第11話 離別記録「魔法使い000」

 地点023での作戦行動を終え、私達は隠れ家の1つへと帰ってきました。


「なんとか無事に帰ってこれたか……で、情報は?」

「はい。直接の居場所ではありませんが、手掛かりは手に入れました」


 結局アリスの情報はありませんでしたけれど、その足跡は手に入れることができました。彼女の情報はなくても、彼女を連れていったであろう魔導兵器の経路は発見することができました。

 もちろんまだ推測段階ですので、精査する時間が必要ですが、多少は進捗が見られるでしょう。アリスを助ける日もそう遠くはないはずです。


「そうか、それは良かった。それでなんだが」


 メキは私の報告に多少は喜んだ様子を見せましたけれど、少し歯切れがわるそうにしていました。まるで最初にあった時のようです。


「これはただの願いなんだが、あたしについて教えてくれないか?」


 そう彼女は言いました。

 私の思考回路ではそれの言葉の意味を上手にくみ取れませんでした。どういう意味か分からなかったのです。メキについて、私が知っていることは多くはありませんですし、彼女自身が知っていることばかりであったでしょうから。


「いや、魔法使いについて、と言った方がいいか。知っていることだけでいいんだ」

「魔法使いについてですか?」

「あぁ。魔法使いが造られた存在とは聞いたけれど、もう少し詳しく聞きたいんだ。多分、あたしは……魔法使い達は、魔法使いについて無知すぎる」


 その要望に私は答えます。

 情報の精査は重要でしたが、並列処理ができないほどではありません。


「では、現在の私が所持している魔法使いに関する情報を開示します。

 魔法使いは、魔力を操る人型生物です。魔法生物の一種であるとされ、現在の量産型魔法生物兵器の完成系であるとされています。

 特徴として魔法と呼ばれる魔力を他の事象へと変換可能な機能を持って生まれてきます。これは製造段階において付与されるのか、それともまったくの偶発なのかは不明ですが、完全に狙って付けれるものではないと推測されています。


 初めて魔法使いという存在が発見されたのは現在から12年前です。最初の魔法使いの数は少なかったですし、強力な魔法も見られませんでしたが、現在では主力兵器の1つとして運用されていると推測されています

 なお、単体での戦力には大きくばらつきがあります。弱い個体であれば、下位魔導兵器でも十分対応可能ですが、強い個体は上位魔導兵器数機相手でも対応できない可能性があります。


 魔法使いの問題点として推測されているのは、寿命の短さです。寿命の短さと人という生物の成長の遅さにより、まともに兵器として扱えないはずでした。しかし、現在の魔法使いはなんらかの方法によりその問題点を克服し、10年以上活動している個体も発見されています。


 以上が概要になります。

 さらに情報が必要ですか?」


 彼女は今は大丈夫だと答えました。

 しかし、疑問はあるとも言いました。


「魔法使いは寿命が短いはずだと言ったな。何年ぐらいなんだ?」

「これは28年前の魔法生物理論ですので、大きく差はあると思いますけれど、その頃は3年が限界であろうと言われていました。これは特段魔法生物としては短いというわけではありませんが、しかし人という生物には短すぎる年月です」


 3年しか生きられない理由は、魔力が与える負荷が肉体には重すぎることがあげられていました。けれど、メキが魔法を使っても、特段しんどそうにはしていません。上限がないわけではないようですが、どういう理由なのでしょうか。


「3年……そんな致命的なほどか?」

「そうでしょう。3年では、まだ小さく、思考力や運動能力も成長途中です。いくらなんでも戦場に出すのは難しいでしょう。少なくとも過去の人はそう判断したようです」

「え、いや。そんなわけないだろ? 人の成長は8週間でほぼ終わるし」


 そう彼女が言った時点で大きな齟齬が発生していると確信しました。

 なるべく正確な情報を求められている以上、それを修正しなくてはいけません。


「なにか、違うみたいだな」

「えぇ。個体差もありますが、人は成長までに15年ほどはかけます」

「そうか……いや、それなら……」


 その言葉に彼女は少し考え込みます。

 そして意を決したように、私に向き直ります。


「人の寿命は、何年ぐらいだ?」

「現在の医療技術ですと140年ほどです。赤子と呼ばれる状態から成長し、大人になり、老化と呼ばれる、肉体の劣化現象とともに寿命を迎え、死に向かいます」

「やっぱりか。あいつら、嘘をついてやがった」


 メキの語る嘘とは、魔法使い全体に言われた嘘でした。


 魔法使いは人と寿命は変わらない、そう言われていたのです。しかし、魔法使いの寿命が140年あると言われたわけではありません。人の寿命が30年程度だと言われたのです。

