第13話 邂逅記録「機械人000」
静かな草原を、ゆっくりと、ですが確実に歩みを進めています。時に偵察用魔導兵器が通りますけれど、幸いにして発見された様子はありませんでした。魔力出力を下げていたのが良かったのでしょう。
小さな森、小川を越え、地点836まであと3日という地点まで来ました。14日前までいた地点023付近の隠れ家からはもうかなり遠いです。
そこで倒れている人を見つけました。
気絶しているようで意識はないようでした。外傷はないので、栄養失調などで倒れたのでしょうか。他にも様々な影響が考えられますが、近くに他の人や敵などはいないように見えます。
まだ若い、といっても成人はすでに終えている女の人でした。おそらくですが、普通の人でしょう。普通のというのは、魔法使いではないということです。
しかし彼女が普通でない点もあります。それは身体の大部分を機械化しているということです。手足はもちろんのこと、内臓もほとんどなさそうです。頭と心臓を除き、ほとんどが機械に置き換わっているようでした。
助けた方がいいのでしょうか。
いえ、助けたいという気持ちはあります。人を助けるために私は生まれたのですから、こうして困っている人というか、倒れている人がいれば、助けるのが私の役目です。
けれど、私はアリスを助けなくてはいけません。
もしも目の前で倒れている彼女を助ければ、私の存在が露見する可能性があります。それは避けたいところではあります。存在が露見すれば、アリスの救出の難易度が大きく上がることは間違いありません。
助けるべきなのでしょうか。
いえ、助けるべきではないのでしょう。もしもアリスの救出のみを最優先に考えるのであれば、彼女は見捨てるべきです。それが最善であると、私の演算回路は言っています。
しかし、私は彼女を担ぎ、安全なところへと運ぶことにしました。
人を助けたい、ただそう思ったからです。他のことを気にするのは後に考えればいいと思いました。
ここに彼女を置いておけば、どうなるかわかりません。栄養失調であればこのまま死んでしまうかもしれません。それは人を助けるために在る私にとって我慢できない事態です。
だからこそ、私は近くの岩陰へと彼女を連れ込みます。こう書くと不埒な者のようですけれど、流石になにもない更地で何かしらの対処を行うというのは良くないです。敵が来る危険性がありますし、野生動物の襲撃も考えられます。
一応、他の誰かが彼女を助けに来ることも考慮し、最初に発見した場所も見れる位置にいることにしますが、その様子はありません。彼女は1人だったのでしょうか。1人でこんな場所にいるのでしょうか。
それに機械化しているのであれば、なおのこと倒れるというのも不可解な事象ではあります。魔力で動く各種魔動機を義手義足または身体の一部とする人は機械人と呼ばれ、人より強力な肉体を手に入れているはずです。いえ、肉体とは言わないかもしれません。機体というべきでしょうか。
忌避感や必要性のなさから、その人数は多くはないはずですけれど、身体が魔動機へと変われば、多少の外敵にはやられないはずですし、体調不良にもなりにくいはずです。
その理由は単純で、魔動機のほうが肉体よりも信頼性が高いからです。不調を訴える可能性が低いはずです。代償として、一度壊れればそう簡単には治りませんが、それも部品を交換すれば済む話ではあります。
とりあえず彼女の状態を確認します。
軽く各種観測機を使用するだけで、倒れていた理由はわかりました。
答えは魔力不足でした。判明してみれば単純かつ明快なものです。
いくら強力な魔動機で身体を構成していても魔力供給がなければ、ただの金属の塊でしかありません。上位魔導兵器以上になれば、魔力生成装置が内臓されていますけれど、それがなくては定期的に魔力供給を受けなければいけません。
おそらく彼女はここで魔力切れになり倒れたのでしょう。しかし、いくらここが町から離れていると言っても、そんな簡単に魔力切れになるほど内容量に問題のあるような魔動機ではないはずです。
魔力供給を忘れていたのか、それともそれができない状況にあったのか。
そのどちらかが可能性的には高いと考えられます。
まぁ、そのあたりの諸々の事情は目覚めた彼女自身に聴いてみるのが速いでしょうか。私に必要な情報ではないかもしれませんが、情報が多いことに越したことはありません。
いえ、それよりはすぐにでも離脱し、情報を渡さないことの方が大切なのでしょうか。
ともかく、私の魔力を、彼女へと渡します。
彼女が必要としている魔力量は小さいと言うほど小さくはありませんけれど、天使の輪を持つ私からすれば小さいものです。おそらく魔法使い1人分よりも少ない程度でしょうか。この程度であれば、修復率が4割弱の今でも数分で回復可能です。
魔力の規格を合わせるのには少し時間を要しましたが、魔力供給は成功したようでした。その証拠に、彼女の魔動機は自動で再起動したようで、少しすれば彼女も目を覚ましました。
「うぅ……だれですの……?」
目をこすり、あまり頭も動いていないような顔で、彼女は呟きます。
「私は、シイナというものです。あなたが倒れていたので、ここまで運びました」
一瞬私の正体を明かすことも考えましたが、彼女には私の正体を明かさなくてもいいでしょう。メキの時と違って、魔導兵器だとばれても警戒されることはないでしょうし、魔導兵器であることはすぐにばれるでしょうが、天使であることは言う必要はないはずです。
まぁ、倒れている彼女に天使だと言ったところで、何かわかる可能性は著しく低いわけですけれど。
天使の存在は今でも最高機密指定なはずですから。それでも与える情報は最低限に抑えるのが潜在的危険を最小限化する方法ではあるはずです。
「シイナ、っていうのね。私はイリュミーヌよ」
イリュミーヌ、それが彼女の名でした。
彼女は魔導機の義手を胸にあて、そう自己紹介をしました。
「ありがとうと言っておくわ。色々助けられたようね。お礼をしなくちゃいけないのだけれど」
「いえ、それは良いのですが、少し落ち着いた方が」
「悪いけれど、私は急いでいるの。早く逃げなくちゃ……ぁ」
焦ったように早口で語りながら、彼女は立ちあがろうとしたのですが、すぐにふらっと倒れこんでしまいます。
「大丈夫ですか?」
答えはありません。
何かを聞く間もなく、意識を手放してしまったようです。先ほどのような気絶といった感じではないですけれど、よほど疲れていたのでしょうか、眠ってしまったようでした。
おそらくですが、まだ魔導機が再起動したてで、安定していなかったための気絶でしょう。一瞬のことで、すでに大丈夫なように見えますが、この様子では当分は目を覚まさないかもしれません。
断片的な言葉しかありませんでしたが、早く逃げなくてはと言っていました。何かに追われているのでしょうか。ならば、私もここを早く移動するべきでしょう。私も追われている身ではありますし、巻き添えを喰らうのも困ります。
そう思い、彼女を抱え、歩みを再開します。
捨ておくという選択肢はすでにありませんでした。
よくよく考えてみれば、魔力供給をした時点で救命活動は終わっていたのですけれど、それだけでおいておくことはできませんでした。理由はつけようと思えば、つけることは可能でしょうが、結局のところメキを助けると決めた時とあまり変わりません。
そうしたほうが、私という存在の在り方として適切だからでしょう。人の望みをかなえるための魔導兵器。それが私なのですから。
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