第14話 会話記録「機械人000との遭遇後」

 自らをイリュミーヌと語った彼女が目を覚ましたのは、彼女が倒れてから数時間後のことでした。その間に、日陰になる場所を見つけ、そこに彼女を横たわらせました。そこが休息が可能な場所かと言われれば、疑問かもしれませんけれど、身を隠す場所にしては十分でしょう。


「あらためて、ありがとうと言っておくわ。私に魔力供給をしてくれたのはあなたなのでしょう? それにここまで連れてきてくれたのも」


 その言葉に頷きます。

 彼女は動きに尊大な印象を受けました。いえ、優雅であると言った方が良いのでしょうか。裕福な家庭で生まれ育ったような印象を受けます。


「本当に助かったわ。あそこにいたら、追手が来たでしょうから……いえ、そうね。お礼をしたいのだけれど……あいにくと今の私に渡せるものはないのよね。ごめんなさいね」

「いえ、それは不要です」

「そうなの? けれど、もらった魔力量はかなり多いわ。流石にこれだけしてもらって、何もしないなんてことは、我が家の……いえ、私の恥となってしまうのだけれど」


 そう言われても、礼を期待してしたことではありません。

 それに欲しいものも特にあるわけではありません。いえ、欲しいものはありますけれど、それを彼女が持っているとは考えにくいですし、持っていても渡さないでしょう。


「そうね。シイナ、だったかしら? こんなところにいたってことはなにかしらの目的があるのでしょう? それを言ってみなさい。それを手伝うわ」


 困ります。

 私の目的は、アリスを助けることですけれど、それを一般人に話したところで治安部隊に連絡するだけでしょうし、治安部隊に頼ったところでアリスは帰ってこないでしょう。

 かといってここで誤魔化すのも不自然でしょう。何も用のない人は、こんな町はずれの場所を歩いたりはしません。


「どうしたの? 私にかかれば、ちょっとやそっとの問題であれば解決できるわ。これでもお金はあるのよ。今はないですけれど、街に行けばすぐにでも」

「いえ、私に目的はありません。私は主人のもとへと向かっているだけです。礼であれば、主人へとお願いします」


 嘘をつくことにしました。

 いえ、完全に嘘というわけではないです。今の私の命令権限を保有しているのはアリスですし、主人はアリスということになるでしょう。そして、そのアリスのもとへと向かっているというのは全くの嘘というわけではありません。


「主人?」

「はい。私は魔導へ、魔導機械です。主人の命に従い、ここにいます」


 魔導兵器と言いそうになりました。

 流石に魔導兵器であることを明かしてしまうのは危険でしょう。それを明かしてしまえば、どうしてこんな場所に魔導兵器がいるのかという話になってしまいますから。


 魔導兵器の存在は、国民のほとんどが知っていますけれど、その姿を見たことがある人は少ないでしょう。それが機密性の低い魔導兵器である汎用型魔導兵器や魔導戦艦といったものであれば、軍事行進祭などで見たことのある人いるかもしれませんけれど、天使ほどではなくても多少隠されている物であれば、一般人がそれを見る機会はありません。

 ゆえ、私が魔導兵器であることを明かさなければ、頭上の天使の輪を見られても魔導兵器であるとばれる危険性は低いと考えられます。


「あ、そうだったのね。なるほど、頭の上の輪はそういうことだったのね。けれど、あなたに助けられたのは事実だわ。そうね……その主人に会いたいのだけれど、良いかしら」

「それは」


 良いか悪いかはわかりません。私の判断するところではありません。

 けれど、それは難しいでしょう。未だにアリスの位置は正確には特定されていませんし、仮に救助できたところで、イリュミーヌと出会う機会があるかはわかりません。

 機械人である彼女も、基本的にはただの本国の国民にすぎないのですから、どちらかと言えば私の敵となりえる存在です。であれば、アリスと会わせるというのは危険が大きい気がします。


 しかし、アリスと外部の接触を完全に断つというのはどうなのでしょうか。それは私の創造主であるベイルは、アリスを箱庭に閉じ込めようとしましたけれど、きっと彼女は外に飛び立とうとするでしょう。

 その時には、必ず誰かと関わることになるでしょう。それを止めることは私にはできません。それは私の使命に反します。


「まだ、判断しかねます。それでもよろしいでしょうか」


 悩んだ私が選んだ結論は、判断を先延ばしにするというものでした。

 イリュミーヌは私の答えに少し悲しそうにしましたけれど、すぐに持ち直したようで、すぐに言葉を紡ぎます。


「そうよね。まだ会ったばかりだもの。決めれないわよね……あ、そうだ。私ばかり話してしまったけれど、なにか聞きたいこととかあるかしら」


 聞きたいこと。

 今私の欲しい情報と言えば、アリスの居場所ですけれど、それを彼女が持っているとは思えませんし、持っていても明かさないであろうというのは、すでに推測しましたが、それでも彼女の情報は極力集めておくべきでしょう。

