第12話 思考記録「情報整理107」
地点023で得られた情報を分析した結果、アリスが連れ去られた場所としては地点836が最有力候補となりました。他の候補としては地点545、地点098などがあげられますが、他の場所に比べれば地点836が一番可能性が高いという結論になりました。
本当は確実な情報を得られていればよかったのですけれど、あいにくと獲得できた情報は、魔導兵器の足跡でしかなく、そこからの推察でしかありませんから、確定はできません。とりあえずは、地点836の様子を見ることから始めるしかないでしょう。
地点023から地点836までの距離は近いとは言えませんでしたが、あまり強力な推進機関を使って、居場所を補足されるのも避けたかったので、移動は徒歩になります。幸い、徒歩で行けない距離というほど遠いわけではありません。
けれど、徒歩で歩くのも危険ではあります。この辺りは本国の領土です。首都とは大きく離れていますし、大きな街もほとんどありませんけれど、小さな町は何個かあります。
小さな町に、出力を抑えている私を発見できるような観測装置が置いてあるとは思えませんけれど、今ごろは地点023が襲撃されたことが周知になっているはずですから、警戒は強まっているはずです。
なるべく魔法使い側の攻撃であると思ってもらえれば、楽なのですけれど。もしも私であると、天使の仕業であると露見していると面倒なことになります。
天使の私がいるとわかれば、天使が派遣されるでしょう。天使の相手をできるほどの性能を付与されている魔導兵器は天使しかいないでしょうから。天使との戦闘は避けたいところです。
天使の輪の修復を急いでいるとはいえ、未だに修復率は3割を超えたていどでしかありません。そんな状態では、天使と戦うことなど不可能です。天使の輪が完全回復したところで、戦いたくはありませんが。
余剰領域では、メキからもらった魔法の術式解析をしています。
この魔法を使えるようになると、どうなるかはわかりませんが、今の私にはまだ領域的空白はあります。私はまだ未完成なままなのです。もう一人のシイナ……シイナちゃんにより、この空白も4年前よりは小さくなりましたが、まだまだ大きいです。何もないよりは、なにかあった方が良いでしょう。
術式をもらったときは、簡単に使えるかもしれないと考えましたけれど、流石に希望的観測が過ぎたようで、そう楽に物事は運びません。術式をもらったと言っても、それはただ魔導機をもらっただけのようなもので、それに合う魔力の調整をしなくてはいけません。
無論、雑に魔力を入れても起動しないわけではないのですが、それでは出力は驚異的に落ち、まともには使えません。術式にはそれぞれ相性の良い魔力を流すことで、真の力を発揮するのです。
こんなことをメキは毎度していたのでしょうか。いえ、そんな複雑なことをしている印象はありませんでした。おそらく彼女の魔力が合うような術式になっているのでしょう。そうであれば彼女の自分以外に使える人がいないという言葉にも合致します。
他の魔法使いも同じようになっているのでしょう。生来生まれ持った術式と合うような魔力を持つようにして生まれてくるのです。その場合、他の魔法をどうやって使うのかはわかりませんが……メキが使っていた魔法は、彼女の魔法である魔力操作魔法以外には、何かしらの魔動機を介しているようでしたから、そこに秘密があるのでしょう。
ともかく、彼女からもった術式を十全に扱うにはもう少し時間が必要です。この術式に合う魔力を見つけなくてはいけません。魔力波変換ぐらいは簡単にできますし、メキの魔力も近くで見ましたから、そこからの推測をもとにすればいつかは使えるようになるでしょう。
メキは、大丈夫でしょうか。
まだ渡した通信機は起動されていないようですから、大丈夫であると信じるしかありません。それに私が心配することではないのでしょう。彼女は弱い存在ではない。そう思います。
もちろん戦力的には天使である私と比べてしまえば、小さなものですけれど、真実を受け止め、自ら決断し動く力、それは私にはありません。あれが人が持つ、特有の力なのでしょうか。
いえ、だからといって彼女が大丈夫であるとは言えませんけれど。
でも、ああして強い力とともに決心し進んでいく人を見ると、なんだか良いと思います。美しい意思の力です。
美しいとか、良いとか、随分と難しい言葉を思い浮かべるようになったと自分でも思います。随分と人らしいことを思い浮かべるようになったと。
昔の私が、今の私を見れば、随分と余計な思考が走っていると思うのでしょう。けれど、これでよいのです。
このような感情……と言えるのかはわかりませんけれど、それに類するこの思考が、私を私だと認識する一旦であるのは間違いありません。これらの感情が、私の望みである人を助けることに繋がるのですから。
もしもアリスを助けることができれば、彼女も何か望みを言うのでしょうか。どんな望みを言うのでしょうか。私には想像もつきません。
昔の記憶を頼りにするのであれば、彼女は外に出たがっていました。私が製造された研究所の中が彼女の記憶の大部分を占めていたことでしょう。しかし彼女が何歳で私と引き合わされたかはわかりません。さらに言えば、あの研究所に来た時に何才だったかもわかりません。
けれど、最初にあった時のアリスは、普通の人であれば5歳ぐらいだったのではないかと思います。メキの言う通り、魔法使いの成長が速いのであれば、実年齢は1歳もなかったかもしれません。
魔法使いと人の混血である彼女に、どれぐらい魔法使いと同じ特徴がみられるのかはわかりませんけれど、魔力がある以上、全くの無関係とはならないでしょう。
私がアリスと過ごした3年の間に、彼女は随分と大きくなりました。人で言えば15歳ぐらいの大きさでしょうか。今考えても驚異的な成長速度です。これも魔法使いの子である影響だったのでしょう。
もう少しこのことについてメキにも聞いてみるべきだったでしょうか。
彼女には、助けたい人がいると言った程度のことしか話しませんでした。アリスの情報が漏洩するのを恐れたためですが、次に会ったときには開示し、聞いてみましょう。
ともかく、アリスには研究所の中が世界のほとんどであったはずです。外に出してあげるべきだったでしょうか。あの頃の私は、創造主の命令に従い、それは防ぎましたけれど。
今の私であれば、どうするでしょうか。
アリスの外に出たいという意思も、創造主のアリスを守りたいという意思も、どちらも人の意思です。私が助けるべきと考えている人の意思です。この相反する思いのどちらを助けるのが正解なのでしょうか。
「考えなくていい。それは」
シイナちゃんの声が聞こえます。
その声とともに、私の思考回路を埋め尽くしていた過去の残滓は溶けて消えていきます。シイナちゃんが、また私の思考を守ってくれたのでしょう。
彼女の声は時折聞こえ、そのたびに私の中の情報を整理してくれます。そうしなくては私の中の情報はぐちゃぐちゃになって、また動けなくなってしまうのでしょう。とても助かります。
「私もシイナの機能ではあるのだけれどね。自己進化機能はすごいよ」
自己進化機能。私の自己修復機能が変化したものらしいですけれど、具体的にどう変わったかはわかりません。これも変な話ではあります。私の中の機能なのに、私がそれを知らないだなんて。
「こっちでも情報整理はしてるけどね。ちょっと時間がかかりそうかな」
シイナちゃんも頑張ってくれているようです。
私はそれを心配しなくてもよいのでしょう。
きっと、さっきまで私の考えていたことは、今の私に答えの出せる問題ではないのでしょう。そして今の私に必要な答えでもありません。
今考えるべきことではないのです。今考えるべきは、アリスを救出することだけでよいのです。
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