第8話 戦闘記録「竜000、魔法生物制御部隊」
「起きたか! 身体は大丈夫か?」
メキは目覚めた私をみて、そう問いました。
大丈夫そうですと答えると、ほっとしたような顔をしていました。
正確には基本機能の中で稼働しているのは7割弱ですし、その中でも異常な動きも見られます。まぁ、この程度の問題は、アリスと暮らしているころからありましたし、おそらく大丈夫でしょう。
それにこの異常な動きは、自己進化機能による変異でしょう。悪いものではないはずです。たしかに、私の中の空き容量は減っていますけれど、それが弱体化につながるわけでないでしょうし。
多少気になる点と言えば、防衛戦用研究所防衛機構接続機能は容量の問題からほぼつかえないものになった程度でしょうか。もうすでに防衛機構は破壊され、存在しないのですから、問題にはなりえませんが。
「もう15日も目を覚まさなかったからな。生きているのはわかっていたけどよ、心配したぜ」
メキはそう言いました。
すでにあれから15日が経過していると言いました。
まだ戦場はあるでしょうか。あれからどのようになったのでしょうか。
「良かったのですか? 行かなくて。帰ることが目的のはずでしょう」
彼女にそう問いかけると、少し言いずらそうに彼女は理由を語りました。いえ、多分これは恥ずかしそうに、というやつでしょう。
「まぁ、そうだけどな。シイナは命の恩人、だからな。流石に倒れたのに置いておくなんてできないぜ……なんてかっこいいこと言えればよかったんだろうけどな。それだけじゃなくて、怖くなったんだ。1人で魔導兵器達の前にでるのがな」
たしかに彼女1人では危険でしょう。魔法を使えば、そこら中に張り巡らされた観測機に見つかるでしょうし、かといって魔法を使わずに魔導兵器の大群を乗り越え、本陣に到達するのはほぼ不可能でしょう。
多少人数がいるならともかく、1人でその道をいくのはほぼ自殺行為に等しいのかもしれません。
「なるほど。今からでも行きますか?」
「いや、もう遅いだろうな。強力な魔力反応が少し前にでた。多分あれは、竜だ」
竜。
それは敵国の生み出した魔法生物の一種です。
分類上では魔法生物である魔法使いと変わらないですけれど、内包魔力量と魔力出力には大きな差があります。敵国の中で、最も強力な魔法生物であると聞いています。
その強さには個体差があるようですけれど、一番弱い個体でも魔導戦艦よりは強いとの分析結果を、4年前に取得しています。今ではもっと高性能な竜も登場しているでしょう。
もしかしたら天使の敵となるほどの性能を手に入れている可能性もあります。
「竜がでれば、その戦闘は終わりだ。勝つにしても負けるにしても、な。竜がこっちの切り札だからな。それで制圧できれば勝ちだし、できなければ負けだ。だからこそ、竜を使うのには慎重になる」
「つまり、すでに勝敗は決していると?」
「あぁ。もう撤退戦に移行しているか、制圧に乗り出しているころだろう」
たしかに、4年前時点での戦闘記録でも竜とまともに交戦したという記録はほとんどありませんでした。竜が出てきた場合、一方的にやられたという記録がほとんどでした。もちろん、私が接続し閲覧可能であった戦闘記録に限ればですけれど。
しかし、こんなにも早く決着がつくとは。
もう少し長引くかと思いましたけれど、随分と焦っていたのでしょうか。それとも、本国の戦力が少なかったのでしょうか。まぁ、たった一度の戦いの勝利や敗北にどこまでの意味があるかはわかりませんが。
「竜がでた、ということは大方、魔法使い側の勝利なのですよね」
「まぁ、その可能性が高いな。けど、絶対じゃないぞ」
「もしも制圧に乗り出しているのであれば、助けてもらえるのではありませんか?」
「たしかに。考えもしなかったが……その通りだ。どうして思いつかなかったんだろう」
