第25話 戦闘記録「天使002」

 急に雨が降り出します。

 同時に各種観測機が不調を訴えます。


 この現象は覚えています。

 最初に出会った2機の天使のうちの1機、名をミラジュリーと言ったでしょうか。その機体が来ているのでしょう。


 各種観測機への魔力供給を停止。

 余剰魔力を試作魔法模倣機構へと供給を開始。


 同時に高速で飛来する弾丸が、こちらの16個ある仮拠点のうちの13個を吹き飛ばします。私の周囲だけは魔力障壁により防ぎましたが、それだけでは3個しか守ることはできませんでした。

 

 それぞれの拠点にいた魔法使いはその大半が死亡しているでしょう。

 しかし悲しむ間も、看取る間もなく、無数の魔力光線が空間を引き裂きます。それは確実に各々の頭を狙った攻撃であり、それに対処できたのはごく一部でした。


 この時点で魔導都市441の周囲防衛のために残された魔法使い176人の7割ほどが魔力へと還ったと考えられます。相手がミラジュリー1機だけなのかはわかりませんが、天使相手であれば、耐えたほうなのではないでしょうか。


 残ったものは、瞬時に飛行魔法を起動し、臨戦態勢へと移行します。しかしそれも虚しく、1人また1人とやられていきます。光の速さで飛来する魔力光線へと対処可能な者であっても、天使に直接に狙われれば1秒と持ちません。


 それを阻止するには一刻も早く、ミラジュリーを補足し、破壊しなくてはいけません。しかしかの天使による観測阻害雨により、ミラジュリーの補足は困難です。


 通常であれば、光線の弾道から敵の位置を推察するか、敵の方からこちらに来てくれるのを待つしか無いでしょう。

 そう、通常であれば。


 魔法模倣機構起動。

 魔法008。発動。


 魔法模倣機構、それは魔法使いの使う魔法を再現し、使用するものです。それには魔法使いの術式が必要です。メキのように私に術式を渡してくれたものもありますが、それだけではありません。

 魔法使いは死亡時に術式が出現します。ほんの一瞬のことですが、肉体の魔力還元が終了した後には術式が残ります。


 そして私は今まで64人の魔法使いの死に際を目の前で見てきました。救えなかった者達もいれば、私が殺した彼女達もいます。その中の57人の術式を記録し、31人の術式の解析が終了しています。

 解析した魔法の術式から、私でも使用可能なように設計し直したものが、魔法模倣機構の正体です。


 これは元々私に残された容量的空白を利用したのに加え、自己進化機能の発展、そして何よりメキの魔法により可能になった兵装です。メキの魔法の術式を最初に解析し、ものにしていなければ、他の魔法の術式を記録するのは、こうも簡単ではなかったでしょう。


 現在使用可能な魔法は11個です。

 その中の1つ、魔法008は、先んじて印をつけた4点を起点とした四角形内における魔力量の変化観測にする広域索敵魔法です。


 魔法の特徴、それは構造の複雑さです。術式というものはとても複雑で、それゆえに起動までの速度や難易度はかなり高いものです。しかし、だからこそ、一度起動した魔法を無効化するのは、そう簡単なものではありません。


 そして私はすでに魔法008を仮起動状態で待機させています。仮起動状態の魔法は、魔法発動の最難関である術式の構築を終わらせ、待機状態にしてあり、魔力を流すだけで魔法発動が可能です。

 

 無事に発動した魔法008により周囲の魔力情報を取得します。

 魔力変化の大きい場所は1681か所。現在も増えていきます。そのうち987か所は魔法使いが死んだ場所でしょう。590か所は魔法や魔力光線といった兵器の余波でしょう。53か所は逃げ惑う、又は抵抗する魔法使いでしょう。

 残り51か所。その中でもひと際大きな魔力変化のある場所は7か所。その全てに私は狙いを絞ります。


 右腕を伸ばし、身体の前に構えます。

 同時に腕を変形させ、巨大な砲身を出現させます。連装型高密度魔力砲です。

 自らの天使の輪が高速回転を開始し、魔力を急激に高めます。


 そして高密度魔力砲が射出されます。

 強力な魔力の奔流の束が狙いを定めた7か所へと飛来します。


 無論、こんなもので天使が倒せるとは考えていません。しかし、私は見逃しませんでした。魔力砲を躱すために動いた天使の魔力の動きを。


 後部が変形し、魔力推進機を出現させ、出力を最大で起動します。接近する私のことを認識したのか、敵性天使も高速移動を開始します。しかし、一度場所を補足すれば、そこからどこへ逃げようとも魔力の変化から場所を割り出せます。


