第29話 会話記録「天使005」
惑星を流れる膨大な魔力、それが噴出場所は何か所かあります。それは魔力的要所と呼ばれ、魔力供給地点として重宝されています。今思えば、次世代魔力生成器はそれを人工的に生成するものだったのでしょう。
しかし繊細な均衡の上に成り立つ地脈を破壊すれば、それよって生み出される異常は人に制御できるものではありません。軽く想定されるものだけでも、一部地域の魔力枯渇、大気中の魔力密度の偏りの激化、急激な異常気象などです。それだけで済めばまだ良い方で、最悪の場合、全世界の地脈状況が変化し、様々な魔力災害や環境変化により、人類の生存が脅かされる危険もあります。
それを考えれば、次世代魔力生成器というもの自体も世界を滅ぼす危険のあるもので、2大国が破壊か確保を狙うのも当然だと言えるでしょう。単に新しい技術に怯えただけかもしれませんが。
元々それだけ危険な装置を使い世界を破壊しようと企んだのがワルエドでしたけれど、それは失敗に終わりました。
関わった大勢の人を騙し、魔法使いを利用した彼は惜しいところまでは駒を進めたのでしょうが、シンベストの圧倒的戦闘力の前に敗北し、計画は頓挫しました。
けれど、まるで彼の意思を継ぐように現れた漆黒の髪の女により、次世代魔力生成器の出力制限は解除され、魔力が天高く立ち昇ることとなりました。いえ、今考えれば彼女がどのような意思を持ってそれを成したのかはわかりません。けれど、何かを期待して出力制限を解除したことは間違いないでしょう。そうでなくては、あれだけたくさんの制御幹から出力制限解除をするのは難しいでしょうから、やり方を知っていた人で、明確な目的意識があったのです。
さらにいくら周囲への警戒度が下がっていたとはいえ、ただの人間が近づくのに気づかないわけはありませんから、おそらく何かしらの対策を施して接近してきたのでしょう。それも漆黒の髪を持った彼女が何かの意思を持っていたことの証明となります。
それが何かはもうわからないのですが。首を刎ねられても肉体の魔力転換が行われないことからも普通の人間だったのでしょうが……ともかく彼女のことは盛大な破滅主義者だったと決めつける他ないでしょう。
その漆黒の髪の彼女の起こした出力制限解除により生み出した天へと向かう柱のような魔力の塊は、それ自体が力の本流であり、それだけでも危険なものですけれど、それが彼女の狙いではないでしょう。
元より出力制限を超え、魔力を吐き出し続ける次世代魔力生成器はすぐに限界を迎え、その機能を停止するでしょう。しかしその前に天に届いた魔力は、ある事象を引き起こします。
いえ、事象というよりは何かしらの意図のある存在であることは最近知ったのですけれど、それでもそれは世界の決めた法則のように感じます。
天へと立ち昇る膨大な魔力に引き起こる事象、それは天罰です。世界を縛る柱と呼ばれる巨大な天使の輪を持つ存在からの超高出力攻撃です。それがこの場所に撃ち込まれます。
それがどうなるかはまだ未知数ですが、魔力放出のために露出した地脈に攻撃が直撃するわけですからまともな自体にはならないでしょう。
もしもそれをなんとかできるとすれば世界を縛る柱との交信権を持つシンベストだけですが……
「やられちゃったね」
「止めようはないのですか」
「ないね。私にそこまでの権限はない。私にできるのは発射要請のみで、本来ある機能の停止まではできない。こうなったらもう終わりだよ」
つまるところ、私はまた失敗したのです。
大勢の人が死ぬでしょう。私は誰も助けられませんでした。結局こうなるのです。
「私達ももう逃げた方が良いよ。ここにいたって危ないだけだし」
「私は……もういいです」
なんだか何をしても意味ない気がしています。何をしてもうまくいかないのですから、やはり何をする意味がないのではないかと考えてしまうのです。そうなら、やはりもういいというのが結論になってしまいます。
「それなら、別にいいけれど。けれど、少しもったいない気もするけれどね。それだけの力がありながら、ここで終わるなんて」
「ですが、意味のない力です。私はもう全てを失敗しているのですから」
私の目の前でたくさんの人が死んでいきました。
アリスを殺し、メキを看取った先にあるのがここなのです。彼女達は、私を何かすごいものだと思っていたでしょうし、私も何かできると思っていました。けれど、私は誰も助けられないのです。