そうと決まれば、早速外に出ようと、入口へと向かいます。
そこで、少し違和感を覚えました。
制圧。もしも戦いに勝てば、その場所を制圧し、全体の戦線を押し上げるはずです。防衛戦であれば少し話は別なのでしょうけれど、この戦争はそうではないはずです。
けれど、制圧はされていなかった。
「制圧、されていないかもしれません」
「……あたしたちが負けたかもってことか?」
彼女は少し不機嫌そうな顔になりました。
魔法使いの部隊の下には、友人や知り合いがいるのでしょうし、彼らが敗北した可能性を示したのはあまり良いものではなかったかもしれません。私にそんな意図はないのですけれど。
「いえ、そういうわけではありません。この場所をどちらもとる気がないのではないかということです」
私が目覚め、メキと出会い、この場所に到達するまで、あの場所はどちらの物でもありませんでした。多少の魔導兵器はいましたが、あれは占拠するためではなく、偵察の意図が強かったように思います。
けれど、あの時も戦いは終わった後であったはずです。彼女が戦場からはぐれて、10日後であったのですから、何かしらの戦闘の終わりではあったはずです。
けれど、そうはなっていなかった。
「……ここが戦場になった理由はわかりますか?」
「いや、それはわからない。あたしたち、魔法使いにはそんな情報は降りてこないんだ」
何があったのでしょう。いえ、なにかがあるのかもしれません。
お互い戦いに勝っても、この場所を取りに来ないということは、私の情報にはない何かがあるのです。お互い、自分のものにはしないけれど、相手にはとられたくないものがあるのでしょう。
問題は、それが何かということですが……
「どうしたんだよ。何を考えてんだ?」
「いえ、すみません。きっと、関係のないことでしょう。そうですね。一度、外に出てみましょう。見ればわかることです」
この場所にある何か、それを知っておいたほうがいい可能性はありますけれど、それよりも先に現状を知るべきでしょう。
「地形、変わったな」
外に出て、彼女は最初にそう呟きました。
竜と魔導戦艦の戦いがどうなったかはわかりませんけれど、なにかすさまじいことがあったのでしょう。周囲の地形がそれを物語っています。大地はえぐれ、川は蒸発し、木々は吹き飛んでいました。
こんなことがこの4年間に何度もあったのでしょう。どおりで私のなかにある記憶と情報が一致しないわけです。
「あ、あれ。竜だ」
彼女が指さした先には、6脚に2対の翼を携えた竜がいました。まだまだ遠くにいますけれど、この距離でも薄っすらと魔力を感じます。推定出力は魔導戦艦の4倍程度でしょうか。
ここまで強力な竜は、私の記憶には存在しません。新種でしょうか。
「制圧、したようですね」
私の推測は外れてしまいました。
いえ、外れて良かったでしょう。ここら一体が敵国によって取られたのであれば、メキはこのまま帰ることができるでしょうから。
竜の下には、魔法生物が跋扈しています。
それは明確に敵国の、メキにとっては本国の者達でした。
「良かったですね。帰れますよ」
「そう、だな。けど……いいのかよ。あたし、まだシイナに何も返せてないぜ」
「気にしないでください。助けることが、私の在り方ですから」
そうは言ったものの、メキはあまり納得していないようで、言葉を探しているようでした。私にそんなに恩を感じているのでしょうか。そんなもの感じなくていいのですけれど。
「本当は私もできる限りついていきたいのですが、魔導兵器である私が近づくのはまずいでしょうから、ここで別れましょう」
「あたし、忘れないよ。シイナのこと。助けが必要なら言ってくれ。できることなら、やるからよ。できることしかできないけどな」
「ありがとうございます。それでは」
メキは未だ何かを言いたそうにしていましたけれど、私が手を振ると、ゆっくりと歩き出しました。彼女を見送りながら、一応周囲に警戒の目を巡らせます。魔導兵器の反応はなし。問題ないでしょう。
