言えるのか?」


 次世代魔力生成器、それが生成器とは名ばかりなものであることは見た瞬間にわかりました。シンベストも推測していましたけれど、この魔力生成器は、魔力を生成するのではなく、膨大な魔力を持つものから無理やり抽出するものです。


 膨大な魔力を持つ、この惑星そのものから。

 だからこそ、実態からすれば惑星という巨大な魔力生成器からの抽出器というべきでしょう。


「随分と酷い名前を付けたものだね。私への意趣返しのつもり? それに97秒もあれば十分だよ。君を破壊し、魔力生成器を停止するにはね」


 そして次世代魔力生成器の隣には巨大な柱があります。

 それは魔力砲です。大抵の魔導兵器が使用する魔力を射出する汎用兵装の1つです。魔力砲は最低魔力消費量は大きいですが、変換効率は高く、構造的限界はあれど、理論的な出力に上限はないといわれています。


 あれはその魔力砲の高出力版です。恐らくあれを撃つには天使の輪をもってしても難しいのではないでしょうか。その分、最大出力で撃てばとんでもないことになるでしょう。

 

「なんだと……?」


 おそらくですが、彼はそれを地下に向けて撃つつもりなのです。この惑星の外殻を破壊し、魔力の流れを大幅に変え、均衡を完全に壊すことで、この惑星は自己崩壊を起こす。それにより世界を破壊するというのが目的でしょう。

 もしもあの魔力砲を破壊するだけでよいのなら、すでに勝負はついています。しかし、それはできません。既にあの魔力砲には魔力がかなり溜まっています。今破壊すれば、あふれ出した魔力は魔導施設441はもちろん、その周辺まで全てを破壊するでしょう。いえ、それだけではありません。魔力があふれ出し、大気中の魔力濃度の上昇も考えられます。そうなれば、当分生命が住むことはできなくなるでしょう。


「君は昔からそうだ。自分を高く買いすぎなんだよ」


 私の隣で強大な魔力が動き、シンベストが動きました。

 それから17秒後、彼女はワルエドの頭をもぎ取り、天使の輪を握り潰しました。


 ワルエドには強力な魔導兵装がありました。周囲の魔力を自在に操作する兵装により、実質的な魔力領域の展開をしている状況でしたから、放出系兵装の使用不可です。兵装を介した魔力は基底状態とは言えませんが、放出と同時にそれと同程度、又は相反する魔力により放出された魔力を無効化します。またはそれは攻撃にも転用され、四方八方からの波状攻撃も可能にしています。

 それに加え、周囲の魔力を圧縮又は拡散することにより魔力的密度の不均一化を実現することによって生じる特異現象を利用した攻撃、周囲からの魔力を集めることによる自身の強化まで行う非常に強力な天使でした。


 しかしシンベストが相手では意味がなかったようでした。


「ふぅ。意外と粘られたか」


 17秒。それがワルエドが稼いだ時間です。

 私とシンベストの戦闘時間は世界時計で11.7秒程度でしたから、私ではワルエドには勝てない可能性が高かったでしょう。しかし、その必死に稼いだ17秒では何も変わりません。

 私の手にかかれば、あの魔力砲の解体などいくら強力な防御壁が用意されていようと30秒もあれば終わるでしょう。その代わり周囲の警戒度は大きく落ちますが、すでに脅威は排除されました。


 私は魔法000を起動し、魔力砲に仕掛けられた接続防御策を突破し、その機構を停止へと誘います。そして世界を割る柱と呼ばれた魔力砲から魔力が霧散していきました。


「これでひと段落か。んー、なかなか疲れたね」


 それに同意を返そうとしました。

 その時、がくんと地面が揺れます。

 不穏な、そして強大な魔力が蠢き始めます。

 それは明らかに人工的なものです。それを起こした者、それは。


 漆黒の長髪の女がそこにいました。

 世界を割る柱の前ではありません。次世代魔力生成器の前に。

 彼女が何かをしたのは明白でした。それを認識し、次の瞬間にはシンベストにより首を切られた彼女ができたことは、私達の目を盗み、操作棒を1つ倒すことだけでしたけれど、それが何かに影響を与えたことは明白でした。


 そして、その影響が露出します。

 惑星を流れる膨大な魔力、それが立ち昇り、虹色の光と共に天を照らしました。

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