 1秒とたたずに、私はミラジュリーと相対します。

 それまで敵があの時の天使であるという確信はありませんけれど、こうして眼前に捉えれば、それは確信に変わります。


 アリスと生まれ育った魔導研究所から逃げていたあの時に、私達に襲いかかった2機の天使の1機。少年型天使。


 それを認識しつつ、私は魔法模倣機構から魔法004を起動します。

 魔法004、それは魔力変化を基底状態へと還す投射型の槍です。威力、速度どちらも申し分ないですが、術式構築の難易度が高く、天使同士の高速戦闘の中で使用するのは難しい魔法です。


 しかし、私は先んじて魔法004を仮起動状態で待機させています。その数54個。これが枯れるまでに勝負をつけます。


 飛来する4本の魔法004をミラジュリーは魔力障壁で受けようとしますけれど、魔法004はそれを貫通し、彼の機体へと突き刺さります。

 魔法004は魔力障壁のような魔力強度の低い防御手段では防げません。魔力障壁と当たった側から、魔力を無意味なものへと変質させていくからです。


 流石に天使の魔力強度を一撃で基底状態にすることはできません。実際、1度は脚を止めかけたミラジュリーはすでに再生を終えています。

 効いていないということはないでしょう。あと数発直撃させることができれば、行動を停止させることが可能なはずですし、当てることができなくても防御できない攻撃というのは、相手の動きを阻害することが可能ですから、それはそれで攻撃の機会が生まれるはずです。


 案の定、彼も加速し、距離を取ろうとします。それに加え、彼の姿自体が、ぼやけて見にくくなっていきます。

 雨に紛れ、姿を消し、四角からの攻撃を狙っているのでしょう。しかし、ここは未だ魔法008の効果範囲内です。どこにいるかは魔力の流れをみればわかります。


 出し惜しみはしません。仮起動状態の魔法004を10個起動し、誘導弾のように発射します。

 原理はわからずとも、防御不能の攻撃であることはわかっているようで、身体をねじり魔法004を躱されます。しかし、それだけではすべてを躱すことはできず、短距離転移まで使わせることに成功します。


 短距離転移はその場から簡単に離脱することが可能ですが、空間の魔力的歪みは避けられません。それを見れば、数舜後にどこに現れるかは、簡単にわかります。


「相変わらずしつこいな」


 出現地点へと打ち込んだ高密度魔力砲を魔力障壁で無効化し、ミラジュリーはそう呟きました。私が彼のことを覚えていたように、彼も私のことを覚えていたようです。


「おまえがこんなところにいるとは正直思わなかった。あの状況から復活するとはな。これも天使の輪のなせるものか」


 一瞬の静寂です。

 お互いが手を止め、攻撃の機会を探ります。


「前もそうだが、ボクは別におまえを破壊しろという命令はもらってない。ただある物の回収……いや、破壊か。ただそれだけなんだ」


 妨害雨の密度は少しずつ減少しています。

 持続時間の限界でしょうか。それとも戦闘中に妨害雨にまで回す余裕はないのでしょうか。妨害雨が弱くなれば、索敵魔法である魔法008に回していた魔力を他の兵装に回せますから、押し切れる可能性が高まります。


「別にボクだって、同じ天使を倒したくなんてない。スナピマみたいな戦闘狂じゃないからな。平和的にいけるのなら、それに越したことはないんだ」


 ……魔法010を使うべきでしょうか。

 いえ、この状況では使用しても勝負を決めきれる確証はありません。それにまだ気になることもあります。それを考えれば、ここで使うのは得策とは思えません。やはり。


「おまえもそう思うだろ?」


 一瞬の静寂を破ったのは私でした。

 推進機を全開にして、剣状に変形させた左腕を振るいます。

 少し隙を狙った一撃ではありましたが、ミラジュリーには簡単に受け止められてしまいます。しかし、ここから魔法004は躱せないはずです。そう思い、魔法004を発動しようとした瞬間のことでした。


 遠方からの魔力光線が私の右腕を貫いていました。

 本当であれば頭を撃ち抜かれていたことでしょう。兆候に気づき、回避行動をとらなければ、頭を撃ち抜かれていたはずです。それでも右腕を持っていかれました。すでにこれはつかえません。再生には多少の時間を有します。


