第4話 邂逅記録「魔法使い001」
「これが概要です。私の身に起きた全てです」
そう語ります。隣の人に向かって。
隣で寝ころぶ彼女に向って。まだ名も知らぬ彼女に向かって。
「ふーん。大変だったんだな。でもそれだと、えっと、シイナだっけ? シイナはどうしてこんなところにいるんだ? 死んでしまったような終わり方だったろ?」
「恐らくですが、私を襲った2人は私を壊さなかったのでしょう。そして私は4年の時を経て、目覚めました。私には、自己回復機能がありますから」
2人ではなく2機の天使ですし、自己回復機能ではなく自己修復機能ですけれど、そこまで話すことはできません。天使の存在自体が機密の塊のようなもので不用意に外部に漏らすことはできません。こうして見られるのも危ないのですけれど。
それに、彼女は魔法使いです。それは体内に秘める魔力を見ればわかります。一応、魔法使いというのは敵にあたる可能性が高いのですし、私の正体は隠しておくのが無難でしょう。
「ま、何にせよ生きててよかったな。命あってこそだから」
私もまた目が覚めるとは思ってはいませんでした。私はあそこで終わったものだと思いましたから。けれど、わからないことを考えていても仕方ありません。それよりもすべきことがあります。
目を覚ましてから、最初に何をするべきかは決まっていました。
アリスの救出です。けれど、情報がなさ過ぎました。
私の最後は草木のある場所だったはずですけれど、一面殺風景に変わっていましたし、研究所の影も形もありませんでした。
半停止状態だった間の期間は4年程度で、座標はそこまで変わっていないようでしたけれど、状況が何もわかりませんでした。一体何があったのでしょう。
そうして途方に暮れていた私の前に彼女が現れたのです。
「そこの小さな嬢ちゃん! こんなとこでなにしてんだ?」
聞けば彼女は、現在の状況について知っている限り教えると言いました。
「けれど、ただにっていうわけにはいかない。おおっと、お金を取ろうってわけじゃないぜ。少し話をしてほしいのさ。ずばり、どうしてここにいるのかって話を。つまり自己紹介だね」
そうして私は話し始めました。
要点しか話しませんでしたし、隠さないといけない部分は隠しましたが、それなりの長さとなってしまい、砂漠はすっかりと夜になってしまいました。
灯りには困りませんけれど、外気温はかなりの寒さです。彼女は大丈夫なのでしょうか。特に寒そうにはしていませんけれど。時折動く魔力が関係しているのでしょうか。
「それで、どういう状況なのですか?」
「状況、と一口に言っても色々あるけど、そうだな……あたしが知っているのは……」
そうして話された情報に目新しいものは特にはありませんでした。この4年の間に起きたことは、4年前の未来予測からそう大きく外れるものではないようでした。
未だに私がいた国と、隣国は戦争を続け、互いに兵器の開発をしているようです。彼女は、そこまで詳しく戦況について知っているわけではありませんでしたし、世界情勢に詳しいわけでもありませんでしたが、未だに戦争が続いていることだけはわかりました。
もう30年以上も続いた戦争が、そんな簡単には終わらないということでしょう。
「まぁ、こんなとこか。ていうか、ずばり聞いちまうんだけどよ。あんた、魔導兵器だろ?」
魔導兵器。私がそうであると言ったのです。人ではなく。
彼女は私が敵であることに気づいていると言ったのです。
「そういうあなたは、魔法使い、ですよね?」
「まぁ、そうだな。おっと、そんな警戒しないでくれ。この何もない荒野でやっと会えた仲間なんだからさ」
仲間。そういう見方もあるのでしょうか。
魔法使いは魔導兵器と戦うために作られた生態兵器です。そんな彼女が私に仲間だというのは不思議な感じです。
「あんたも別にあたしを殺す気、じゃないよな? それだと困るんだが」
「そういう気はありません。命令にありませんので。私の現在の目標はアリスの救出だけです」
「そりゃよかった。それで、そのー。あー、いや」
そう言うと、彼女はもじもじとし始めます。
何かを悩んでいるようでした。アリスも、こういった行動をしていました。大抵、何か言いづらいことがある時でした。言っていいのかと悩んでいる時でした。
けれど、最終的には言うことにしたようで、私に向き直ります。
「その、実はあたし、はぐれたんだ」
はぐれた?
