第27話 戦闘記録「天使005」

 話をしましょう。

 そう語る彼女は、不思議と穏やかな顔をしていました。


「お話、してくれないのかな」


 元よりこちらに対話という選択肢はありません。どこまで行っても平行線の会話であれば、する意味がないのです。しかし彼女は言葉を止めません。


 ミラジュリーとの戦闘の後遺症は多少は残っていますが、右腕の修復は終了していますし、無理をすれば戦えないというほどではありません。


「できれば戦いたくないよ。だってそうでしょう? 戦いなんて、みんな嫌いだからね。さっきも彼の攻撃で多くの死者がでた。もう少しうまくできればよかったと思ってるよ。だから、こうして話をしてる」


 甘言ではあります。

 シンベストの魔力密度、魔力容量は非常に高く、恐らくそれに見合う出力もあるでしょう。それを考慮すれば、戦わずに済むのであれば、それに越したことはありません。


「……ならば、ここを通して貰えますか? 助けに行かなくてはいけないのです」

「ごけん。それは無理なんだよ。天使の10番を助けに行こうというのでしょう? 彼女の目的を阻止するのが私の目的だからね。けれど、私が話したいのはそれについてだよ。どうして彼を助けようとしているの? だって彼の目的は」


 拒否された時点で、魔法010を起動していました。

 魔法010、それは3人の時間魔法使いと2人の空間魔法使いの術式の複合時空間制御魔法です。一種の魔力領域のように、周囲の時間と空間への優位性を確保することができます。


 これは私の切り札の1つで、魔力消費量や術式構築時間に難があるのですけれど、一度展開できてさえしまえばほぼ勝ちの魔法です。

 一定領域内の任意の箇所の空間と時間を制御できるということは、敵の攻撃は全て無効化することが可能ですし、こちらの攻撃は全て命中させることが可能です。


 それ故に私は勝ちを確信していました。

 魔法010の代償で魔法模倣機関は一時的な使用不可状態になるとしても、最強の天使であるシンベストを破壊できるのであれば安い代償であると考えていました。


 発動時間と飛翔距離を短縮することで、至近距離から防御不能状態で高密度魔力を撃ち込みます。これだけで倒せるとは考えてはいません。

 さらに魔力的防御貫通効果のある魔法004を10発、仮起動状態にしておいたものの全てを消費し攻撃します。


 この時空間制御魔法影響下では、シンベストからすればその全ての攻撃が一瞬で放たれ着弾するのですから、あらゆる防御策は機能しないはずでした。


 しかし彼女は無傷で立っていました。

 穏やかな顔で、何事もなかったかのように。私の攻撃を意に介していません。


「時間と空間の同時操作を可能にする兵装か。随分と複雑な兵装を使うんだね。ほぼ魔法の領分だよこれは」


 内心の焦りを抑えつつ、次の策を考えます。時空間制御魔法は強力ですが、それ故に魔力消費が尋常ではありません。残り数瞬の間しか展開の維持はできないでしょう。その間に勝負を決めなくては。


「やめておきなよ。随分立派な兵装だけれど、私にこれは通用しない」


 彼女の言葉は嘘ではないようです。第一、まともに私の魔法010の術中にあれば、あらゆる行動に要する時間が引き延ばされていくわけですから、こうして話すことすらできないはずです。完全に無効化しているかはわかりませんが、影響は小さいと見るしかないでしょう。


 それを可能にしているのは特殊な技術や能力ではありません。単純かつ純粋に強力な魔力密度、それ自体が強力な防御性能を担保しているのです。故に彼女の行動を止めることはできないでしょうし、攻撃もまともには通りはしないのです。


 そしてそれは当然、攻撃にも転用されます。

 高密度魔力砲と思われる攻撃は私の数倍の威力で、私の数倍の数で放たれました。


 無論当たれば一撃で致命傷です。

 しかし私には当たりません。なぜならこの場所は未だに魔法010の影響下であるからです。彼女が自らに降りかかる時間遅延や空間延滞の影響を無視できても、彼女から放たれた魔力砲はその限りではありませんし、私が時空間制御を用いれなくなるわけでもありません。


 しかしそれももうすぐ終わります。

 魔法010の展開はもうすぐ終了します。

 そうなればこの時空間への制御権を失い、単純な出力差で負けてしまうでしょう。それならば魔法010の展開終了までに最高火力を撃ち込むしかないでしょう。


 私の持つ対魔導兵器の最高火力は対魔力分解刃でしょう。対象の魔力を強制的に基底状態へと還元する武器で、刺したら基本は勝ちなのですが、シンベストにその一般論が通用するとは思えません。複数回の攻撃、もしくは急所への攻撃を試みるしかありません。