 

 私の存在を知られた以上、これから彼女がどう動くにしても、ある程度の情報を得ておくことは、これからの立ち回りを楽にするという点において重要です。もしかしたら、私の助けになることもあるかもしれませんし。


「どうして、倒れていたのですか?」


 聞くべきことはこれでしょう。

 倒れている場所は、お世辞にも街から近いとは言えません。そんな場所まで1人できた挙句、魔力切れで倒れているというのは不可思議な事です。また、その後の彼女の言葉からしても、誰かに追われているというのも気になります。何かに、かもしれませんが。


「そう、ね。恩人だもの。話さないわけにはいかないわよね」

「話したくないのであれば、それでもかまいませんが」

「いいえ。話すわ」


 イリュミーヌは少しの間、黙っていましたが、苦々しい顔をしながら口を開きました。私としてはそこまで無理をしてまで話して欲しいことでもなかったのですが、彼女は話すと決めたようでした。


「けれど、そうね。どこから話せばいいのかしら。

 結論から言ってしまえば、私は逃げていたのよ。家から。まぁ、簡単に言ってしまうと家出ね。単純でしょう?

 家出の理由を話すには少し長くなるのだけれど、良いかしら。そう。それなら最初から話させてもらうわね。


 最初の原因は……最初からかしら。本当に最初。私が生まれた時のことね。私には手足がなかったわ。まぁよくあることよね。そんな私に両親は魔導機を与えたの。機械人への改造手術ね。

 そして私は手足を手に入れたのよ。機械のだけれどね。大抵は再生医療で手足を治すけれど、それはしなかったわ。私の意思じゃなくて、お父様の意思だけれどね。


 お父様は、随分と機械にご執心なのよ。たしか全身機械化までしているわ。機械人ことが人の次なる進化の姿と言っていたわ。私はそうは思わないけれど。多分私が五体満足で生まれていても、機械化を行ったでしょうね。

 お母様はお父様ほど機会に執心しているわけではないから、止めてくれたでしょうけれど、最後には折れたでしょうね。お父様には逆らえないから。


 そう。私の家では、お父様が絶対なのよ。

 別に酷い父親というわけじゃなかったわ。仕事で家を空けることは多かったけれど、私達のためにお金を渋ることはなかったし、理不尽に怒ることも少なかったわ。


 私のこの身体も、お金がかかるのよ。

 再生医療なら、病院に行けば誰でも簡単に受けられるけれど、機械化は社会福祉の範囲外だから。医療ではないという判定なのだったかしら。

 けれど、お父様は簡単にお金を出してくれたわ。いえ、まぁ実際にその場面を見たわけではないからお母様に聴いた程度でしかないわ。けれど私がこうしているということはそういうことなんでしょうね。


 少し話がずれたわね。

 ともかく、お父様が家の長で、家の支配者なのよ。

 私もそれを受け入れていたわ。生まれた時からそうだったし、別に不都合があったわけではないもの。


 けれど、それはお父様が酷いことをしていない場合よ。お父様が酷いことをしたから、私は家を出たの。

 いえ、そういうことではないわ。私に酷いことをしたわけではないし、お母様や、家の者に酷いことをしたわけではないわ。どちらかといえば、大切にしていると言っていいのではないかしら。あまり家には帰ってこないけれど。


 そうね。ならどんなことをしたのか、それが問題よね。

 けれど、私もあまりわかっていない、というのが正直なところよ。でも、確かに酷いことをしているの。見知らぬ誰かに。お父様の仕事が何かは知らないけれど、きっとその関係なのでしょうね。見知らぬ誰かを傷つけたお金で私は暮らしていたのよ。

 私が知ったのはその一旦に過ぎないと思うけれど、その一旦だけでもまだ私と同じぐらいの人を集めて実験をしていたわ。詳しい目的や内容まで知れたらよかったのだけれど、それは無理だったのよね。


 けれど、一旦だけでも私は嫌だったわ。せめて何かしら説明が欲しかったのだけれど、お母様や家の者に聞いても答えてはくれなかったわ。だから、私は家を出たの。家を出て、お父様に会い、直接説明してもらおうと思ったよ。

 そして私は家から追われることになったのよ。捕まれば連れて帰られるでしょうね。そして、あまり足跡をつけたくなくて、魔力供給をさぼった結果か、あんなところで倒れていたってわけ。


 もちろん、お父様に会ったところで説明してくれるかはわからないし、説明を聞いたところで納得できるかはわからないけれど、それが私の目的よ」

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