「そう。はぐれた。部隊から。軍から。群とも言っていい。あたしの所属する場所から、はぐれた。もう10日以上前のことになるけれど、いつものように私達は戦っていたんだ。魔導兵器たちと。
けれど、いつものように順調にはいかなくて、泥沼の混戦になった。あたしは必死に戦ったけれど、あまり意味はなくて、はぐれた。というか、置いていかれたと言った方がいいか。ただ、それだけ」
それだけだけど、致命的だった。
そう彼女は語りました。
魔法使いは普通の人間ほど脆くはありませんけれど、天使のように自己修復機能があるわけではありません。時期に食料尽きれば死んでしまうでしょう。
「だから、帰りたいんだ。あたし。でも、あたし独りじゃきっとむりだ。この辺りには魔導兵器が多いし、道もわからない。生き残ることも……たぶんできない」
まだ具体的な勢力図はわかりませんけれど、私が眠りにつく4年前と同じなら、ここから隣国の領土まではそれなりの距離があります。魔法使い独りが何の装備もなしには踏破できない距離があります。
今のところ、近くに魔導兵器の反応はありませんけれど、いつ現れるかもわかりません。そんな危険な場所では移動どころか、生存さえ怪しいでしょう。
「だから、手伝ってくれないか? その、アリスを救出するついででいいんだ。あたしも、アリスを探すのを手伝うから、あたしが生き残るのを助けて欲しい」
彼女はそう懇願しました。
私という存在を、魔法使いの敵である魔導兵器である私を頼らなくてはいけないほど、彼女は追い詰められていました。
私は悩みます。
彼女の願いを聞くべきでしょうか。願いを叶えようとするべきでしょうか。わかりません。あまり自分の判断というものをしたことがありません。いえ、そのような機能は元々実装されていないのです。
完全に命令がなければ待機状態になるか、過去の命令の遂行をすることになります。アリスを助けるというのは過去の命令になるのでしょうけれど、すぐに実行できることではありません。
多分、すでに私は暴走状態になっているのでしょう。いわゆる自由意思というものに近いものを獲得しています。アリスを助けることの優先順位を私の中で設定可能になっています。
本来なら、すべてを投げ出して自らを省みることなく、打算や勝算なしに救出への行動をすべきなのでしょうけれど、今の私にはそれをしないという選択肢がありました。
「やっぱり、無理か?」
「検討中です」
現在の天使の輪の修復率は2割。使用可能武装は1割にも満ちません。こんな状態では、他の天使には確実に勝てないでしょう。そんな状況で、アリスを助けることは可能なのでしょうか。
天使以外が相手なら、可能でしょう。うまく天使を躱せれば、可能でしょう。しかし、弱体化しているのは事実です。
「アリスを探すのを手伝ってくれると言いましたね」
「あ、あぁ。助けてくれるなら、それぐらいは安いもんだ」
「ならば、助けましょう。私のできることに限りますけれど……」
そう、答えました。
彼女を助ける手間と、彼女の助けを天秤にかけた……と言えば聞こえはいいですけれど、それは後付けの理論にすぎない気もします。
私は、助けたかったのです。
私は魔導兵器ですけれど、私は人を助けるために存在しています。
人を助けて欲しい。
私の最初の主、創造主はそう言いました。
あの言葉の影響でしょうか。その可能性は非常に高いでしょう。
それが私の意思に、放棄された意思の方向性を決めました。私は、それを選んだのです。人を助けるという道を。
そして、それが私という何物にも定義されない存在証明になると、考えたのです。
だから、彼女にも手を貸したいと思いました。
「えっと、名前はまだだったよな。あたしの名前はメキだ。よろしく」
「よろしくお願いします。お互い助け合っていきましょう」
それがメキとの出会いでした。
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