「いつから1機だって思っていたんだ?」


 それと同時にミラジュリーがにやりと笑い、短刀と共に私に切り掛かります。目にも止まらない高速攻撃に加えて、時折魔力光線が私を襲います。右腕を失った私には、それを捌ききれません。


 致命的な攻撃である魔力光線を躱すことを優先しますけれど、そうすれば否応なく短刀による傷が蓄積されていきます。あと数発も受け切れないでしょう。


 この魔力光線の出力、不意打ちとはいえ天使である私の装甲を簡単に貫通する時点で、天使級と言えるでしょう。天使は2機いた。普通に考えるのなら、そういうことなのでしょう。


 思えば最初からおかしな点はありました。

 ミラジュリーという天使は遠距離攻撃用の兵装を積む余裕があるとは思えません。通信妨害又は情報収集用の雨、この兵装を抱えた上で、隠密行動用の兵装まで積めば、それだけで容量の大部分を占めてしまうはずなのです。

 魔力光線や質量砲などを積む余裕がない可能性が高いのですから、天使がもう1機いるというのは予想できた事実ではあります。


 もしも天使が2機いるのなら、私に勝ち目はありません。天使の数の差を覆すには、要素が足りません。


 ほんとうに?


 ……いえ、それはおかしいのです。

 今、ここ一帯の魔力量の変化は私の手の内にあります。天使ほどの魔力量の存在が動けば、簡単に気づけるはずです。


 それに本当に天使が2機いるのなら、こんな勿体ぶったやり方はしないはずです。数の差は絶対なのですから、単純に正面から2機同時に私を攻撃すればいいのです。


 しかしそれをしていない。それどころか、突如現れた2機目の天使は威力の高い魔力光線で援護してるとはいえ、ただそれだけです。天使であればもう少し何かできるはずです。それこそ私を既に破壊していなくてはおかしいはずです。


 やはり2機目の天使などは存在しないと考えられます。遠隔操作型の拡張兵装か何かでしょうか。この雨の中では確かめる手段はありません。賭けるしかないでしょう。

 

 そこまで考えたところで、短刀が私の腹に刺さります。同時に魔力分解が始まりました。そう長く刺さっていれば、こちらの魔力が希釈され、行動不能にされかねません。


 勝った。そう言いたげな顔をするミラジュリーの腕をつかみます。刺さっているということは、捕まえられるということです。今は、今だけは逃げられません。


「なに、を」


 魔法004、魔力の槍が周囲に12本展開されます。同時に魔法008を停止し、魔力領域を展開します。ほんの一瞬の魔力領域ですが、それでも魔力光線が読み通りの外部兵装なのであれば、これで使用不能になるはずです。


 半径2mほどの魔力領域ですが、それでも領域内であれば魔力に対する優位性を確保できます。もちろん外部兵装へと供給しているであろう魔力に対してもです。

 機体内の魔力や、既に何かの形となった魔力に干渉することは難しいですけれど、単純に対外へと排出された魔力に関しては、魔力領域の優位性で干渉可能です。


「ひ」


 少しミラジュリーが声を漏らします。

 しかしその言葉を最後まで聞くことはできませんでした。大粒の雨がそれをかき消したからです。さらに捕まえていた腕もすり抜けられました。咄嗟に短刀を捨てる判断をしたようです。


 魔法004が彼の首を狙っていたはずですが、刺さったのでしょうか。雨により何も見えません。これで勝負がついていると良いのですけれど。


 私の期待も虚しく、ミラジュリーの姿が雨の隙間から現れます。さらに雷がなり始め、私を狙うように落下します。

 おそらくこれが彼の奥の手。今までのが広範囲への雨だったのであれば、今は狭い範囲の豪雨。効果範囲が小さい故に、彼を見失うことはありませんが、何かが変わっているはずです。


 しかしそれを分析している時間はありません。距離を取れば、また広範囲の雨が降り出すでしょうし、そうなれば魔法008がない私に勝ち目は無くなるでしょう。魔力領域の効果時間も残り数秒です。今、勝負を決めるのです。残り28個となった仮起動状態の魔法004のうち、半数の14個を同時起動し、一歩を踏み出します。