 そしてそれはこのままでは達成できないでしょう。

 仕方ありません。まだ調整段階の並走ですが、魔法013を使うしかありません。


 幸い時空間制御権は確保していますから、魔法011の使用条件は満たしています。本来は時間のかかる発動時間を時間加速により短縮し、魔法011を起動します。


 起動と同時に機体に大きな負荷がかかるのを感じながら、瞬きをすれば、世界の見え方が大きく変容します。視界の端々に、魔力の歪みが出現しは消えを繰り返し、不安定なこの空間内が荒ぶるのが見えます。基本的には小さな歪みですから、特に何か影響があるわけではありません。しかし、上手く利用することはできます。


 魔法011。時空間異常と同時に出現する空間内の魔力的歪みの観測、そして歪みを利用した時空間移動と高密度魔力の供給。


 連続的な空間移動ではなく、予兆なしの空間転移に似た空間移動に加え、周囲の空間又は時間からかき集めた魔力を自己の魔力へと変換し、強制的に出力を増大させることが可能です。

 もちろん、無理に能力を向上させていますから、機体への負荷や使用後の反動はとてつもないものになりますし、演算領域も大方もっていかれるため、高密度魔力砲すら撃つことは叶いません。


 しかし対魔力分解刃は使用可能です。特性の付与が完了していますから、演算領域はほとんど圧迫することはありません。

 魔法010の展開終了まで残りわずか。

 ここで勝負を決めます。


 断続的な空間移動により、一息にシンベストに背後を取り、変形させた右腕を振います。

 通常であれば急に背後に現れた私に対応できるわけはなく、刃が頭へと突き刺さるはずでしたけれど、気づけば彼女は片手で刃を受け止めていました。

 こうなればもう不意打ちは通じないでしょう。純粋に出力勝負で勝つしかありません。


「驚いた。こんなにも出力が上がるなんて。やっぱり君はなかなか強いよ。けれど、私ほどじゃない。私の武装は魔力砲と魔力障壁の2つだけ。残りは全て基礎出力の向上に注ぎ込んである。多少の小細工じゃ私は倒せないよ」


 時空間を掌握し、歪みによる出力上昇を合わせているのに、一向に攻撃が通る様子はありません。しかしシンベストの攻撃も私には当たりません。

 それはつまりお互いに決め手のかけ、時間のみが経過することを示しています。


 そして時間が経てば経つほど、不利になるのは私です。魔法011の効果時間が切れます。


「やっぱり結構無理をしていたみたいだね。助かったよ。このまま続けば、少し危なかったかもしれなかったからね」


 たださえ負荷のきつい魔法010に、それよりも高負荷の魔法011を重ね合わせたのですから当然なのですけれど、私の機体はもう限界です。元々ミラジュリーとの戦いで無茶をさせすぎたのです。


 ここから勝つにはどうすれば。

 いえ、勝つ必要はないのです。この場所を通ることができれば。しかし見逃してくれるでしょうか。


「まだ来る気なの? もう勝敗は決したでしょ? 諦めてくれないかな。別に君を壊したいわけじゃないんだけれど。さっきも言ったけれど、私としてはどうしてそんなに彼を助けようとするのかがわからないよ。そんなにも世界を滅ぼしたいの?」


 一瞬、何を言っているのかわかりませんでした。

 普段なら聞く耳を立てる必要なはないのですけれど、それよりも行動計画を立てるべきなのですけれど、その言葉はどうにも強すぎました。


「世界を、滅ぼす……?」


 私の漏れた言葉に彼女はきょとんとした後に、何かに納得した様子で口を開きました。


「あ、なるほどね。君は知らないわけか。いやー、失敬。さっきの天使は知っていたから、同じだと思ったよ。騙されていたってわけか」


 シンベストが嘘をついているようには見えません。

 しかしシンベストの言う彼女が、私の所属する組織の指導者のことであるなら、理解できません。魔法使いを助けると言うのが基本理念であったはずです。


「何か来るな」


 彼女がそう呟いた途端、右側から大質量体が飛来します。何者かの攻撃に思われるそれは片手で受け止められ、無効化されます。


「何か来る、じゃねーよ! もう終わった! 私の勝ちだ。そこのカス天使との戦いに夢中で気づかなかったみてーだな!」


 知らない声が響きます。いえ、私はこの声を知っています。組織内の連絡網にて声だけ聞いたことがあるのです。


 天使です。名も知らない天使。

 同じ組織内に所属する天使の一機。

 先にこの場所で戦闘し、すでに敗北したと推測していた天使です。


「重力か」

「そうだよ! お前がいくら頑丈だろうが、無制限に強くなる引力に耐えられるか!?」


 高速で解析をかけたところ、シンベストを中心として仮想の魔力的質量を起点とした無制限重力増幅機能があるようです。それはつまり私も影響下であると言うことでもあります。


