第26話 会話記録「魔法使い000」
9割が死亡。そう話した誰かは、その数秒後にくぐもった声と共に声が途切れました。
その時点ではたったそれだけの情報でしたが、時間の経過と共に少しずつ情報は増えてきました。
曰く、最初の一撃で8割が殺された。
曰く、どんな防御魔法も貫通された。
曰く、どんな攻撃魔法の効果は見られなかった。
曰く、超越的な魔力量を誇っていた。
まばらな情報を統合するとそのような感じでしょうか。残念ながら生存者は少なく、さらに要領を得ない答えが多く、これ以上詳しい状況は分かりません。
しかし、これ以上の情報を入手する見込みはありません。先のミラジュリーとの戦いにおいて、経路防衛のために残った者のうち7割以上が死亡していますから、指揮系統すら危うい状況にあります。そんな状況で正確な情報を入手するのは困難ですし、それよりも救護活動をしなくては、多くの魔法使いが死んでしまうでしょう。
いえ、すでにたくさんの魔法使いが死んでいるのです。観測しているだけで1405人が死にました。話したことのない者、幾度か話したことある者、私に毒づいた者、共に肩を並べ戦った者、様々な魔法使いが魔力へと還りました。
幸いというべきかはわかりませんが、これ以上情報が手に入らなくても敵の正体は判明しているといっても過言ではないでしょう。おそらく敵は天使でしょう。
なぜなら魔導施設441内へと救援に向かった彼らの中には味方の天使がいたからです。天使を含む彼らが呆気なく敗走したということは、最低でも同格の天使がいなくてはおかしいでしょう。もしかすると天使が数機いたのかもしれません。
恐らくすでに事態は撤退戦へと移行しています。これだけの人員の損失が出たのであれば、これ以上戦線の維持は不可能ですし、魔導施設441内部へと救援を出すことも難しいでしょう。
生存者をかき集め、安全な地帯まで撤退できるでしょうか。大怪我をしている者もいるはずです。魔法使い達は回復魔法を杖の機能により使用可能なはずですから、生きてさえいればすぐに行動できるようにはなるでしょうか、大気へと消え去った魔力が帰ってくるわけではありません。
生き延びた魔法使いがどの程度行動可能かはわかりませんけれど、長距離移動ができないのであれば、近くに集まり身を寄せ、即席の防衛拠点を築くことも考えなくてはいけないかもしれません。
その時でした。
救難信号が私の元へと届きます。
私の元へ届く救難信号を送信できる通信機を持つものは1つだけです。メキの持つものしかありません。
その信号を受け取ると同時に、私は跳躍をしていました。同じ組織の者の救難作業は中断し、メキの元へと向かいます。
「さっきぶり、だな……」
数刻ぶりに出会った彼女は、左肩から右腰にかけて身体が寸断されていました。切断面の強い焼き跡から、恐らく魔力光線にやられたのでしょう。
見た瞬間にわかりました。
彼女はもう助かりません。すでに大気への魔力還元が始まっています。こうなれば回復魔法を施しても治りません。もしも治るとするのなれば、それこそ時間を戻さない限りは。
私が離れたからでしょうか。
隣で守っていれば。
彼女の命令に背いていれば。
ついていっていれば。
私がいれば、魔力光線など弾いていたのに。
彼女1人ぐらいなら、簡単に守れていたのに。
また。
またです。
また、私の前から誰かが死んでいきます。
「おい。そんなに……気にするなよ……」
彼女は苦しそうにそう呟きます。
小さく、か細い声でしたが、私の感覚器には届きます。
「いろんな人が今まで死んでいった……やっと、私の番ってだけだろ? それがこんな……あっけないものだとは思わなかったがな。いや、あぁ……わかるぜ。それぐらいはな。あたしの命はここで終わりだろ? わりぃな。結局ほとんど借りは返せそうにない。たくさん助けてもらったのにな。
……いや、あたしは何もしてないぜ。みんなそうだ。みんな、シイナに助けられた。だけど、いや……もう一度、最後に私達を助けてくれ。
もうまともな戦力として動けるのはシイナだけだ。魔導施設441内部に行ってくれ。頼む。もう、私達には……無理だ。頼む」
「命令を受諾します」
私の声は自分でも驚くほど無機質でした。
やはり私は機械で、なにも感じていないのでしょう。
けれど、それなら、この不快感の正体はなんだというのでしょう。
「それとな……これは、個人的なことで、聞かなくてもいいし……かなり偉そうなことを言うぞ。あたしも、言いたいことがあんだよ……なぁ、シイナ、失敗したんだろ? 助けたい人がいるって言ってたもんな。でも、うまくいかなかったんだろ? わかるとは、言わないぜ。すごく辛かったんだろ? 悲しかったんだろ? 塞ぎこみたくなるよな。考えたくなくなるよな。あたしだって……あったぜ。最初、帰る場所がなくなった時、死んじまおうかと思った。