その時、遠方の魔力反応が急激に増大したことを感知しました。
ほぼ同時に、熱線が私へと降り注ぎました。
咄嗟に魔力障壁を展開し、守ります。私と、メキのことを。
熱線は私を中心に、大規模な範囲を焼き尽くしました。まだ私の近くにいたメキも効果範囲内でした。仲間であるはずの魔法使いすらも巻き込んで、竜は攻撃を放ったのです。
熱線が止み、視界が晴れます。
そこには、熱線を放った竜が君臨していました。
私を見下ろすように。
竜は私が熱線に耐えきったとみるや、すぐさま別の攻撃に移りました。
竜体内の魔力が変質し、周囲の空気が歪みます。いえ、空間が歪みました。周囲の空間を圧縮し私を潰そうとしているのです。私自身はこの程度では何でもないのですけれど、そばにいるメキには致命的でしょう。
対抗として、こちらも空間制御装置を起動します。4年前に比べれば、出力は大幅に劣りますけれど、この程度であれば対抗として機能します。
「え。え? な、なんで?」
私の足元で、メキがそう漏らします。
怯え、困惑し、動けなくなっている彼女の手を握ります。
「離脱しましょう」
「え。あ。う、うん」
腕を変形させ、魔力装甲貫通弾を射出します。私の手持ちの兵装の中では、速度と威力に優れた弾丸です。弾丸と言っても、実態は魔力の塊ですけれど。
それに対して、竜は翼を前に構えることで、魔力的な防御障壁を展開します。私の使った魔力障壁と似たようなものでしょう。
けれど、そんなものでは私の弾は止められません。私の魔力装甲貫通型閃光弾は竜の展開した障壁を破り、竜の目の前で炸裂し、光で周囲を包みます。目くらましがどの程度効果があるかは知りませんが、多少の隙にはなるでしょう。
それを確認したと同時に、私はメキと共に跳躍します。
そして、敵国の一団の下へと着地します。
衝撃が、あたりを揺らし、風が砂塵を巻き起こします。
砂塵が消え、周囲の敵意に満ちた視線が私達を指します。
「何者だ!」
「私は何者でもありません。ただ、彼女を届けに来ただけです」
そう答えながら、メキの背中を軽く押します。
彼女はまだ思考が追い付いていないようでしたけれど、自らの所属を語りました。
「私第23番施設のメキです! その、はぐれていたところを、助けられ」
「おい。そやつは、魔導兵器だぞ」
メキが言葉を紡ごうとしたときに、後ろから声が届きます。
それは竜によるものでした。私を追いかけてきたようでしたが、すでに攻撃する意思はないようでした。周りに上官らしき人がいるからでしょうか。
「魔導兵器だと? それが暴れた理由か、25番」
「魔導兵器を殲滅しろと命令をかけたのは、お前だろう。それと番号で呼ぶな」
「口答えをするな。また魔力を減らされたいか」
25番と竜は呼ばれているようでした。竜はそれを不快なようでした。それに上官との関係も悪そうです。
やはり番号では、気分が悪いものなのでしょうか。いえ、気分が悪いものなのでしょう。私も417号機ではなく、シイナと呼ばれたいですから。
「おい! そこの魔法使い! それは知っていたのか!」
上官は今度はメキに声を掛けました。
随分と高圧的な態度です。
「え、あ、はい。いや、でも、彼女にあたしたちを攻撃する意図はないんだ!」
「彼女だと……? 魔導兵器を見つけたら、破壊しろと教わらなかったのか? 仲良しごっこのためにお前らを作ったわけじゃないんだぞ」
「なにを、言って……あたしを助けてくれたんですよ?」
なんだか、嫌な雰囲気です。
上官以外の人も、こちらへの敵意を強めたように感じます。
メキの言葉は何かまずかったでしょうか。いえ、確かに私という魔導兵器を手引きしたとも捉えられる発言であったかもしれません。
私がいることは間違いだったでしょうか。