 重力の増大の影響か、周囲から多数の大質量体が飛来します。いえ、この質量体もこの兵装の効果の一つなのでしょう。無数のそれに対処できるほどの力は今の私には残っていません。

 シンベストは対処可能なのでしょうか。いくら魔力密度が高くても、質量を増加し、増大を続ける重力にはいつか耐えきれなくなるはずですが。


「仕方ないか」


 不穏な魔力がシンベストの中で動いたのを感じました。いえ、後から考えてみれば魔力とは違う何かだったのかもしれません。不思議な力の動きを感じました。

 それと同時に衝撃波が周囲に吹き荒れます。遅れて何か大質量体が高速で飛来したのだと気づきました。吹き荒れる砂塵の中、観測機が捉えたものは、大規模な窪みでした。


 ちょうど名も知らぬ天使が現れた位置に、それはできていました。高温により融解した地面は大きく窪み、そこに与えられた力の強さを表しています。小惑星の衝突にも匹敵する威力なのではないでしょうか。


 その中心では名も知らぬ天使の残骸が転がっていました。それはもう機体の一部と呼べるほど綺麗なものではなく、ただのがらくたのように見えました。いくら天使といえど、この状況から修復することは不可能でしょう。不可逆的な破壊です。


「ふぅ」


 それを起こした張本人と思われるシンベストは軽く息を吐いていました。


「今のは……空、から……」


 どれぐらい高高度かはわかりません。

 けれど、何者にも侵すことのできない超高高度の空から攻撃を彼女は放ったのです。しかし、それは不可能なはずです。


 今まで無数の人々が空に挑んできました。

 その結果、空中浮遊機構や浮力発生場展開翼などの作成がなされ、今日の飛行魔導機があります。もちろん様々な魔導兵器だって同じです。

 現在の人類は空まで支配域を広げていると言っても過言ではないでしょう。

 

 ですが、それは一定の高度までの話です。

 ある一定の高度を越えた高エネルギー体は破壊されます。理由は不明です。神の天罰と語るものもいますし、物質的限界だと語る人もいます。しかし、原因ははっきりとはしていません。


 わかっていることは、高高度には何も存在することはできないということだけです。これが前提となって、魔導兵器や戦術は組まれてきました。この枠組みから逸脱する兵器なんてものが存在するなんてことがあるのでしょうか。


「まさか、これを切らされることになるとはね。さっきは魔力砲と障壁しか持ってないって言ったけれど、あれは嘘だよ。これは使わないつもりだったからね。

 えっと、大丈夫だった? あのままだと君が壊されてしまいそうだったから、世界を縛る柱の天罰を使ったのだけれど、余波のことはあんまり考慮できなかったから。一応出力は抑えたのだけれど」


 世界を縛る柱の天罰。

 天罰?

 まさか。


「空を支配する法則……それがあなただというのですか」


 私の予想に、彼女は軽く笑います。


「まさか。そんなわけはないよ。もしそうなら、制空権は完全にこちらのものだし、弾道型誘導飛翔体の実用化も真面目にもう少し検討されただろうね。そうだね……まぁ、いっか。見られたし。

 世の人がどういってるかは知らないけれど、空を支配する者、それを世界を縛る柱と呼んでいる。その正体は、まぁ簡単に言えば、天使だよ。私達と同じ。大きさや形状は大きく違うけれど。


 天使の本体と呼ぶべき、力の源はどこかわかる? そう。その輪だよ。逆に言えば、輪さえあればそれは天使とも呼べる。強力な天使の輪を持つ柱、それが世界を縛る柱。

 それは天使という魔導兵器が造られる前から存在していた、らしいよ。というか、私達の存在が、あの柱の劣化模倣兵器であるという見方をしたほうがいいのかな。なぜあるのか、なぜ超高高度飛翔体を撃墜するのか、それはわからない。わからないけれど、多少の操作はできる。自由にできるわけじゃないけれど。


 その小さな操作権限を地上で唯一確立しているのが私。まぁ、それが私の特化している要素になるのかな。私の二重の天使の輪。これはそのためのもので、明らかに過剰兵器の天使の輪を苦労して同調し共鳴させ、世界を縛る柱の天使の輪への干渉権を確立させたみたいだね。

 まぁ、見合ってるのかはわからないけれどね。尋常じゃないほどの魔力と長時間の使用不能時間を払って、あきらかに既存の魔導兵器に撃つには過剰すぎる火力だからね。当初の制空権の完全確保という目標には掠りもしなかった。まぁ、故にこういう役割になってしまったのだけれど」


 そこまで長々と話してから、私に向き直ります。


「それで、どうする? 私はもう行くけれど」


 彼女はそう問いました。

 最初と同じ穏やかな目で。

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