でも、時間が経てば、いつのまにか変わった。シイナのおかげだ。シイナが目標のために頑張っていたから、あたしも何かをしないと。そう思ったんだよ。だから、ここまできた……なぁ……いつまで気にしてんだよ。過去はもう終わったことだ。先に進め。先に進んで、そこでまた誰かを助ければいいだろ? なぁ、違うか……ごふっ」
彼女が吐血し、さらに魔力が消えていきます。
話さなくていいと言おうとしましたけれど、彼女は言葉を止める気はないようでした。それは私には止められないものです。
「また、誰かを助けてやってくれよ。あたしみたいにさ……シイナにはそれができる。できるんだよ……否定すんなよ。これはあたしが感じたことなんだからよ。それがすべて、なんだぜ……シイナは、あたしを助けたんだ。シイナは、誰もたすけられなかったって、言っていたけれど、あたしは助けられていたんだから、それでいいだろ? だから頼むよ。助けてくれ。すべての魔法使いを。
あぁ、くそ違うな……こんなことを言いたいわけじゃねぇんだが……でも、シイナならできるぜ。助けてやってくれ。そのために行ってくれ……頼んだぜ。おい、なんて、顔……してんだよ。さっきも言ったけどよ。こんなのありふりた……こ、と……」
彼女の術式が露わになります。
私が最初に教えてもらい、魔法模倣機関作成の発端となった魔法の術式です。見慣れた術式を最後に彼女は消えました。ただの魔力となって、大気へと還っていくのです。
もう見慣れた、何度もいた光景です。彼女の言う通り、魔法使いが死んでしまうことなど、よくあることですから。目の前で見たのは65人目になります。そのすべてが、私の小さな手から零れ落ちた物達です。
私は。
何なのでしょう。
今まで私は何をしていたのでしょう。
滲み歪む心とは逆に思考が次第に綺麗になっていくのを感じます。
変に澄んだ思考回路は、様々なことへと思いを馳せます。
今までの私は何も考えず、ただ命令に従っていただけでしたけれど、もっと別の方法があったのではないでしょうか。そうおもいますけれど、同時に自ら考えていても上手くは行かないだろうとも思います。
多分なのですけれど、最初から私は何もしていません。私が決めて動いたことではないのです。すべての行動は何かに背中を押され、やったことにすぎないのです。私の意思がありませんでしたから、私はずっと逃げていたのです。誰かのためにと言って、誰かに責任を押し付けていたのではないでしょうか。
最初にシイナを助けたいと願い、そしてそこから派生した助けたい人を助けるという志も、結局のところ創造主にいただいた命令の延長線上であると言えば、その程度のものでしかないのです。私には私がないのです。
でも、それは当然です。私は魔導兵器なのですから。最初はそうでした。ただの魔導兵器に過ぎない私なら、それでよかったのでしょうし、そうであるしかなかったのでしょう。けれど、何の影響は私は覚醒し、私というものを持ってしまいました。それは小さく、存在すら希薄な者でしょうけれど、小さな私がいて、それが私なのでしょう。
それが何かの影響を与えたのかはわかりません。結局身体は命令に従うのみで、私が何かをしているとは思えません。ただ小さく、かろうじてそこに有るだけの存在、それが私です。
もうこうなってしまったからには、この私を強くしていくしか道はないのでしょう。私が死んでも特に問題はありませんけれど、これ以上誰かが目の前で死ぬのは……いえ、後悔をしたくはないのです。
だからこそ、自分で決めて、納得した結末を手繰り寄せられるように。
自らの意思を強くしなくてはいけない気がします。私という存在を強くしていかなくてはいけない気がしています。
ですが、その前に。
魔導兵器としての役目を果たさなくてはいけません。
メキは最後に私に命令を与えました。
魔導施設441に向かい、先んじて侵入した部隊の救援を行うことです。
この命令に従うのが良いのか悪いのかはわかりませんが、きっとこれを聞かないと後悔するでしょう。メキの死に際の言葉に逆らうというのは、私にとって良いものであるとは思えません。きっとこれが正しいことなはずです。
こうして単身魔導施設441を目指す私の前に立ちはだかったのは長身の女型天使でした。
彼女は、私と同じようにたった1人でした。空にも陸にも地中にも何もいません。草木1つもありません。強大な魔力が解放されたからでしょうか。魔力の強さに生物の身体では耐えきれなかったのでしょう。
メキを殺した天使なのでしょう。
魔力反応だけでわかります。強力な天使です。頭上には2つの天使の輪が重なるように存在しています。カリエステルの言っていたシンベストという個体でしょう。
「こんにちは。少し話をしましょう」
彼女は開口一番にそう言いました。
そして戦いが始まります。
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