第3話 戦闘記録「天使001、天使002」

 それは、いえ彼女は天使でした。頭の上に浮かぶ輪がそれを物語っています。今、この場所に来る天使など、考えるまでもありません。

 敵です。研究所を、私たちの家を焼いた天使が追ってきたのです。 


 彼女が何かを話し始めようとする前に、高密度魔力砲を最大出力で放ちます。後ろにいるシイナへの影響を考え、強力な指向性を持たせた一撃は、直撃したかに見えました。余波で草木は焼け、雨は凍り、空気中に電気が走ります。


 けれど明らかに影響が弱いです。発射自体は正常だったのですから原因はひとつです。標的が攻撃を中和したのです。


「いきなりとは感動的だな。オレの話を聞こうとは思わないわけ?」


 魔力障壁の類いでしょうか。いえ、違います。きっとあれは、あえて魔力的空白を作り出すことで霧散させたのです。私には搭載されていない武装です。戦闘特化の天使でしょうか。


 ほぼ全ての天使が(私以外の全てですけれど)何かしらに特化しているのは知っています。恐らく彼女もそうなのでしょう。けれど、それが何なのかはわかりません。その情報は極秘ですから一介の兵器でしかない私にその情報は入ってきません。


 何に特化しているのか、それがわかれば勝機は大きくこちらに傾くでしょう。けれどそれを分析している暇はありません。どこに伏兵がいるかわからない以上、一刻も早く目の前の障害を取り除かなくては行けません。


「し、シイナ……」


 アリスも怯えています。当然です。彼女の安全を脅かす存在が目の前に来たのですから。


 大丈夫です。あなたは私が守ります。

 そうは言ってみますけれど、それができるかはわかりませんでした。いえ、難しいでしょう。

 わざわざ正面から現れたということは相手は戦闘型の天使であることは間違いないです。それに対して私は未だ余剰範囲を残した、言うなれば未完成の天使です。さらにはなるべく早く倒さなくては、逃げる時間もありません。


「良い言葉だね。感動的だよ。でも、悪いけれど、それは置いていってもらう。それを回収するのがオレの仕事だからな」


「ねぇ! あれ!」


 シイナが叫びます。彼女の指す方向には黒い影がありました。天使の裏から現れようとしているそれが汎用魔導兵器であることはすぐにわかりました。それも数十機の。どのくらいの位なのかはわかりませんが、全て上位であると見積もるべきでしょう。脅威というほどではありませんけれど、天使の相手をしながら対応できるほど楽な相手でもありません。特にアリスを守りながらでは。



「接続」


 なりふり構ってる場合ではありません。なるべく使いたくはなかったですし、正常に動くかもわからないですけれど、私は魔力接続を開始します。


 相手の特化してる部分がわからない以上、こちらが勝っていると思われる部分で戦うしかありません。そしてそれは一つしかないでしょう。勝っている部分、それは場所です。この場所は私の創造主がいつ来るかもわからない敵に備えて隠れていた場所です。私もその敵への備えの一つです。

 だから私はこの周囲一体にある迎撃機構へと接続することができます。まだ試作段階ですが、それでも即時に展開される魔力領域により周囲の魔力は私の掌の上です。


 これができるのは私に存在する余剰範囲、空白のおかげです。しかしこれをしてしまえばどうなるかはわかりません。まだ試験は2回しか行っておらず、どちらもうまくいっていません。


 この接続がいつまで正常に持つかもわかりません。元々短期決戦の予定でしたけれど、さらに予定を繰り上げます。


 重力操作機構起動。魔力を介して、敵のいる部分の魔力を変質させます。その瞬間、迫っていた魔導兵器の全てが押し潰されます。魔導兵器程度の出力では抵抗の余地はありません。


「重力か」


 けれど、天使に対してはそう簡単にいきません。かと言って効果がないわけでもないでしょう。自重で潰れる様子はないですが、確実に動きは遅くなるはずです。


 ここで畳み掛けます。

 地中に埋まる迎撃機構から無数の誘導飛翔体を発射しつつ距離を詰めます。こんなもので倒せるとは思ってはいません。確実に天使の装甲を粉砕するのならばなるべく至近距離で、最大出力の一撃を叩き込む必要があります。


 案の定、女型天使は軽く手を変形し拡散光線を発射し、誘導飛翔体はその全てを叩き割られますが、それは構いません。元々天使にあんなものは通用しないでしょう。狙いは別にあります。


「煙?」


 煙幕です。さっきまでの飛翔体は煙幕弾でもあります。これで私がどこから攻撃してくるのかはわからないでしょう。普段なら、光学観測を封じたところであまり意味はないですけれど、この雨だからこそ意味があることです。この測定装置が妨害される雨の中なら。


 それでも私を見失うのは一瞬でしょう。すぐに私を捕捉しなおすはずです。けれどその一瞬で十分です。その一瞬を見逃すほど、優しくはありません。右腕全体を変形させ発射体制に入ります。


