第15話 探索記録「経路578」

 イリュミーヌは一息のうちに、自らの出自と目的を明かしました。

 覚えておくべきところは、彼女が父に会おうとしていることぐらいでしょうか。そのためにこの辺境まで来て、倒れてしまっていたという話ですから。


「何か質問はあるかしら」

「そうですね……父に会おうとしているという話でしたけれど、どこにいるのかはわかっているのですか?」

「第八十五魔導研究所よ」


 聞いたことのない場所です。

 私の記憶では、研究所は四十八番台ぐらいまでしかなかったはずですけれど、この4年の間に増設されたのでしょうか。


「それはこの辺りにあるのですか?」

「そうよ。地図で言えば、この辺りかしら」


 彼女は指先から、地面に地図を表示させ、第八十五魔導研究所の場所を示しました。その場所は、私が地点836と呼んでいる場所でした。


 私の取得した情報では、この場所の名称は第八十五魔導研究所ではなかったはずです。第三十八仮設魔法生物研究所であったはずです。

 イリュミーヌが嘘をついているのでしょうか。いえ、そのような様子は見られません。勘違いでしょうか。その説もありますが、名称変更という説が濃厚でしょう。


 私の得た情報はアリスが連れ込まれた時のものですから、もう4年以上前の情報になります。それ以降、情報が更新されたような様子は見えませんでした。

 小さな情報でしたし、更新の必要はないと考えられたのでしょう。故に、それ以降に地点836の名称が変更されていれば、彼女の言葉は嘘ではないということになります。


 しかし、その場合は私と同じ場所を目指しているということにもなります。それを伝えるべきでしょうか。


 アリスのことを明かすのは怖いですが、もしも彼女の情報を明かさない、もしくは嘘をつくのであれば、イリュミーヌとは別れることになるでしょう。その場合は彼女が地点836に先につくことになります。足の速さでは負けないでしょうが、私には偵察する時間が必要です。

 対してイリュミーヌは正面から入るつもりでしょう。それが成功するかはわかりませんが、それを許してしまえば、私という存在に会ったことが伝わる危険があります。


「もちろん、あなたの主人へのお礼が優先よ。ここに行くのは後でもいいわ。助けてもらった人に何もお礼をしないなんて、我慢ならないの」


 沈黙を保つ私に彼女がそう語りかけます。

 そうでした。元々彼女はアリスに会いたいと言っていたのでした。


 ならば。いえ、これは賭けの要素も大きいですが。


「イリュミーヌ。言っていませんでしたが、私の主人はいまだにどこにいるのかはわかっていないのです」

「え? けれど、ここには主人に会いにきたって」

「そうです。主人は数年前に連れ去られました。その先がこの第八十五魔導研究所である可能性があるのです。そのために、私はここにきたのです」


 多少ぼかしましたけれど、この情報を開示するのは賭けです。

 逆にいえば、ここまで開示したのであれば、イリュミーヌとは協力関係を築かなければなりません。幸いにして、ここまで開示すれば目的は一致するはずです。


「人攫いね。それは許せないわ。それもお父様のいる研究所でなんて。お父様のしている悪事とも関係あるかもしれないわ」


 正直なところ、それはわかりません。

 彼女の語る情報の信憑性の問題もありますし、彼女の情報は所詮、彼女から見た物でしかないのですから、お父様と呼ばれる人が本当に酷いことをしているのかはわかりませんし、アリスと関連しているかもわかりません。


 けれど、それを私は言いません。

 私はあまり嘘はつきたくありませんけれど、真実を隠すことに抵抗感はないのです。私の元々設計上、そういう思考になりやすいのです。


「そうね。なら、一緒に行くというのはどうかしら。お父様がいるとはいえ、私もそう簡単に入れるかはわからないけれど、交渉には自信があるわ。そうね……私のお付きの魔導機械とでも言えば入れると思うのだけれど、どうかしら?」


 彼女の言葉に頷きます。

 狙い通りです。


 これでイリュミーヌと目的を共有できました。

 最終目標がアリスなのかお父様なのかという違いはあれど、地点836を目指すという目的は同じです。


「助かります。私1人ではどう入ろうかと考えていたところですから」

「いいのよ。私がお礼をしたくてやっていることだし、それに主人さんにも会いたいわ。そういえば、なんて名前なのかしら」


 ふと気づいたように、彼女が問います。

 一瞬悩みましたけれど、名は明かすことにしました。アリスという名前を明かすのは危険性が高いですが、ここまでくればもう同じでしょう。なるべく私が天使であることなどは隠したいですけれど。


「主人の名は、アリスと言います。あなたと同じくらいの歳であるはずです」


 魔法使いと人の子であるアリスの成長速度は、普通の人よりも大幅に早いため、実際の年齢はイリュミーヌよりは大きく下回ると考えられますが、見た目で言えば同じぐらいでしょう。


 これはアリスが4年前から大きく成長していないという推測でもあります。

 メキから得た情報によれば、魔法使いの成長は生後2週間程度で成体へと成長し、それ以降の成長が止まるということですから、アリスも同じだと推測していますが、この推測が真実かどうかは彼女に会ってみなくてはわかりません。


「さて、そうと決まれば、早く行くわよ。追手は撒いただろうけれど、ずっとこんな場所にいたら見つかってしまうかもしれないわ」

「身体はもう大丈夫なのですか」

「えぇ。私の身体は機械だもの。魔力さえあれば、疲労とは無縁ね」


 いえ、それでも脳機能や肉体の一部は生身のままですし、疲労がたまることもあると思いましたけれど、この小さな日陰を出立するのはイリュミーヌの中ではすでに決まったことのようで、ずんずんと進んでいってしまいました。


 呼び止めるべきかと考えましたけれど、私も歩みを進めるということに関しては同意ですし、止めなくてもいいでしょう。それにこれ以上、彼女と話していると、ぼろがでかねません。


 そこから5日で地点836付近まで到着しました。

 元の残り3日で着くという予定よりも少し遅れましたが、人を連れていると考えれば想定よりも早いでしょう。イリュミーヌが機械人でなければ、こうはいかなかったでしょう。


 この5日の間に、イリュミーヌの追手と思われる者は一度も来ませんでした。

 いえ、正確には来ていないと考えれられます。私は追手がどのような存在か知らないわけですから、せいぜい周囲に人や魔導機械が在るかどうか程度しかわかりませんし、それも完全というわけではありません。

 彼女に追手とはどのような者なのかとも聞いてみましたけれど、今はわからないと語っていました。けれど、様々な手段を講じているだろうから、同じところにいるのは危険だと予測していました。


 他にも彼女は私が魔導機械であることに疑問を持っているようでした。いえ、疑っているわけではないようでしたけれど、こんなにも人に似ている魔導機械は見たことがないと言っていました。

 私も天使の他に、ここまで人に似せた魔導機械はしりません。けれど、そう正直に言うわけにもいきませんから、特別に造られたものであるとだけ答えました。


「今はその答えで納得しておくわ」


 私の答えに彼女はそう答えました。

 私もこれ以上答える気はなかったので、問い詰められなかったのは助かりましたけれど、隠し事をするというのは少し気が引けることでした。


 ともかく、私達は地点836、いえイリュミーヌに合わせるのであれば第八十五魔導研究所に到着したのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る