「え」


 思わず声が漏れました。

 同時起動した魔法004の全てが投射と同時に躱されたのです。いえ、投射する前に躱されたというべきかもしれません。誘導機能を持たない魔法004を見てから躱すというのはわかりますが、起動前に躱すというのは……未来予測でしょうか。


 この雨……カリエステルからの情報では、妨害の他に情報収集にも転用されると言っていました。それが集中しているのなら、私の行動の全ては筒抜けになっていて、行動する前に対処行動を終えられているという可能性が高いです。


 その予測を示すように、振るう剣は全て見切られ、回避運動は意味を為さず、瞬時に11発の攻撃を喰らいます。腹に刺さった短刀のことを考えても、これ以上の戦闘は難しいでしょう。勝つには魔力領域の残り持続時間である0.9秒以内に勝負をつけるしかありません。


 一瞬、ほんの一瞬だけですが、雨が止みます。

 重力操作装置を起動したからです。反重力により、雨を無効化します。こんな子供騙しの方法では、数秒も持たないでしょうが、それだけあれば十分です。


 同時に魔法004を4個使用し、頭上から降らせます。ミラジュリーにとっては、急に情報がなくなった状態からの攻撃ですから回避することは難しい、そう思いました。


 実際回避することはできなかったようでした。しかし魔法004は防がれました。魔力障壁を貫通する魔法004ですが、魔力密度の高い魔力には効力が弱くなります。


 そして天使にはこの世界でも最高峰の魔力密度を誇る装備があります。

 魔力完全循環型魔力増幅兼魔力情報管理機構、天使の輪です。膨大な魔力を生み出す、その機関の魔力強度は果てしないものになります。それこそ簡単に魔法の効力を受け付けない程度には。


 魔法004が天使の輪により弾かれ、ミラジュリーの視線がこちらを捉えます。

 放出系兵装に反重力、そして魔力領域まで使った私に、さらに何かをする余裕はありません。今なら反撃を考慮せずに攻撃を叩き込める。


 そう考えているのでしょう。

 しかし、私はすでに高密度魔力砲を構えています。


 確かにこれだけ大量の兵装を同時起動すれば、さらに何かをする余裕はありません。しかし、魔法004はすでに術式を構築し終えた仮起動状態でしたから、大幅に演算領域を削減できます。高密度魔力砲を放たれるぐらいには削減が可能です。


 最後に見たミラジュリーの顔は驚きで包まれていました。

 私の放った高密度魔力砲が彼と共に天を貫きます。

 荒狂う魔力が空気を揺らします。


 もしもさっきの攻撃で仕留めきれなければ、私の負けです。

 流石に無理をしすぎました。演算領域的に可能なことだったといえ、魔法004、重力操作、魔力砲、魔力領域の同時起動というのは負荷のかかる行為です。

 もう一度全力戦闘を行うには、一旦機体を休ませなくてはいけないでしょう。


 しかし、幸いなことに彼が立ち上がってくることはありませんでした。破壊できたのでしょうか。

 いえ、おそらく……


「く、そ……誤魔化せないか……」


 少し歩いたところにミラジュリーはいました。

 至近距離で無防備な状態で高密度魔力砲を喰らった割には軽傷のようでした。軽傷と言っても、右半身はほぼほぼ融解していますし、何より天使の輪が欠けていました。


 これでは自己修復機能すら、まともに働くかはわかりません。おそらく、私が天使の輪を壊された時よりも深刻な破壊状況であると言えるでしょう。


「なぁ……こんなことして何になるってんだ? どうせ国の奴らにゃ勝てないだろ? 自分たちを無敵か何かかと思ってるのかもしれないが、天使より強い兵器だってあるかもしれない……

 いや、違うな。作られた兵器でしかないおまえに、何かを成せると本気で思ってるのか? 兵器に許されたことは命令通りに行動することだけだろ? 暴走した兵器なんて、それはもう」


 何かを語り出した彼の頭に高密度魔力砲を叩き込みます。魔力障壁を張る余力もない様子の彼は、それを避けることもできず、ついに完全に沈黙します。


 これで最大の脅威は排除できたはずです。

 もしも追加で天使級の敵が来るのであれば、撤退を選択せざる負えませんが……


「……し、……りが……」


 ちょうど同じ頃、雑音混じりの通信が入ります。

 こちらの共有回線の一つです。


 名も知らぬ声の主は、焦ったような恐れているような声で驚愕の情報を落としました。


「繰り返す! 魔導施設441への救援は、失敗した! 9割が死亡!」

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