 また、魔法使いの成長は8週間で終わるそうです。その急速な成長こそが、兵器運用可能となった要因の一つであることは疑いようのない事実でしょう。

 思えば、人と魔法使いの子であるアリスの成長もかなり早かったです。年齢は知りませんでしたが、私が推測しているより幼かったのかもしれません。


「みんな、騙されてるんだ。親もいるって、両親から生まれたってみんな思ってる。両親のために戦ってるやつだっている……ほんとはただ戦うために造られたにすぎないのに。このままじゃ、使いつぶされるだけだ……」


 彼女は暗い顔をしていました。

 私にはどうするべきかわかりませんでした。

 アリスが暗い顔をすれば、抱きしめるのが良いと考えていましたけれど、メキにも同じ理論を適用するべきなのでしょうか。いえ、そうではないような気がします。


「……これは、推測でしかないですが、かの国での魔法使いの製造方法はわかりません。もしかしたら両親がいる可能性も」

「いや、それはないな。違和感はたくさんあったんだ。今までも。シイナの言った情報のほうが、しっくりくるぜ。裏はないが……」


 希望を持てるような推測を提言しましたけれど、彼女はそれをはねのけます。私もこの推測通りである可能性は低いと思いますが、簡単に希望を手放せるのは強いのでしょうか、それとも弱いのでしょうか。


「少し、眠る」


 そう言って彼女は横になりました。

 けれど、すぐには寝付けなかったようでした。今日の作戦で疲れているでしょうに、何か考えごとをしているようでした。

 そして次の日、彼女が起きてきて、私に別れを告げました。


「アリスを助けることに協力すると言った手前、悪いんだけどな。少しやりたいことができたんだ」

「それに私が言うことはないのですが、やはり昨日の話で?」


 私の疑問に、彼女は頷きます。


「昨日の話は、衝撃だった。いや、予感はあったよ。あったけど……戦うために生み出されたなんて、あんまり信じたくないだろ? 目を背けていたけれど、あんな向き合わないといけない時がきたんだ。

 あたし達に嘘をついて、危険なことばかりさせるやつらのために、戦うなんて……おかしい。納得できない。あたしだけじゃない。友達も、たくさん死んだ。家族のために死んだやつもいる。おかしいんだ。全部。

 だから、なんとかしたい。みんなに知らせたいんだ。このことを」


 それはまた魔法使いに会いに行くということで、くしくも最初の目的へと戻っていました。彼女は魔法使いの下へと戻るつもりなのです。最初と違うのは、戻っても居場所はなく、また戦うためではなく真実を告げるために戻るということでした。


「わかりました。私も手伝いたいですけれど」

「いや、わかってる。それは難しいだろ? それに流石に悪いぜ」


 難しいことはわかっていました。

 私はアリスを助けなくてはいけません。そしてメキは自らの道を行こうとしているのですから、それを止めることはできません。ここで私とメキの道は分かれてしまうのです。

 しかし、このままただ別れるというのも心配ですし、寂しいでしょう。


「そうですね。これを渡しておきます」

「これは?」

「それは、私への直通回線の通信機です。助けが必要な時はそれを起動してください。なるべくすぐに……遅くとも10日以内に向かいます」


 原理的には単純なものなので、一方通行かつ居場所を知らせるだけのものですけれど、何も渡さないよりはましでしょう。もしかしたら、それが起動するころには私は破壊されているかもしれませんけれど。


「10日以内にこなければ、破壊されたと考えてください」

「……わかったぜ。まぁその時はあたしが直してやるよ」


 彼女は、にやっと笑いました。

 冗談のつもりなのでしょう。なんだかそれは、私を友人と認めてくれたようで、嬉しいことです。ただの兵器である私が、人の友達になれるとは。


「それなら、あたしもなにか渡したいな。そうだ。これをあげるぜ」


 そう言って彼女は私の手を握り、魔力を流しました。

 それが何かの情報であることはわかりましたが、何かはわかりませんでした。


「これは私の魔法の術式だ。あたし以外に教えても使えるやつはいないが……シイナならできるかもしれないと思ってな」

「ありがとうございます。助かります」


 術式を渡されただけで、魔法を使えるかはわかりませんし、魔導兵器に魔法が使えるのかという問題もありますけれど、もしも使えれば大きな戦力になります。


「それじゃあ、元気でな」

「はい。メキもお気をつけて」

「また会おうぜ」

 

 そう言って、彼女は旅立ちました。

 どこへ行くのか、どこへ向かうのか私にはわかりません。

 そして、5日後、私も隠れ家を離れました。

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