「そこか」


 至近距離で高密度魔力砲を放ちます。打つ直前に気取られましたけれど、まともな防御はできないでしょう。せいぜい即席の魔力障壁を展開する程度しかできないはずです。


 けれどその程度の魔力障壁でも確実に威力減衰が起きます。それがあれば、この距離でも一撃で仕留めることは難しいでしょう。

 展開されればですが。


「何!?」


 彼女の目が見開きます。展開しようとした魔力障壁が不発になったことが、驚きだったのでしょう。

 この周囲の魔力に対する優位性はすでに確保しています。天使内での魔力操作はともかく、魔力を外部出力する兵装は全て無効化できると同じです。こんなものは普段の状況ならすぐに気づかれたでしょうけれど、今は観測装置がほぼ無効化されています。そのおかげでこの奇襲を決めることができました。


 今度は確実に撃ち抜きました。高密度魔力砲が地を貫き、近くの山を削り取ります。余波で様々な影響が周囲に現れ始めるのを眺めながら、倒したと思いました。戦闘不能には追い込んだと思いました。

 けれど、硝煙が晴れた時、その影はいまだに立っていました。


「か、んどう的だな。やる、じゃな、いか」


 まだ倒してはいなかったのです。けれど、その姿はぼろぼろでした。人を模している部分が剥がれ落ち、全身の至る所に装甲が漏出しています。装甲がはがれ、内部機構が見えている場所もあります。

 攻撃を加えることには成功しました。着実に相手を削ってはいるのです。でも、倒しきれませんでした。想定より数倍硬い。そういう型の天使なのでしょうか。


 いえ、それよりも先に追撃を加え、破壊しなくては。

 そう思った瞬間に、接続が切れます。まだ試作段階で会った防衛機構との接続機能を無理やり使った反動が来たのです。基本的な動作に支障はありませんけれど、再接続はやめておくのが無難でしょう。


 私は悩みました。これだけ損耗を与えれば、恐らく彼女はもう追っては来れないでしょう。けれど、ここで倒しておいた方がいいかもしれません。倒しておけば、破壊しておけば、もっと私達は身を隠せる時間を稼げるかもしれませんから。でも、倒すのに時間がかかるかもしれません。防衛機構との接続がなければ、私の性能は他の天使に大きく劣るというのは事実ではあるのですから。


 そう悩みました。一瞬でしたけれど、悩んでしまったのです。


「シイナ!」


 アリスが私を呼ぶ声が聞こえました。

 けれど、私はそれどころではありませんでした。私の処理機構が警告信号を、いえ危険信号を至る所から受け取っています。


 魔力不足。魔力不足です。

 何が起きたのかはわかりませんでした。けれど、とっさに私のするべきことをします。


 音以外の観測装置への魔力供給を停止。身体機能への魔力供給停止。またその両方を緊急停止。原因究明機構を緊急停止。情報処理機構への魔力集中。


 敵を、見つけなければ。

 私の魔力がこうも急に極端に減るわけがありません。確実に攻撃を受けました。誰かがいるのです。

 対象を探さなくては。


 私がとっさに残した観測機能は耳でした。目よりは耳が良いと考えました。身体機能を捨てた以上、動かさなくても周囲を認識できる耳の方が良いと。


「余計なま、ねを」


 さっきの天使の声です。これではありません。

 私が見つけるべき音は。


「余計な真似? ボクがこなければ負けていただろ? あんた」


 これです。この声でしょう。

 私を襲った相手は。確実にアリスの敵です。


 残存魔力をすべて投入します。

 もう私の魔力はありません。これでなんとかしなくては。

 

「おい。無駄な抵抗はよせよ」


 足止めのための重力操作をしようとしました。けれど、それは不発に終わります。

 発動しなかったのです。


「別にお前を壊すつもりはないんだ。ボクの命じられたことはこれをもって帰ることだけなんだからな。他のことをする気はないんだ」


 何故かはわかりません。それを判断するには観測機が足りません。もうそれを動かす魔力もありません。もう私にはなにもできません。


「やめて……! し、シイナ!」


 それでも私はアリスを守らなくてはいけません。

 魔力が足らないのなら。私を動かす魔力が足らないのなら、外から持ってくるしかありません。


「接続」


 二度目の、さっきぶりに防衛機構と接続を開始します。

 無数の警告が出現しますけれど、すべて無視します。今は大量に存在する私への危険を考えている場合ではありません。今、考えるべきことはアリスのことだけです。


「おまえ……そのまま寝ておけばよかったものを」


 防衛機構から魔力を吸収します。身体の端々から嫌な音がします。

 それでも普段の出力には満たないですが、それでも動くことはできます。


 光観測の再開とともに、敵の正体を知ります。

 それは天使でした。少年型の天使でした。二機目の天使でした。


 放出系の兵装は使えません。これ以上体外に魔力を出すことはできません。ならば、原始的な方法で戦う他ないでしょう。いえ、戦わなくても問題はないはずです。私のするべきことは、アリスを守ることなのですから。


「よく立ち上がるな。すでに輪はないというのに」


 そうです。もう私に輪はありません。正確には自己修復中です。さっき破壊されたのでしょう。そしてそれが魔力切れの原因でもあります。

 天使の輪はそう簡単に破壊されません。それこそ相当近づかれない限りは。


 今分析をすれば、天使の輪は直接触れられて壊されています。つまり直接触れられるような距離に近づかれるまで、私は気づけなかったということになります。きっとそれが彼の特化機能なのでしょう。