できれば交渉したいですが、ただの魔導兵器でしかない私にそれが可能でしょうか。
「噂の反逆勢の可能性が」
「そうだな……いや、そうでなくても危険すぎる。おい、25番、本気でやれ」
「なんで……! あたしはただ」
副官と思われる人が小さな声で進言し、上官がそう答えます。
私はそれを聞いて、交渉が決裂したことを悟りました。未だ何かを言いたそうな、メキを抱えます。
「2人ともか?」
「2つともだ」
先ほどよりも強力な熱線が降り注ぎます。
私とメキを包むように。
けれど、すでに私はそこにはいません。魔力式推進機関で、その場を離脱しています。
もちろん竜もずっとそれに気づかないほど間抜けではありません。すぐにこちらに向き直り、攻撃を仕掛けてきます。けれど、その攻撃が何か判明するよりも先に、地面を蹴り、そのまま推進機関を最大出力で起動し、一気に距離をとります。もう、あの場にいることはできません。あの場所にいても、メキの思うようにはならないでしょう。
「……考えてみれば、単純な事だ。竜を見られたんだ。それに比べれば、魔法使い1人なんて、どうでもいいだろ?」
荒野から、研究所から遠く離れた木陰で彼女はそう語りました。
「竜は、あたしたちの切り札だ。なるべく情報は渡したくない。やられるのもまずい。厳重な警戒態勢だっただろう。そこに、シイナが現れたんだ。魔導兵器が現れたんだ。そりゃ、攻撃するさ。あたしのことなんて、目にも入ってなかっただろうね」
たしかに、そうかもしれません。
魔法使いの戦術的価値はそこまで高いものではありません。たしかに人よりは強力な存在ですけれど、下位汎用魔導兵器でも数機がそろえば、十分勝ち目があるでしょう。
「そう考えると、私がついていったのは失策でした。申し訳ありません」
「そうかもな……いや、悪い。助けてもらったのにな」
「いえ、事実ですから」
しかし、彼女1人で行くのにも危険がありました。もしも敵国ではなく、本国が勝っていれば、あの場所には大量の魔導兵器がいた可能性だってあったわけです。その場合は、彼女1人ではすぐに殺されていたでしょう。
「けど、これであたしが帰る場所はなくなっちまった。今度で会えば、問答無用で殺されるだろう」
「そうでしょうね」
あの場所で一番敵意を向けられていたのは、私ですが、メキもそれなりの敵意を集めていたように思います。彼らは恐らく、敵国の人、つまりは魔法使いを作った側なのですけれど、それでも彼らは魔法使いに敵意を持っていたように思います。
竜との問答以降の会話からもそれはわかります。
彼らは魔法使いを人ではなく、ものであるととらえていました。いや、それは正しいのです。実際、魔法使いが生まれた経緯を考えれば、正しいのでしょう。
魔法使いはただの兵器で、消耗品です。
魔導兵器を破壊するための道具でしかありません。
それが、私という魔導兵器を破壊したくないと言うのは、処分対象になるのでしょう。故障しているのも当然なのですから。それも致命的に。
「帰れなくなったとなれば、どうしますか」
彼女にそう問います。
彼女の顔には、悲しみと諦めがありました。あまり何もする気がないように見えました。そんな彼女がどうしたいのか、私にはわかりませんでした。私は、彼女を助けたいですが、助けるためにいますけれど、どうしたいかを知らなければ、どうしようもありません。
「……手伝うよ。シイナを。そういう、約束だったろ?」
「そうですか。それは助かります」
長い沈黙の果てに、彼女はそう呟きました。
その言葉は、私を嬉しい気持ちにさせましたけれど、なんだか彼女らしくない声であったように思います。その言葉が本心でないと言うわけではないですが、かといって本心であるとは言えない。
そう感じたのです。
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