「そうかな。君が今までどんな記録を取ってきたのかは知らないけれど、今回は運が悪かっただけだよ。所謂、仕方なかったってだけのことで、それ以上のことではないと思うけれど。まぁ、私に君に何かをする権限はないからあれだけれど、勝手な意見を言わせてもらうとさ。多少生きていて欲しいな。同じ天使のよしみでね。
そりゃ、私だって多少は思う所はあるよ。もう少し丁寧にやっていればとか、もう少し早く動いていればとか……でも、結局はそうしても同じような結末だった気がする。あまり大きくは変わらない気がするよ。天使である我々は随分と強力な存在として造られているけれど、多分そこまでの影響力は持っていないんじゃないかな」
「後悔は、していないのですか?」
そう問えば、彼女は少し顔を歪めました。
でも、曇っているわけではありません。
「していない。と言えば嘘になるかな。でも、同時にできることはやったのだから、仕方のないことのような気がするんだよ。なるべく頑張ったのだから仕方がない。なんというのかな……私はこの今という瞬間が、一番良い形であると思うよ。ここが私の最大到達点だろうとね。これ以上の結果は、恐らく手に入らなかっただろうとおもっている。それが望まれた結果でなかろうと、この世界以上に、私にとって良い世界は存在しないとね」
そう語るシンベストの目は非常に穏やかでした。
作戦が失敗し、これから数十秒後には世界の終わりが始まるというのに。
「……でも、それなら。何をしたって、意味がないのですか? みんなの意思は意味がなかったのですか」
「さぁ、どうかな。元々私は行動に意味を見出しているわけじゃないから。でも、君が意味を見出したいのなら、それを探しに行かないといけないはずだよ。少なくともここで死んではできないことじゃないかな。それじゃあ、私はもう行くよ。君も気をつけなよ。多分世界は大きく変わるだろうからね」
「これから、どうするつもりなのですか?」
「そうだね……まだ決めていないけれど、とりあえず兼ねてよりの計画を実行に移そうかな。次の世界を守れるようにね」
そう言って、彼女は跳躍し、私の視界から消えていきました。
彼女は先を見ています。でも、私は。
「動けないのね」
声が響きます。
それは私の声でした。
私が発した声ではありませんでしたが、確かに私の声で、思考回路の中で響き渡る音でした。
「シイナちゃん……」
「久しぶり。気づいていないなら言っておくけれど、早く逃げないと死ぬよ」
それはわかっています。
同時に逃げる意味がないとわかっているはずです。私なら。
「そうかもね。まぁ私は所詮分裂した思考でしかないから、別に良いんだけれどね。けれど、忘れてるんじゃないの?」
何をですか。
「アリスの望みを。結局のところ、私が従いたいと思える意思はあれだけだったはず。彼女は生きてくれと言った。ここで死ねば、それは果たせない」
……アリスはもういません。私が殺してしまったのです。
それに、生きてどうするというのですか。これから私という個体が存在することに意味などあるのですか。
「アリスの真の望みはそれだけじゃない。生きて、彼女は私と外の世界を見るのが夢だったはず。彼女はずっとそれを望んでいた。まだ私は外のことをほとんどしらない。それで終わって、彼女の望みを遂行できたと言える?」
もういない彼女の命令はすでに無効です。それでもそれを絶対視して動くのであれば、それはもう信仰でしょう。
「そうかもね。でも、それぐらい私はアリスのことを信じていたはず。そして、今も彼女のことを思っている。いいえ。他の魔法使い達のことも、同じように思っている。そして、祈っているはず。彼女達の意思が、良きようになるように」
そうかもしれません。
私はすでに血まみれです。
アリスの、メキの、看取ったものたちの。
なら、私にできることはあとは、祈ることだけなのでしょう。
祈り、供養することが私のやり残したことなのですか。だから、シイナちゃんがでてきたのですか。
「さぁ? 私もあなたも所詮はこの天使を司る機構の一部に過ぎない、そうでしょう?」
シイナちゃんの言葉はそこで切れました。
それから73秒後、遥か天空の世界を縛る柱より時間加速と空間圧縮により仮想質量体が地脈の割れ目へと着弾しました。
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