「アリス。今、助けます」


「面倒くさいな」


 言葉と共に彼の姿が消えます。普段は姿を消したぐらいで敵を見失うことはありません。けれど今は、雨が降っています。本来は音や魔力や風の流れを読めばどこにいるのかぐらいわかるのですけれど、それを雨がかき消します。

 この雨もさっき戦った彼女のものかと思っていましたけれど、おそらく彼のものでしょう。これがあの天使の力。隠密特化天使といったところでしょうか。


 彼の居場所はわかりません。けれど、この周囲にはいます。それは確実なはずです。私達を逃さないようにこの周囲にいるはずです。放出系の兵装を使うほどの魔力的余裕がない以上、私のするべきことは逃走です。


 けれど、それを許してくれるのでしょうか。


「シイナ……」


 ひとまずアリスの下へと戻ろうと思いました。

 けれど、それと同時に私の身体が切り刻まれます。支障が出るほどの攻撃ではありませんけれど、無視できるほどのものではありません。牽制のようなものでしょう。

 攻撃するために近づいてきているのはわかります。魔力的な変化が見られませんから、外部干渉する放出系の兵装で攻撃されているわけではないのです。恐らくそういった兵装を積んでいないのでしょう。


 けれど、どこにいるかわかりません。

 今の私の状況では彼を見つけることは難しいです。


 強引にでも行くしかないでしょう。

 倒すことができないのであれば、アリスと一緒にこの戦域から逃亡するしかありません。逃げることができるのかは賭けですけれど、倒すよりははるかに成功率が高いでしょう。


 身体への負荷を無視し、出力を上げ、一気に加速し、アリスの下へと行きます。

 代償として、左足の一部の出力機構が損傷しましたけれど、そんなことはどうでもよいことです。


「し、シイナ……大丈夫、なの?」


 それに応えられるほど、余裕はありません。

 即時、アリスを抱きかかえ、撤退をしようと飛び上がります。けれど、それだけで簡単に逃してくれる相手ではありません。


「逃がすわけないでしょ」


 空中で急に表れた魔力反応に対して、私はかろうじて魔力障壁を張ることしかできませんでした。元々、放出系機構を使うことはほぼ諦めていましたけれど、なけなしの魔力をかき集めて、障壁を展開しました。


 展開した障壁のおかげで、少年型天使の攻撃を受けることには成功しましたけれど、また一部機構が壊れたことを知ります。またしても現れる警告を無視し、再度加速し、戦域から距離を取ります。


「に、逃げきれた……?」


 魔力障壁と二度の加速で、もうほぼ魔力はありません。この量ではアリスを守り切ることはできないでしょう。この状況で、アリスを助ける一番確率の高い方法は、私が囮となり、アリスが1人で逃げることでしょう。


「だめだよ! 私、シイナと一緒じゃないと……!」


 私の作戦を伝えても、アリスは動いてくれません。

 今にも彼らが追ってきているというのに。


「さっき約束したでしょ……? 生きていてくれるんじゃないの……?」


 生きていく。破壊されずに。私が。

 その選択肢を、いえ、その命令をアリスから受け取った時、私は何かがおかしいと思いました。今に思えば、この時点で私の命令権は創造主であるベイルからアリスへと移っていたのです。

 そして、私の身体はその命令を遂行しようとします。


 生きるための行動をしようとします。

 けれど、それはアリスを守りたい私とは別の思考でした。


「シイナ……?」


 その相反する二つの演算の矛盾を前に私は完全に足を止めてしまいました。ほんの一瞬のことでしたけれど、周囲への警戒も、様々な予想もすべて投げ捨てて、その問題への解決に演算領域が使われました。


 けれど、それが解決する前に、私の腹を魔力砲が貫通します。

 それはさっき戦った女型天使のものでした。すでに修復を終え、射撃体勢に入っていたことに気が付きませんでした。

 いえ、それでも本来なら攻撃されれば魔力反応で気づけたはずです。けれど、この時の私には気づけませんでした。


 瞬時に距離を取ろうとしますけれど、私の首筋に刃物が突き刺さります。

 すでに近づかれていたのです。少年型天使によって、私の機能はほぼ完全に破壊されました。


「シイナ! しいな、シイナ! ねぇ、ねぇってば!」


 泣き声が聞こえます。

 本当に悪いと思いました。

 アリスを守ると命令を受けました。

 生きて欲しいと命令を受けました。

 私はどちらも果たせません。


 演算をしても、どれだけ演算をしても、手詰まりです。攻撃をまともに喰らいました。魔力がどんどん抜けていきます。接続も切れました。

 私にはもう手札がありません。アリスを守れる、助けることのできる手札がありません。


「おい。行くぞ」


「シイナぁ……! また、また私の……私のせいで……!」


 違います。アリスのせいではありません。

 本当にごめんなさい。アリス。

 これは私のせいです。私は使命を果たせませんでした。

 人を守るという使命を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る